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国家より『原理』の大義
『宗教国家アメリカ』解剖 同志社大・森孝一氏に聞く
「自由は全能者(神)から人類への贈り物。米国は(その実現に)努力する義務を負っている」。ブッシュ米大統領は十三日夜(現地時間)、イラク戦の大義をこう示した。「大量破壊兵器」「サダム・フセイン」はもはや使えない。「宗教国家」としての米国の本音がついに前面に出た。「アメリカ原理主義」という概念で、米国を解剖する同志社大神学部の森孝一学部長に聞いた。 (田原拓治)
■日本人認識ない超大国の原動力
イラクでの戦争は、ネオコン(新保守主義派)の世界戦略や石油資源の争奪といった視点からのみ語られがちだ。これに対し、森氏は「米国とその国民を分析するのに彼らの宗教的な世界観を抜きには語れない」と強調する。特に日本人が米国を語る際、最も欠けている視点だという。
米国はいまや世界唯一の帝国だ。特に9・11(米中枢同時テロ)以降、その「暴れっぷり」は世界を振り回してきた。その原動力を「アメリカ原理主義」と森氏は名付ける。
米国でこの原理主義をけん引するのは「宗教右派」と呼ばれる人たちだ。彼らはどういう人々なのだろうか。
■キリスト教右派 都会人とは「溝」
米国には聖書の歴史的事実をそのまま信じ、伝統的な家族像を重視するキリスト教福音派の信徒たちが人口の四割を占める。
「ただ、彼らは保守的な宗教観を持つだけで原理主義者ではない。原理主義者はこの中でも、理念実現のために選挙という政治力や戦争という武力を使うことすら辞さない人々だ」
彼らは聖書の世界に生きている。保守的な家族像を尊ぶ以上、例えば同性愛者や中絶容認派への攻撃は当たり前。世界規模では新約聖書の「ヨハネの黙示録」に描かれたキリスト陣営とサタン陣営の戦争である「終末戦争(ハルマゲドン)」をかたくなに信じ、その後に新世界を展望する。
一九九五年にプリンストン宗教調査研究所(当時)が行った調査によると、その数は成人人口の18%。アフリカ系米国人の12%と比べれば、その数の大きさが分かる。「日本にその比率を当てはめれば、公明党・創価学会の約二倍の政治勢力に匹敵する」(森氏)という。
「米国の大統領選の投票率が約五割。共和党の場合、支持基盤の彼らの意向に沿わない大統領候補は存在しえない」
彼らの母体は、南部や中西部のまじめで敬けんな民衆だ。民主党が基盤とするニューヨークなどの東部や西海岸のしゃれた都会人と対照的な素朴な人々で、両者の間には「文化戦争」と呼ばれる溝が横たわる。
「彼らは酒やパーティー好きな都会人にいつも憤っている。しかし、この『眠れる巨人』は長く政治とは無縁だった。彼らが目覚めたのが八〇年ごろ。政治的な右翼(ニュー・ライト)が組織し始めた」
■80年代から台頭 TV伝道師活躍
「彼らのテコ入れでテレビ伝道師と呼ばれるカリスマが活躍する。『キリスト者連合』『道徳的多数派』などの圧力団体ができ、活動家は百六十万人。彼らは各法案への議員の対応を監視し、その評価を教会など草の根で徹底させた」
ブッシュ大統領は二〇〇一年一月の就任演説でも「われわれは自らの姿に似せてわれわれをつくりたもうたより大きな力(神)に導かれている」と語った。そうした言葉の端々に宗教右派への配慮がうかがえる。
■9・11契機に内向きが一転
だが、宗教右派の人々は元来、海外事情には関心の薄い「内向き」タイプだった。それがなぜ、9・11以降、アフガニスタン、イラク戦争まで走ったのだろうか。
「宗教右派や彼らを取り巻く保守層と重なる共和党最大の支持団体に『全米ライフル協会』がある。彼らは連邦政府を嫌い、銃規制に猛然と反対しているが、その根本は『自分の家族と財産は自分の力で守る』という考え。9・11で受けた恐怖心は国土防衛に転化する。彼らにとってイラク戦争や先制攻撃戦略も覇権ではなく、米国という家を守る国内問題にすぎない」
