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数年前の休日、私はひとり博多港から船で玄界島へ渡り浜辺に寝そべりぼんやりと一日を過ごしたことがあります。穏やかな春の日でした。この島は百万都市福岡に属していますが、福岡とは別の時間が流れているようでした。
いまこの島の惨状を目にし心が痛みます。
以下に転載しますのは、この島に伝わる「百合若伝説」です。この伝説中の新羅による九州攻撃と百合若の新羅攻撃は何時の時代の出来事でしょうか?白村江の頃、それとももっと古い時代でしょうか?
何れにしろこの伝説は、玄界島が朝鮮半島と倭国との関係の上で重要な位置にあったことを示していると思います。
ふるさとの民話http://www.onshin.com/minwa/higasi/yuriwaka.htm
「百合若大臣」
昔々、九州を治めていた左大臣の子に百合若という身体の大きな若者がいました。
百合若は並みはずれた力を持ち、大きな鉄の弓をひく名人で、くり毛の馬にまたがってはタカの「みどり丸」と共に一日中、山野を暴れ回り、夜になると美しい妻の春日姫に文字や書を習う心やさしい若者でした。
その頃海のむこうの新羅の国が九州の海辺の村を襲ってきたため、百合若は都の大臣の命で新羅と戦うことになりました。
「姫よ、必ず帰って来る。」
百合若は春日姫に馬とみどり丸を預け、兵を率いて豊後の国を離れました。
三年後、百合若は新羅をおさえ、宝物を積んで九州へとむかっていました。 途中、北九州の玄界島に立ち寄り、そこで兵たちと三日三晩祝宴をあげましたが、百合若も酔いつぶれて眠り込んでしまいました。 その時、以前より左大臣の座を狙っていた別府貞澄と貞貫兄弟が、百合若を欺き、彼を島に置き去りにして、船で豊後の国へ帰ってしまいました。
国へ戻った兄弟は百合若の手柄を構取りし、貞澄は左大臣となりました。 しかし兄弟は政治を怠り、毎日酒をのんで遊びほうけていました。 そして百合若のことを思い泣き暮らしていた春日姫を、貞澄は嫁にしようとしましたが、姫の心は変わらず、姫は山の岩穴に閉じ込められてしまいました。
玄界島にも春が訪れました。 島に残された百合若は、赤黒く焼け、大きな赤鬼のように変わってしまいましたが、毎日春日姫だけを思い生きていました。
ある時百合若は沖の方から小さな鳥の影が近付いて来るのに気づきました。 みどり丸です。 百合若はみどり丸を抱きとめ泣きました。 そして二枚の木の葉に自らの血で姫への手紙を書き、みどり丸に託しました。 みどり丸はその葉を姫に届け、今度は姫から硯箱と筆を預かると、百合若の元へ羽ばたいて行きました。
そして次に百合若がみどり丸に気付いた時は、玄界島の砂浜で力つきて死んでいる姿でした。
そんな百合若の前に、大風をさけるために立ち寄った漁師が現れたのは秋のことでした。
正月七日。豊後の城内の弓の腕比べで、貞澄は兵たちに鉄の弓を射るよう求めました。 すると赤鬼のような大男が現れ、鉄の弓を軽々と持ち、三本の弓をあっという間に的の真ん中に射たかと思うと残り二本の矢で貞澄と貞貫兄弟の胸を射ぬきました。 「百合若様だ‥‥。」
喜びにあふれる人々の前に岩穴から助け出した春日姫と共に現れた百合若は、その時から百合若大臣と呼ばれるようになりました。