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東京新聞シリーズ記事「ニッポンの空気〜参院選を前に」
http://www.tokyo-np.co.jp/kuuki/
1.批判の矛先 政治が演出
「再度の訪朝、本当にお疲れさまでした…」。五月二十二日夜。北朝鮮から帰国したばかりの小泉純一郎首相を前に、拉致被害者の家族たちが話し始めた。
会場には大勢の報道陣が詰めかけていた。横田めぐみさんの母早紀江さん(68)は思った。「不思議だなあ。どうして今回は記者が退出って言われないんだろう」
首相と家族側との面会の取材は当初、冒頭だけとされていた。だが、直前になって急きょ全面公開に変更された。家族側には何も伝えられていなかった。
「予想した中で一番悪い結果」「プライドはおありなのか」。面会では、家族側から小泉首相に厳しい言葉も飛んだ。首相は険しい表情で「すべての責任は私にある」と答え、面会のもようはテレビ中継もされた。
支援団体「救う会」事務局に家族らへの批判が届き始めたのは、その夜からだった。批判の電子メールは十日間で約千六百通。電話も鳴り続けた。「首相への謝意がない」「失礼だ」
その一方で、報道各社の世論調査で小泉首相の支持率は上昇した。
□ □
「結果は要請すべてが裏切られる許せないもの」。首相訪朝の日、超党派の拉致救出議員連盟(会長・平沼赳夫前経済産業相)も、家族会などとともに強い調子の緊急声明を出していた。
ところが、その後、この声明をめぐって議論が起こる。世論調査の結果に合わせるかのように、首相訪朝をもっと評価すべきだとする声が議連メンバーから出始め、家族会批判まで出た。
「与党側から『小泉首相を守れ』という指示が出たと聞いた」と議連関係者は打ち明ける。議連は分裂回避を優先して、訪朝評価についての議論を棚上げせざるを得なかった。
「総理が被害者になり、被害者家族が加害者になってしまった」。救う会関係者は振り返る。この関係者がふと連想したのは、かつての「抵抗勢力」と「イラク人質事件」だった。
性質はそれぞれ異なるが、自民党内の小泉批判者は抵抗勢力のレッテルを張られ、人質事件では、政府に声を荒らげた人質の家族や、人質本人への激しい非難が巻き起こった。
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拉致被害者の家族会は首相訪朝前、何度も首相に面会を求めていた。しかし、それはかなわず、ようやく実現した面会は突然公開され、家族らを思いもかけない事態へと直面させた。
周囲が危ぐする中、面会直前に全面公開に切り替えたのは、ほかならぬ小泉首相。その結果を受け、官邸関係者は首相を絶賛した。
家族会から批判され、耐えている自らの姿を国民に見せることで、世論の支持を得る流れをつくった、との評価だ。
政治リーダーの判断一つで、人々の好悪の感情がどこまでかきたてられ、世論に影響したのか。救う会の西岡力副会長はこう話した。
「アメリカでは世論をパブリック・オピニオンズと複数形で使うことがある。でも、日本ではもっと一元的。多様な『世論ズ』ではなく、あくまでも『世論』なんじゃないか」
◇
イラク人質事件で噴出した自己責任論議。統治機構よりも生身の個人に重圧がかかる奇妙な空気が日本を覆った。その空気はなおも濃度を増している。近づく参院選を前にニッポンの空気を再び追う。
(2004年6月13日)
2.批判許さぬ『国益』の盾
報道への圧力と自粛
「政府は北朝鮮に二十五万トンのコメ支援を実施することで最終調整している」。小泉純一郎首相の北朝鮮訪問に先立つ五月十六日、日本テレビが報じた夜、同社幹部に飯島勲首相秘書官から電話が入った。
「日朝首脳会談を妨害するために報道したのではないか。取り消しを求める。訪朝同行(取材)は認めない。取材源は誰なのか」
思わぬ電話にあっけにとられながらも、同社幹部が「取材源は明かせない。守秘義務がある」と拒否すると、飯島秘書官は電話を切った。
