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13日付特報
邦人人質事件の特異性
明確要求なぜ日本だけ
邦人人質事件がこう着状態を続ける中、イラクでは中国人が新たに拘束されるなど、誘拐は拡大の一途をたどっている。多くの拘束の中で、邦人事件に際だつのが、時限と殺害予告を伴った「自衛隊撤退」という具体的要求だ。しかも声明文や人質らのビデオを衛星テレビで公開。犯行目的をこれほど明確にしている例はない。他の事件と比較し、「特異性」を検証した。
■外国人の拘束 期限設定や殺害予告なし
これまでにイラクで行方不明になっている外国人は米国やカナダなど少なくとも六カ国、二十数人に上る。だが、事件の頻発にもかかわらず、犯人側の要求は必ずしもはっきりしない。
八日に発生した、韓国人牧師七人が一時拘束された事件では、当初「聖職者と分かったため解放された」と報じられたが、米誌は身代金として三万ドルが支払われたと報道。拘束理由を含めてすべては闇の中だ。
同日、イラン国営テレビで、人質になったアラブ系イスラエル人とシリア系カナダ人の映像が流された。犯人グループは二人を「(イスラエルの)シオニストのスパイ」と非難し、「米軍に拘束されたすべての宗派に属する囚人、とくに女性の即時解放」を求めた。要求が漠然としているうえ、期限設定や人質の殺害予告もない。
十日に豪ABCテレビで「トーマス・ハミル」と名乗る米国人とみられる男性が拉致される衝撃的な場面が放映されたが、男性は「彼ら(犯人グループ)がわれわれの車列を襲撃した」と話しただけで、犯行の目的は一切不明だ。
同日、米国人男性を人質にしている犯人グループが、米軍のファルージャ封鎖解除を要求した。内容は具体的だが、これも録音テープのみだ。「三日以内の自衛隊撤退」という極めて明確な要求を声明文書の形で出した邦人人質事件は特異なケースともいえる。
外国人を巻き添えにする事件が頻発するようになったのはバグダッドの西六十キロにあるファルージャの治安が悪化した先月末以降。ファルージャはフセイン元大統領の支持者が多い「スンニ派三角地帯」に位置し、反米武装闘争を象徴する町だ。ここで米民間人四人が惨殺されたのを受け、米軍は今月五日、約千三百人の兵力を投入、町を完全包囲し、スンニ派武装勢力と交戦した。
「人質事件の頻発は明らかにファルージャ情勢と連動している。まともに交戦したら米軍に太刀打ちできないスンニ派が戦術の一つとして人質作戦をとっている」と軍事評論家の神浦元彰氏は見る。
■『米への支持失わせたい』
「人質の出身国の政府に圧力をかけるのが目的ではなく、米国への国際社会の支持を失わせ、その結果、米軍の立場を弱めることが狙いだ。だから外国人ならばだれでもいい」(神浦氏)ということになる。
実際、仏独中といった米英軍の対イラク武力行使に反対した国の人々も誘拐の被害に遭っている。しかしなぜ日本に対する要求だけが具体的で明確なのか?
イスラム圏の紛争問題を中心に取材するジャーナリストの恵谷治さんは「アラブでこの手の(邦人人質事件のような)映像を流す際は、人質に危害を与えるようなふりはせず、要求を人質自身にしゃべらせるのだが…」と首をひねる。
■『声明、日本の動き詳しく』
さらに恵谷さんが疑問を感じるのが、「犯行声明」と十日に出されたとされる「解放声明」文の内容だ。特に解放声明では、アラビア語での誤字脱字が目立つ一方で、「日本政府が拘束された三人の人質について自国民の生命を軽んじる評価を行ったことを…」「日本の街の声に、われわれは耳を傾ける」などと日本国内の情勢について、詳しく言及している。
「日本政府のこれまでの動きに対しても詳細に書いてあり、批判も随所にあるが、現地のイラク人には通常そこまでの情報はない。一体どんな背後関係があるのだろうか…」
■『最も目立つ米追随の国』
これに対し、中東調査会上席研究員の大野元裕氏は邦人事件の要求が明確なことについて「スペインがイラク駐留部隊の撤退を表明した今、米国に追随してきた国として最も目立つのは日本だ。日本に具体的な要求を突きつけるのは、犯人グループが日本をターゲットとして価値があり、世界の反響も大きいとみているためだろう」と話す。
アジア経済研究所の酒井啓子地域研究センター参事も「日本はほかの外国に比べて要求をのみやすい国というイメージがある。だからこそ狙われた」とみる。
ただ、イラクでは一年前のフセイン政権崩壊直後から、バグダッドなど都市部を中心に、無政府状態に乗じてイラク人の子供や女性を標的にした誘拐が横行している。政治的要求を掲げるグループから、こうした誘拐ビジネスをしているグループまで、混然としており、「誘拐グループは組織的にも思想的にも統一されてはいない」(大野氏)のが実情のようだ。
一九九〇年、イラクのクウェート侵攻で企業駐在員ら日本人約二百人が人質となった際、駐イラク大使を務めた片倉邦雄さんも「当時、人質はイラクの国家政策だったが、今回はサダムが倒れ、六月に政権移譲が予定される前の部族間の勢力争いが原因だ。だから、勢力誇示のため誘拐事件があちこちで起きているのでは」と指摘する。
当初から国際的インパクトを計算しつくし、入念な作戦を立てた上での邦人の拘束であったかどうかについては疑問の声も多い。
拓殖大学政経学部の立花亨・助教授(中東政治)は「邦人事件自体、そもそも金目当ての誘拐だったのではないか」と推測する。
「本気で自衛隊撤退を求めるなら、三日以内というはじめから実現不可能な条件を持ち出さないはずだ。たまたま人質にしたのが日本人だと気づいたため、金目当てをカムフラージュするために自衛隊撤退を持ち出した可能性がある。最初の犯行声明と解放声明の文書のニュアンスに違いがあったり、片方だけに西暦のほかにイスラム暦があったり、声明の内容に混乱がみられるのもプロの手口ではないことを示している」
その上で、邦人人質事件を取り囲むイラクの情勢について、こう分析する。
■盗賊や誘拐は1年前も横行
「ファルージャの治安悪化後に外国人の人質事件が続発しているのは、フセイン政権崩壊後に盗賊や誘拐ビジネスが横行したのと全く同じ構図。犯行グループの行動に政治目的があるかは疑問だ」と言い切る。
時事通信でイラン・イラク戦争などを取材した静岡産業大学の森戸幸次教授は警告する。「今年三月の開戦一周年を記念した演説でブッシュ大統領は、イラクを対テロ戦の舞台として位置付けており、日本政府の主張する“戦後復興支援”とは大きく認識が異なっている。事件が解決し、人質が無事解放された場合でも、原因などを徹底解明しなければ日本人を狙った同種の事件は続発する」