現在地 HOME > 掲示板 > 地域8 > 141.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
|
文部科学相の諮問機関、文化審議会は19日、国宝に岩手県平泉町の中尊寺金色堂にある仏像32体と、付属する木製飾り「金色堂堂内諸像及天蓋(てんがい)」など4件を、重要文化財に京都市の醍醐寺に安置されている「木造大威徳明王像」など美術工芸品46件を指定するよう答申した。
奥州藤原3代の遺がいを収める金色堂は、初代清衡が1124(天治元)年に建立した。堂内には清衡自身を収めた中壇に11体の仏像が安置され、以後、2代基衡(1157年没)の右壇、3代秀衡(1187年没)の左壇が増設され同じ構成の仏像が置かれた。
三壇の仏像はそれぞれ、金色堂創建、基衡、秀衡没後間もなくの作とされる。
仏像からは約60年間の様式的変遷が見られ、金箔(きんぱく)を施された温和で典雅な姿は荘厳な堂内に溶け込み、藤原3代の文化的偉業を今日に伝える。流出した一部の仏像を除き、当時のまま残っており、掛け替えのない文化遺産となっている。
中尊寺関連の国宝指定は8件目で、平泉文化の世界遺産登録を目指す平泉町、岩手県にとって大きな弾みとなる。
近代建造物の保護を目的とする登録有形文化財には、大分県別府市にある「竹瓦温泉」など99件の登録を求めた。このうち東北からは、山形県遊佐町の大泉坊長屋門を含め青森、秋田、山形3県の計5件が選ばれた。これにより、美術工芸品の国宝・重要文化財は1万166件、登録有形文化財は4145件になる。
<責任の重さ感じる/中尊寺の佐々木邦世執事長の話>
金色堂の中心となる仏像が国宝に指定されることは非常に喜ばしい。質量ともに優れた文化財を持つ平泉の位置づけを再確認し、後世に残す責任の重さを感じている。
◎現在も集落景観の要/大泉坊長屋門(山形県遊佐町)
鳥海山への修験者宿坊に、1834(天保五)年ごろ建てられた。入り母屋造りで幅18.68メートル、奥行き4.54メートル。屋根がわらに赤い釉薬(うわぐすり)が使われ、門口の両脇には土間や部屋がある。今も集落景観の要だ。
◎文化審議会の答申内容 かっこ内は保管者(敬称略)、所在地。
【国宝(美術工芸品)】絵画の部▽紙本墨画淡彩慧可断臂図(斉年寺=愛知県常滑市)▽絹本著色五大尊像(来振寺=岐阜県大野町)
彫刻の部▽金色堂堂内諸像及天蓋(金色院=岩手県平泉町)
考古資料の部▽奈良県藤ノ木古墳出土品(文化庁)
[2004年03月19日金曜日]