二日後、日テレ側は飯島秘書官に「今回の経緯を内閣記者会(首相官邸の記者クラブ)代表者会議に上げざるを得ない」と通告。飯島秘書官の返答は「上げればいいじゃないか」だった。
報道各社に経緯を詳しく説明すべきか、日テレ内部にも議論があったが、「取材源の秘匿は報道のおきて。それを破るよう政権中枢から迫られたことは、一社だけの問題ではない」として各社に説明。各社が一斉に批判報道を展開した。
細田博之官房長官は記者会見で「情報源がどうこうということが、本質的な議論ではなかったと理解している」と弁解。だが、同行取材許可と引き換えに、情報源をあぶり出そうとしたことは疑いようがなかった。
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国益に背く報道は許さないという露骨な「言論封じ」。その陰で、メディアの中には「自主規制」ともいえる動きも出ている。
昨年、ある地方の民放テレビ局は海上自衛隊の艦船が寄港した際の「一般公開」の模様を報道した。ふ頭に訪れたのは約千人の住民。カメラは体験試乗した住民たちの声をいくつか拾った。
「格好よかった」「こんな船のおかげで日本の安全が守られていることが分かった」。放送では住民の声は称賛一色で報じられ、二百人以上が集まった反対集会の様子は何も伝えなかった。
放送後の反省会で、スタッフの一人が報道姿勢への疑問を口にすると、上司に当たるデスクはこう言い放った。
「われわれは国益を考えた報道をしなくてはならないんだ」
□ □
同じテレビ局で、スタジオから直接ニュースを伝える仕事をしてきた三十代の記者は最近、持ち場を変えられ、画面から姿を消した。表向きは通常の人事異動。だが、記者は「番組の中で政権に批判的な発言が目立ったから」と明かす。
かつては、番組の中で政権に批判的なコメントをすると、社長や幹部から「あまり言うなよ」とチクリとくぎを刺された。しかし、最近では、後輩からも批判されることもある。
「あなたは社員として会社に守られている。会社に逆らうようなことは言うべきじゃない」。これが報道機関で働く者の言葉なのか。この記者は力が抜けていくような気がした。
記者は最近、自分の考えと違う意見や主張を「ノイズ」(雑音)と感じる視聴者が増えているように思う。
「視聴率第一で世論に迎合する番組を作ってきたが、世論から寛容さが消えてきた」。見えざる「空気」の前で、言論の多様性が失われつつあるのではないか。そのことに今、戸惑っているという。
(2004年6月15日)
3.愛国心、教育に迫る
勢いづく『国家』
「参院選必勝」と銘打ち、今月二日に開かれた自民党主催の各種業界団体総決起大会。約三千人の熱気であふれかえる会場で、自民党の安倍晋三幹事長が気勢を上げた。
「来年の結党五十年で憲法の改正草案を立ち上げ、教育基本法の改正を達成するためにも、この夏の参院選を勝ち抜かなければいけない」
戦後教育の見直しを訴える出馬予定者の一人は「戦後の宿題を片づけるための選挙です」と絶叫。「この国を想い この国を創る」をキャッチフレーズにした参院選向けポスターやテレビCMも披露され、興奮は最高潮に達した。
その三カ月余り前の二月下旬には、自民党と民主党の国会議員でつくる「教育基本法改正促進委員会」の設立総会が開かれた。民主党を代表してあいさつした西村真悟衆院議員は「お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す」と強調した。
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「愛国心」を盛り込む教育基本法改正が現実味を帯びてくる一方で、教育現場では、「日の丸・君が代」をめぐる混乱が続く。
ある東京都立高校の四十代の男性教諭は、四月の入学式での君が代斉唱の際、起立せず、懲戒処分(戒告)を受けた。「国歌斉唱時に、国旗に向かって起立し斉唱する」との都教育委員会通達に従わなかったためだ。
