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米軍の攻撃によりこの数日間だけで400人ほどが殺されたと言われている「ファルジャー包囲虐殺戦」の名目となっている死後焼かれ吊るされた“戦争請負人”4人は、虐殺戦を敢行するための“生け贄”だったようだ。
“戦争請負人”4人は、ファルージャ市内を通るように指示され、それに従って行動したらそれを待ち構えていた連中に銃撃された。
(殺された“戦争請負人”は、ファルージャの危険性を承知しているから、ぱっと見で自分たちが“戦争請負人”だとか米国系市民だとわかるようにはしていなったはずだ)
そして、反米・反占領感情が強いファルジャー市民が、武器を携行して死んでいる“戦争請負人”4人を見つけたことで、怒りにまかせて狼藉を働いたという流れのようである。
(焼け!吊るせ!と煽ったエージェントがいた可能性も高い)
後ろのほうに引用した「ニューズウィーク日本版4・14」の記事のなかから、ポイント部分を二つほど抜粋する。
「 事件の当日、ファルジャー市内には米兵がいなかった。犠牲になったのは、警備会社ブラックウォーター・セキュリティー・コンサルティングに雇われていた4人の元軍人。彼らがなぜ、とくに反米感情が強いファルージャ市内を通ったのかは不明だ。この地域を管轄する米軍の部隊でさえ、市内には立ち入らないようにしていたという。それでも狙撃犯は米軍との衝突を想定し、危険だから近寄るなと地元民に警告していたらしい。
犯人捜しは難航するだろう。犯人グループは自動小銃で2台の車に銃撃を浴びせた後、現場を立ち去っている。あとは地元民が、アラブ系テレビ局のカメラの前で蛮行の限りを尽くした。」
「「群衆が車を焼き、体を切り刻んでも米兵はやって来なかった」と、オスマンは言う。「これが治安維持といえるか」
今のところ、襲撃者の正体はわからない。」
ファルージャという地域が政治的にどのようなポジションにあるのかについては、『【イラク情勢】反フセイン派 Vs. フセイン派を軸にイラク・スンニ派の動向を考える』( http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/978.html )をご参照ください。
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「ニューズウィーク日本版4・14」P.18から掲載されている「アメリカ民間人虐殺の衝撃」より:
「<前略>
3月31日にイラク中部のファルージャでアメリカの民間人4人が虐殺された事件は、まさに11年前のソマリアの再現だった。彼らは武装グループに襲撃された後、暴徒化した群衆に遺体を焼かれ、町中を引きずり回された。
だが、ソマリアのときと決定的に違う点がある。アメリカ人の決意だ。「逃げるわけにはいかない」と、イラクで活動する有力警備会社の幹部は言う。「たとえ100万人の命が奪われても、われわれは残らなければならない」
<中略>
アメリカとしては、できるだけ早くイラク人に治安の責任を渡したいところだ。しかしこの半年で、632人のイラク人警察官が殺されている。同じ期間の米兵の犠牲者数の2倍以上だ。結果として、イラク人警官は身長を通り越して臆病になっている(ファルジャーの事件でも、通りかかったパトカーは現場から逃げ去った)
事件の当日、ファルジャー市内には米兵がいなかった。犠牲になったのは、警備会社ブラックウォーター・セキュリティー・コンサルティングに雇われていた4人の元軍人。彼らがなぜ、とくに反米感情が強いファルージャ市内を通ったのかは不明だ。この地域を管轄する米軍の部隊でさえ、市内には立ち入らないようにしていたという。それでも狙撃犯は米軍との衝突を想定し、危険だから近寄るなと地元民に警告していたらしい。
犯人捜しは難航するだろう。犯人グループは自動小銃で2台の車に銃撃を浴びせた後、現場を立ち去っている。あとは地元民が、アラブ系テレビ局のカメラの前で蛮行の限りを尽くした。
<中略>
米軍の対応能力は限界に近づいてきた
<中略>
米軍の対応能力も限界にきている。予想を超える大規模で破壊的な攻撃を受けているからだ。国防総省は徴兵制の廃止時点では想定していなかったほどの大量の州兵・予備役を動員している。
一方、イラク人は自国の治安維持の責任を取れる状態ではない。3月26日付の報告書によれば、当初は訓練を受けた警官7万5000人が勤務を遂行する予定だった。ところが、現時点で訓練を終了したイラク人は、わずか2865人しかいない。
米政府は主権移譲の日程に変更はないと主張している。アメリカが治安や復興の主導権を譲るわけではないが、政府高官の言葉を借りれば「政治プロセスが一夜にして変わる」ことになる。
国家安全保障会議(NSC)のジェームズ・ウィルキンソンは、政治の変化で奇跡が起こるわけではないと協調する。「今後もガソリンを買う行列はできるし、停電もある。治安維持の苦労も続く」
主権移譲の重要な問題の一つは、CPAのポール・ブレマー代表に代わってイラクにおけるアメリカの代表者となる大使を選ぶことだ。本誌が得た情報によれば、目下の有力候補は元インド大使のロバート・ブラックウィルと国連大使のジョン・ネグロポンテだ。
93年のソマリアよりも80年代のアフガンへ
イラクの状況は、まったく絶望的にみえるときもある。統治評議会の一員であるクルド人政治家マフムード・オスマンは、イラクが国家として順調に機能することをなによりも望んでいる。だが、武装勢力の襲撃を恐れて投資家が逃げ出すようでは無理な話だ。
「群衆が車を焼き、体を切り刻んでも米兵はやって来なかった」と、オスマンは言う。「これが治安維持といえるか」
今のところ、襲撃者の正体はわからない。しかも過激派の数は日ごとに増えていくようにみえる。ブッシュ政権が今、危惧を感じているのは、攻撃性を増しているシーア派系過激派の存在だ。その一人ムクタダ・アル・サドルは、配下に約1万人の民兵をかかえている。彼は新聞を発行していたが、暴力をあおる記事を載せたため。CPAに発行を禁じられた。
多くの米政府関係者は、これ以上トラブルを引き起こす前にサドルを逮捕すべきだと主張する。「この男をなんとかしなくては」と、あう情報筋は言う。「あと3ヶ月のうちに」
だが、3ヶ月で、サドルのようなシーア派過激分子やファルージャのスンニ派を鎮圧し、新政府を設立し、流血ざたに歯止めをかけて復興を推進できるだろうか。
それができなければ、イラクの悪夢は93年のソマリアより、80年代のアフガニスタンに似たものになるかもしれない。アフガニスタンにおけるソ連とイスラム戦士の戦いは9年に及んだ。それが各地で「聖戦」に火をつけ、ウサマ・ビンラディンのような狂信者を生んだ。私たちは今も、その代償を払っている。」