現在地 HOME > 掲示板 > 日本の事件12 > 438.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
http://www.asahi.com/national/update/0325/034.html
86年の東京サミットで中核派が迎賓館に向けてロケット弾を発射したとされる事件などで、爆発物取締罰則違反の罪に問われた3被告の判決が25日、東京地裁であった。木口信之裁判長は「ロケット弾の製造にかかわった証拠がなく、実行犯との共謀の証明もない」と述べ、中核派活動家の須賀武敏(59)、十亀弘史(60)、板垣宏(60)の3被告全員に無罪(求刑懲役15〜13年)を言い渡した。
88年9月の初公判から判決まで15年半を要した。「超法規的措置」で釈放され審理が中断した被告などを除けば、同地裁で審理されている最古の刑事事件だった。
3人は、86年4月に東京都福生市の米軍横田基地に、同年5月には港区の迎賓館に向けてそれぞれロケット弾を発射し、爆発させたとして起訴されたが、犯行と直接結びつける証拠がなく、検察側の立証が長引いた。実行犯がだれかも分かっていない。
判決は、二つのロケット弾事件について「中核派に関係する者らが計画的に敢行した事件だと推認できる」と述べたうえで3人の関与を検討。検察側は、ロケット弾の製造に関するメモ類が3人のアジトで押収されていることなどを根拠に、実行犯との共謀があったと主張したが、判決は「アジトは、二つのロケット弾事件後に開設されており、メモがその前に作成されたとは認められない。検察側主張には飛躍がある」と退けた。
3人は87年10月にロケット弾事件で逮捕され、02年12月に保釈されるまで約15年間、勾留(こうりゅう)されていた。3人は、86年8〜10月に岩手県内のアジトで「圧力なべ爆弾」をつくった事件でも起訴され、いずれも有罪判決が確定している。ロケット弾事件で検察側が証拠として提出したメモ類は岩手のアジトで発見された。
笠間治雄・東京地検次席検事は「共謀は十分に立証した。無罪との判断は論外であり、控訴することとなろう」とのコメントを出した。 (03/25 21:29)