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危険無視のフリー記者、「イラクで稼げる」と続々入国
危険な紛争地域に飛び込んで取材するフリーライター、活動の場を求めるNGO(民間活動団体)メンバー。外国人の誘拐が相次ぐイラクに入る日本人が後を絶たない。単独行動が多く、イラク国内に何人いるのか実態もつかみにくい。
外務省の退避勧告に応じて大手報道機関が記者を退避させるなか、存在感を示そうと隣国ヨルダンでは入国の機会をうかがう人もいる。(アンマン・西島太郎、社会部・福島利之)
ヨルダンの首都アンマンは、イラク入りを目指すフリーライターらが経由する“通過点”の一つだ。
「イラクへの渡航は絶対に見合わせることを勧告する」。7日に誘拐された郡山総一郎さん(32)が宿泊していた「クリフ・ホテル」を始め、日本人が利用するホテルには、日本大使館の渡航情報が張り出されているが、人質事件の後も、イラク入りをあきらめない人たちがいる。
市内のホテルに滞在する埼玉県出身の30代の男性は「フォトグラファー」の名刺を持つ。男性は拘束された日本人の身を案じながら、「彼らのためにもバグダッドに行きたい。勧告は知っているが、検問所で説明すればわかってもらえるはず」と話した。
旅行代理店を開く女性は「英語でさえ十分に話すことができない人がいる。無謀としか思えない」。市内でホテルを経営するアリ・ファラジャットさんは「思いとどまるよう諭しているが、聞く耳を持つ人は少ない」とあきらめ顔で話す。
フリーライターが最初に注目されたのは、1960―75年のベトナム戦争。その後、中東やアフリカの紛争地域、難民の取材などで存在感を示してきた。実力のあるベテランが育つ一方で、経験もないまま、現場に飛び込む人たちも。
イラク入りしたフリーライターの多くは、雑誌や新聞に寄稿。イラク支援のNGOを設立したり、自衛隊の派遣反対の運動を進める人も多かった。
大手新聞やテレビ局が撤退した後、通信員として契約する人もいるが、写真や原稿を出来高払いで売るケースがほとんどという。
今年に入って何度かイラクから新聞や雑誌に写真を送った30歳代のカメラマンは「今はイラクバブルでお金が稼げる」と、イラク入りした理由を明かした。
バグダッドに記者を派遣してきた国内の主要新聞社や通信社は、時事通信が9日、日経、東京、読売の各紙が14日に記者やカメラマンを国外退避。テレビは、東京放送、テレビ朝日、日本テレビが記者を国外へ退避させている。
外務省は14日、今年14回目の退避勧告を出し、報道各社に「フリージャーナリストの安全確保にも万全を期し、不測の事態を未然に防止するよう強くお願いする」と改めて要請していた。
(2004/4/15/14:31 読売新聞 無断転載禁止)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040415ic05.htm