さらに宗教右派は中東を舞台にした「終末戦争」を信じ、現在のイスラエルと「パレスチナは神がイスラエルに与えた」という聖書の言葉を同一視する。いまや、米国で最強のイスラエル支持層は宗教右派だ。ただ、それを政治的にイスラエル右派と一体のネオコンが利用したにしても政治勢力としてはまだ少数派だ。
にもかかわらず、戦争が国民の多数の支持を得た背景として、森氏は「先進国ではまれな宗教国家としてのアメリカ」を指摘する。ブッシュ演説はまさにこの核心を突いている。
■大統領演説にも「見えざる国教」
「腐敗した欧州を捨てた清教徒が新天地を切り開いたという十八世紀の建国以来、米国には世界に自由と民主主義を広める責務があるという考えがある。この自由と民主主義は神から与えられたものという点が肝心だ。ユダヤ教とキリスト教を前提にした上で、彼らは自分らが最も進化した文明を持つと信じている。この集団的信念は特定宗派を指さないために『見えざる国教』ともいわれるが、この大義はいまに至るまで国家よりも優先される」
米国民の敬けんさはあまり知られていないが、人口の四割は現在も教会通いをする。欧州はちなみに一割台だ。合衆国憲法は政教分離を定めてはいるものの、その意味は日本の非宗教主義ではなく、特定の宗派にくみしない意味という。
イラクの旧政権や現在の抵抗勢力は米国のこんな集団的信念に反していた。それをとがめる多数派の宗教的な素地が、9・11を機に宗教右派の過激主義に共鳴したと森氏は分析する。
9・11直後にブッシュ大統領は「この十字軍によるテロリズムとの戦いは長い時間がかかる」(ボブ・ウッドワード「ブッシュの戦争」)と演説した。キリスト教右派の宗教観と「自由と民主主義」を世界に広める建国理念が結びついた「アメリカ原理主義」を体現したせりふだ。
ブッシュ政権はその「十字軍」の矛先がイスラムであることを政治的には否定するが、宗教右派は「イスラム教徒は邪悪」(キリスト者連合のパット・ロバートソン)などと、その本音を隠さない。今回の大統領演説の土台も、そうした宗教理解の延長線上にある。
■米国対イスラム原理主義の衝突
森氏は「9・11後の世界の流れは、ウサマ・ビンラディンに代表されるイスラム原理主義と、ブッシュのアメリカ原理主義のぶつかり合いと考えると理解しやすい」と指摘する。
黒人指導者故キング牧師は一九六三年、有名な「私には夢がある」の演説で、「独立宣言」にうたわれた「神に与えられた基本的人権」を宣言通りにイラクやアフガン国民を含めた「すべての人類」に与えよ、と訴えた。「すべての米国民」と言ってない点が重要だが、現在の米国にこうした寛容は乏しい。
たしかに十一月の大統領選を前に共和党内でも穏健(中道)派の巻き返しが語られる。だが、先に指摘した八〇年代からの集票構造はいまも変わらない。
「米国にも過激から穏健へという政治的な振り子はあると思うが、問題はその振幅の大きさ」と前置きして、森氏はこう語る。
「今回の大統領選ぐらいでは振り子が戻らないだろう。不謹慎な言い方を許してもらえば、第二、第三の9・11といった流血抜きには、米国はその独善性に気づかないかもしれない」
◇もり・こういち 同志社大大学院神学研究科で修士、米バークレー神学大学院連合で博士課程をそれぞれ修了。専攻はアメリカ宗教史で現在、同志社大神学部長。同大学が主宰する「一神教学際研究センター(CISMOR)」のセンター長も務める。著書に「宗教から読む『アメリカ』」(講談社)、共著に「多文化主義のアメリカ」(東京大学出版会)など。広島県生まれ。57歳。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040418/mng_____tokuho__000.shtml