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「川の古道」は、熊野川町の道の駅「瀞峡(どろきょう)街道・熊野川」から新宮市の熊野速玉大社近くの河原までの熊野川を川舟で下る約20キロ、2時間のコース。途中に奇岩「釣鐘(つりがね)石」など名所旧跡が多く、国道168号から見下ろすのとは全く違う水上の景観が広がる。
構想によると、1隻の定員は12人程度。1日に出す舟の回数は決まっていないが、完全予約制で1回の出航につき観光バス1台分の乗客に対応できるようにする。新宮市や三重県紀宝町などにいる現役の船頭が、船外機を着けた川舟を操って河口まで下る。
【上】川舟から見る熊野川の雄大な風景(新宮市で) 【下】南紀熊野体験博(1999年)の際に 製作された川舟=熊野川町で |
平安時代から江戸時代にかけて、京都、大阪方面から熊野三山への参詣は、田辺市から中辺路を通って熊野本宮大社(本宮町)に参拝、その後、舟で下って熊野速玉大社から熊野那智大社(那智勝浦町)を巡るルートが主流だった。
熊野詣での参詣者が減った明治以降も、川舟は地域の人たちの重要な交通路であり、生活物資を運ぶ輸送路だった。しかし、川沿いに新宮と本宮を結ぶ道路が開通したことなどにより、昭和30年代からは廃れていた。
川舟を操る技術の継承も目的の一つ。船頭の高齢化などにより、熊野川の伝統文化ともいえる操船の技が途絶えてしまう恐れがあった。将来的には「川の語り部」を養成し、操船技術も受け継いでもらう計画だ。
川舟下りは01年の秋、いまは解散している「南紀熊野21協議会」が事業化に向けて、試験就航したことがある。招かれた観光関係者らには好評で「商業ベースのツアーを実現してほしい」との要望が出た。旅行会社からも「川舟でツアーを組みたい」とラブコールが送られている。
今後は、運営主体の確定や安全確保のためのルールづくりが急がれるほか、海上運送法上の手続きもクリアしなければならない。また、大雨による水量や水質の変化も予想され、乗客の安全管理や出航スケジュールの調整とともに、課題となりそうだ。
構想を推進している県東牟婁振興局地域行政課の堀順一郎総括主任は「文化遺産として世界遺産に指定された川は、世界でも熊野川だけ。その貴重な資源を生かしつつ、伝統文化の継承も含めて事業展開したい」と話している。