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アーミテージ・リポートと日本版CIAのすすめ (上) 植田 信 2001.6
http://www5d.biglobe.ne.jp/~uedam/
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いきなり私事の話で恐縮だが、昨年この「月曜評論」誌に「ワシントン・コンセンサス」を2回に渡って掲載したことがきっかけになって、今年の秋頃、新書版が出ることになった。東アジアの経済危機をテーマにしたものだが、昨年の原稿を大幅に加筆することになり、あらためて資料を調べなおしてみた。ところが、昨年もそうだったのだが、今回もひとつどうしてもよくわからない点がある。昨年本誌に掲載した時点では深入りできなかったので、今回は掘り下げてみよう思ったところ、壁にぶつかった。想像で解決するならいくらでもやり方はあると思うのだが、テーマが現実に発生したものであるだけに、そうもいかない。
どういうことかというと、1997年7月にタイ・バーツの暴落が発生したあと、続いて同月のうちにマレーシアのリンギット、インドネシアのルピアが下落した。そのあと香港ドルが暴落し、年末になると韓国経済が危機に陥り・・と、東アジアの経済はまるでドミノ倒しみたいに連鎖反応を示した。マレーシアのマハティール首相はすぐに、これはソロスの陰謀だ、とジョージ・ソロスを非難した。これに対してソロスは即座に反論し、欧米の各国はほとんどソロスを擁護する立場を取った。それどころか、逆に、悪いのは東アジア各国が採用してきた経済構造「クローニー・キャピタリズム」だ、と言い返してきた。それでもマハティールは非難を続け、最後には「イスラム国家を貶めようとするユダヤ人の陰謀だ」と言うまでエスカレートした。この発言に関してはすぐにマハティールが謝罪して両者の緊張は収まったが、しかし、いろいろ資料を見ていくと、どうも、マハティールが主張したことのほうが正しかったのではないか、と私には思えてくる。あまりにうまく行き過ぎすぎているのだ。だが、「陰謀」だと考えるには証拠がない。
早くから「東アジア経済の成長はまぼろしだ」と警鐘を鳴らしていたMITのポール・クルーグマン教授が、当時、この経済危機を同時中継的にリポートした。事態の推移を注意深く見守った彼もやはり「陰謀」があったのではないか、と一時疑った。だが結局、突然の暴落に人々が驚愕して「パニック」になってしまったのだ、との考えに落ち着いた。東アジア全体を巻き込むほどの危機になったのは「パニック」が伝染したからだ、と彼は言う。とはいえ、当時起きたことを再構成してみると、「パニック」として解釈するには、あまりに事態の進行がうまく行き過ぎていたように私には思えて仕方がない。ドミノ倒しにたとえれば、あまりに東アジア各国が整然と倒れた。
たとえば、タイ・バーツが暴落したのは7月2日のことだったが、実はすでに5月の時点でタイ・バーツはどこかの投機筋から攻撃を受けていた。タイ当局は、バーツの「ドル・ペッグ制」(バーツの価格をドルに固定しておく)を守るために市場に介入したが、外貨準備が減ったために、同時に海外の金融機関からドルを借り受けた。ところが、これが短期の借り受けで、8月にはもう返済しなくてはならなかった。7月2日に改めてバーツを攻撃してきた投機筋は、どういうわけかそれを承知の上とばかりに、5月よりもはるかに強力に出てきた。というより、まさにこの時と狙い済まして売り浴びせてきた。後のないタイ当局はついに「ドル・ペッグ制」を放棄し、変動相場制に移行したが、バーツはあっけなく暴落してしまった。
もちろん、タイ・バーツの暴落は、単に偶然だったのだと済ますことができる。(あるいは、事故だった、と。) そこで、では韓国経済の危機はどうだったのかと見ると,ここでもまた不思議なことがある。
韓国の危機は11月にやってきた。この年の韓国は年初から韓宝鉄鋼が倒産するなど、経済状況の悪化が世界に知れ渡っていた。けれども、国内の景気が悪ければ海外に投資すればいいとばかりに、韓国の金融機関は海外から資金を借りまくり、リンギットやルピア,バーツ、さらにロシア国債,ブラジルのレアルに投資した。ところが借りた資金が短期もので、早くも年末に返済の時期が迫ってきた。その一方、韓国経済の悪化を見かねた海外の金融機関が11月に入って一斉に資金を引き揚げ始めた。おまけに、年末の更新はなしと通告してきた。これによって、すでに外貨準備も底をついた韓国当局は一挙に窮地に追い込まれ、IMFに救援を依頼するしかなくなった。