教職員組合には入っていない。君が代斉唱に目くじらを立てて反対しているわけでもない。むしろ、以前は「歌うのがはばかられるような暗黙の圧力」を組合に感じ、違和感さえ抱いていた。
起立しなかったのは、処分で脅して、少数者を排除する今の都教委のやり方が異常だと思ったからだった。
通達に従わず、定年後の再雇用を取り消された教員もいれば、都教委の強制問題を扱った週刊誌のコピーを配って警視庁の強制捜査を受けた元教員もいる。
「全員が同じ思想でなければいけないという風潮に意思表示をしなきゃいけない」。男性教諭は自らの決断を自負している。
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都内の公立学校の教員は管理職を除いて約五万人。今春の卒業式や入学式で二百三十五人が処分された。「生徒に不起立を促した」などとして、管理職を含む六十七人が厳重注意などを受けた。
国政や教育現場でのこうした動きについて、早稲田大の西原博史教授(憲法)は「性質が違うようにも見えるが、根底に流れるものは同じ」と指摘する。
「異論を唱えるような不平分子は再教育しなければならないという発想が、国でも地方でも明確に意識されている表れだ」とも。
石原慎太郎都知事は四月、都内の公立小中学校や都立高校の校長ら約二千三百人が集められた会合でこうあいさつした。「教育委員会の毅然(きぜん)とした態度は大きな効果を生んだ。五年、十年たったら、恐らく首をすくめて眺めている地方は全部東京のまねをするでしょう。それが東京から日本を変えることになる」
(2004年6月16日)
4.摘み取られる自由
反戦活動に介入
神奈川県内に住むボスニア・ヘルツェゴビナ人の語学学校講師スーレイマン・ブルキッチさん(35)は昨年四月、通勤途中にある電柱に、自分の顔写真が入った張り紙を見つけた。
漢字が読めないスーレイマンさんは、妻の加奈子さん(28)を呼び出した。「指名手配」。A4判の大きさの張り紙にはそう書かれてあった。所轄の警察署名も記され、スーパーや駅などで約三十枚見つかった。悪質な嫌がらせだった。
思い当たる理由は一つしかなかった。米中枢同時テロ後に米国がアフガニスタンなどで始めた戦争以来、東京・赤坂の米国大使館前で行ってきた反戦の抗議活動だ。
来日して十四年。それまで特別な団体で活動したり、街頭に立った経験もなかった。だが、旧ユーゴスラビアの内戦で傷ついた祖国を憂うスーレイマンさんには、圧倒的な軍事力で他国を従わせようとする米国の横暴が見過ごせなかった。
加奈子さんも米国に追随する日本にかつてない危うさを感じ、戦争に苦しむイラク市民の姿をパネルに掲げ、自衛隊撤退を訴えた。
□ □
張り紙事件から半年後、加奈子さんの職場に私服の刑事二人が現れた。任意出頭を求められ、数日後、警視庁赤坂署に出向いて驚いた。加奈子さんに「暴行容疑」がかけられていた。
「米国大使館から出てきた人の顔の前で、ハンドマイクで怒鳴りつけた」というのだ。全く身に覚えはなかった。
大使館前には制服の警察官がいる。暴力を振るえば、その場で逮捕されるはずだ。そもそも怒鳴っただけで暴行になるのか。加奈子さんは非暴力に徹していることを告げ、「これからは弁護士を通してほしい」と念を押した。
しかし、警察はことし二月十六日夜、強制捜査に踏み切った。四人の私服刑事が自宅を訪れ、令状を示して家宅捜索を始めた。
刑事たちは、「ここにはありません」と説明したハンドマイクを、事件の証拠品として探すのだと言って、下着しか入っていない洋服棚まで開けた。
約三十分。刑事たちは室内のあちこちの写真を撮っただけで引き揚げた。帰り際、刑事の一人が言い放った。「とことんやってやるからな」
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東京都立川市では二月、自衛隊官舎内にイラク派遣反対のビラを配った市民団体の三人が、住居侵入容疑で警視庁公安部に逮捕された。
起訴後も保釈が認められず、拘置は異例の七十五日間に及んだ。ビラ配布で住居侵入罪が成立するのか。現在東京地裁八王子支部で争われているが、「司法は本当に歯止めになるのか」と支援者は疑う。
