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Baghdad Burning
バグダードバーニング by リバーベンド
... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...
友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。
2004年4月4日日曜日
暴動、星空、こおろぎの合唱・・・
バグダードとナジャフでは、アル・サドル支持者のデモが続いている。バグダードでは、グリーン・ゾーンとシェラトン・ホテルの近くに何千人も集まっている。怒りにみちた黒衣の大群衆。ナジャフでは、デモの群衆は、スペイン軍駐留地のすぐ外にいて、スペイン軍兵士は彼らに向けて発砲した。少なくとも14人が死亡、数十人が負傷と伝えられる・・・ディワニヤのイラク人の友人は、「いまや攻撃対象となっているのだから、暫定占領当局はナジャフのビルから撤退すべきだ」と、私に言っていた。彼によると、シーア派のあいだではジハードもささやかれているという。(注:ディワニヤは、イラク中部の都市、自衛隊派遣先サマワの北西80キロ)
これだけははっきりさせておきたいのだけれど、私は、アル・サドルの支持者では”ない”。イラクを第2のイラン、サウジアラビア、クウェートにしようとしている聖職者たちは嫌いだ・・・だが、デモに対し、軍隊が銃弾と戦車で応じているのを見ると、心底激しい怒りがこみ上げてくる。集まった人々に向けて発砲するつもりで、デモを許可したってわけ? デモの人々は、武装していなかった、ただ怒っていただけ__最近ブレマーとその一派がアル・サドル派の新聞を発行禁止した。また、サドルの側近ナンバーツーが南部でスペイン軍に拘束されていると言われている(スペイン軍は否定しているが)。サドルの信奉者たちは憤激している。そして、(ちゃんと聞いてね)__その信奉者たるやほんとに半端な数じゃないのだ。サドルの父は、シーア派の一部からあつく崇拝されていた。サドルは、父に寄せられていた崇敬をそのまま受け継いでいると思える。(注:サドルの父、ムハンマド・サデーク・サドルはアヤトラ(高位聖職者)だったが、1999年暗殺された)
今日、ブレマーは、「”国防省”が正式に発足した__今やイラクには国防省がある」と、公表した。この状況の皮肉さかげんは、イラク人にはこたえる__占領軍トップが ”国防省”設置を公表。何から国を守るの? 占領から? 笑える・・・あ、もしかして、戦車にのって銃をかついで国境を越えてくる困ったお客さんを閉め出すため? いやたぶん、国防省は、近隣から入りこんで乗っ取りを企んでいる過激派に集中するためのもの(操り人形評議会の面々とのブレマーの取引は不問にふしておいて)・・・国防省の仕事は多いわ。
国防省だけでない。新しい”ムハバラト”つまりイラク情報機関(ともかくそういう働きをするもの)もできた。(注:ムハバラトは、フセイン政権下の情報機関)。皮肉なことに、名前こそ新しいが、トップは、アリ・アブド・ウル・アミール・アラウィ(操り人形評議会議長のアヤド・アラウィの親戚)で、新生ムハバラトの顔ぶれは、旧ムハバラトと同じようなものになりそうだ。当局は、ここのところずっと旧ムハバラトのメンバーと接触して、新しいイラク情報機関で働きたかったら好条件で迎えると話を持ちかけていた(有能なムハバラト・メンバーを迎えて、アメリカ情報機関より優秀なものになるといいのにね__うその口実で他国を侵略させられたらたまらないもの)
この頃、いいお天気が続いている(ときどき砂嵐はあるけど)。小さな庭で、停電の夕べを過ごす。プラスティックの椅子とテーブルを出して、空を見上げる。夜空はこのところずっと晴れていて、星がきれいに見える。E(弟)は、”スター・カウント”プロジェクトを思いついた。家族それぞれに空を配分して、各自の区画の星の数を数えさせようというのだ。私はといえば、”こおろぎ合唱団”を始めることを考えている。枯れたバラの茂みに隠れている6本足の音楽家たちと・・・
2、3日したら、屋上を洗い流さなくてはならない。去年、停電のとき、私たちは屋上で寝て暑い夜をやりすごしたものだ。薄いマットレスを下に敷いて、湿ったシーツにくるまって眠る。6時までは悪くない。だが、太陽が空高くのぼって、寝ている私たちにハエがとまり始めると・・・文字どおりうるさくって(五月蝿くて)寝ていられない。
この2、3週間というものは、たいていの人にとって、気の滅入るものだった。去年を振り返って、思いだそうとすることってあるでしょう。「去年のきょう、何していただろう?」って。私たちは、この頃ずーっと、このゲームをやっている。去年のきょうの今この瞬間、何していたかしら? サイレンの音に聞き耳をたてていた。飛行機の音、爆弾の落ちる音は聞こえないかと。そしていま、爆発の音が聞こえないかとひたすら耳をすませている__それはまったく違うことだ。
眠れないのはあいかわらず。このごろ、不安な夢をよくみる・・・がれきの下に閉じ込められる夢、窓がかたかた鳴って、からだの下で大地が揺れるのを感じている夢。日々繰り返し、戦争の断片を追体験しているからだと思う__テレビやラジオやインターネットで。まるっきり初めてみる映像もある。去年戦争の間ずっと停電していたから、見ていなかったのだ。見るのは、ほんとにつらい。私たちが生き延びてきたことが信じられない、これほどの・・・。
リバーによって掲示 午後9時35分
(翻訳 池田真里)
http://www.geocities.jp/riverbendblog/