スーレイマンさんと加奈子さんは今、米国大使館前を自由に歩くことができない。警察官が通さないからだ。仕方なく二百メートルほど離れたビルの前で、週に二、三回、仕事の合間に反戦を訴えるマイクを握る。
警察の監視は続くが、二人は抗議活動をやめるつもりはない。「自分たちの意思を表明する権利は、だれも奪えない」と信じるからだ。それでも時々、思わずにはいられない。「この国で保障された自由はどこにあるんだろう」
(2004年6月17日)
5.無関心が招く国民監視
街にひそむ“目”
イラク邦人人質事件で揺れた四月、国会前に人質の高遠菜穂子さんを支援する市民グループのメンバーら約百人が集っていた。周囲には、公安当局者約十人がメモを取りながら鋭い視線を向ける。だが、その様子を黙って見つめるもう一つの「目」に気付いている人は少なかった。
国会の周りには四十三台の監視カメラが設置されている。警備担当者が二十四時間態勢でモニタリングし、七日間分を録画保存している。
監視カメラの設置前に国会で論議された痕跡はうかがえない。衆参両院とも委員会の懇談会や理事会で事務局が説明したというが、議事録はない。運用規則も衆院が設置から三年近くたってことし四月に定められ、参院はいまだ策定準備中だという。
参院の警備担当者に監視カメラの効用を聞くと、「例えば、正門に誰がいるかとかがすぐ分かる…」と言いかけ、「あっ、これは言ってはいけないか」と慌てて口をつぐんだ。
監視カメラは国会だけでなく、首相官邸、最高裁判所にも既に配備済みだ。官邸も最高裁も保安上の問題を理由に一切詳細を明かさない。国民が監視すべき「対象」が、国民を監視する。こんな逆立ちした現実が既にある。
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百六の東京都営地下鉄全駅には、計二千四百六十三台の監視カメラが設置され、うち六百二十二台は録画されている。駅職員は「録画映像を私たちが利用したことはない」と話す。利用しているのは警察だ。昨年十月からの半年間に二十回、閲覧要請があったという。
JR東日本は全管内で四千五百台あると説明するのみ。詳しい話は「防犯上支障がある」。都交通局のように運用ルールを定めていないといい、警察など第三者への映像提供の実態は不明だ。
「監視カメラ? 客も店も、ここの住人はそんなもの気にしていない」。東京・歌舞伎町で酔客相手に花を売る店主は言った。二〇〇二年二月、治安対策の切り札として、五十台が鳴り物入りで設置されてから二年以上がすぎた。
警視庁生活安全部のまとめによると、設置後も犯罪の認知件数は増え続けている。担当者は「検挙につながっているが、抑止効果は不十分」と認める。
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「ざっとの試算で一年で百万台設置されている。カメラの耐用年数は三年から五年。国内に数百万台あるのは間違いない」。日本防犯設備協会の担当者は説明する。
監視カメラ先進国の英国は全土に二百五十万台が配置され、「街に出れば一日百回カメラに写る」とも言われる。日本も既に英国並みと言っても過言ではないという。
全国で初めて「防犯カメラの設置及び利用に関する条例」を七月一日から施行する東京都杉並区が区民を対象にした調査では、95%の区民が監視カメラが必要と考えており、撮影されている不安感を訴える人は35%だけ。監視カメラへの拒絶反応はみられない。
「監視カメラ社会」の著書がある江下雅之・目白大助教授は指摘する。
「カメラは犯罪者だけを撮ると思い込んでいる。自分もしっかり撮られているという想像力が働かず、あまりに無関心。国民が緊張感を持たない限り、監視システムは拡大する。政治も同じ。選挙の時こそ国民が監視する番だ」
=おわり
(この企画は吉枝道生、市川隆太、瀬口晴義、西田義洋、佐藤直子、加藤寛太が担当しました)
(2004年6月18日)