これが韓国での経済危機勃発の状況だが、ここで疑問が起きる。海外の金融機関は韓国経済が悪化していることを知りながら、なぜ韓国の銀行に融資したのか。しかも,短期の。そして、返済時期の直前になってなぜ一斉に資金の引き揚げが始まったのか。事態があまりにうまく進行しすぎていないだろうか。これでは、すべてはすでに誰かが事前から用意周到に計算していたのではないか,と勘ぐりたくなるというものだ。
すると当時、やはり同様の疑問を持った人物がいた。エコノミストのウィリアム・エンダールで、彼は、これは「パニック」ではなく,仕掛け人がいるに違いないと考えた。そして、ヨーロッパの金融機関と、彼らから資金の提供を受けた数個のヘッジ・ファンドが東アジアの経済危機の首謀者だったことを突き止めた。
「実は韓国の金融機関や企業は,1月に韓宝鉄鋼が倒産し、財閥危機の兆候が現れて以来、荒波を乗り切るために短期借り入れに頼る度合いを強めていたが、貸し手を見つける苦労は味わっていなかった。欧州系の銀行が待ち構えていたからだ。欧州勢による貸し込みは意図的なもので、これで韓国に墓穴を掘らせた。」(ウィリアム・エンダール「Foresight」新潮社1998.1)
エンダールによれば、タイ・バーツを暴落させたのも、リンギット,ルピアを次々に打ち落としていったのも欧州勢だったという。では、なぜ彼らはそのようなことをしたのか。エンダールは欧州の金融関係者にインタビューを重ね,次の結論に達した。1999年1月1日からヨーロッパで通貨の統合が始まり、それを成功させるためには、「奇跡の成長」を遂げた東アジア経済を弱体化しておく必要があった。つまり、欧州通貨(ユーロ)に世界の資金を投入させるには、強いアジア経済は邪魔だったのだ、と。
なるほど、この説には一理ある。思わず説得されそうだ。だが,ここで落ち着いて考えてみよう。インタビューの発言にどれほどの重みがあるのか,と。インタビューの発言がそう言ったから、「そこには陰謀があった」ということになるのか。それにヘッジ・ファンドが関与していたというなら、ヘッジ・ファンドであることの最大の理由(メリット)は、その情報が外部に漏れない点にあるのではないのか。そうだとしたら、インタビューの受け答えというものはそれ自身、自分の立場を考慮に入れた上での、方向付け(誘導)ではないのか。このように一見もっともらしい説でも、一度疑い始めるときりがなくなる。ではどうすればいいのか。
実は、「陰謀説」そのものは第一義的にはとりたてて深刻な問題ではない、というのが答えである。重要なことは,それが引き起こす結果なのだ。考えてもみよう、「ある事柄」が陰謀によって起きたとしても、起こった結果には変わりはない。結果は結果であり,重要なのは、起きたことの結果のほうなのだ。
具体的に見てみよう。11月下旬に発表されたIMFによる支援パッケージは韓国経済をさらに悪化させた。(この辺の状況については「月曜評論」2000.9p.41を参照していただきたい。) そして欧州勢の仕掛けによるにせよ、よらないにせよ、韓国で起きたことは、結果的に、自国政府だけでなくアメリカ政府を深刻な事態に追い込んだ。
クリントン政権は対策を協議したが、すぐに政権内で対立が発生した。ルービン財務長官は、韓国の金融業界がみずから破綻したのだから、自分で責任を取らせたほうがいい、として、アメリカは支援すべきではない、と主張した。(ゴールドマン・サックス出身の彼にとっては、自己責任は当然の話だろう。) ところがこれに対し、コーエン国防長官が反対した。韓国経済の悪化は、そのまま朝鮮半島の安全保障問題につながる。アメリカが韓国を支援しないと、北朝鮮が変に誤解をしかねない。アメリカは韓国を支援すべきだ、と。結局、このコーエン国防長官の意見が通り、クリントン政権は韓国を支援することになった。韓国大統領に当選したばかりの金大中を窮地に追い込んではならない、とクリントンは全員に告げた。
しかし韓国で経済危機が発生したことで、なぜクリントン政権が出てくるのか。そこには、韓国という国の戦後史の特殊事情がある。そのため韓国の場合、経済危機は経済危機だけの問題では終わらない。
1950年代に北朝鮮が南に侵攻して朝鮮戦争が勃発したが、これに対してマッカーサー始め、アメリカ軍が戦った。そしてそのままアメリカ軍が北朝鮮と休戦条約を結んだ。以来、アメリカは朝鮮半島の安全保障に責任を負うことになった。ということは、もし韓国の経済危機が悪化し、たとえば失業者が急増して社会混乱を招くようになれば、それはアメリカ政府の政治問題になってしまう。クリントンは経済問題を重視して当選した大統領だったが、こうなるとルービン財務長官よりもコーエン国防長官の意見を優先しないわけには行かなくなる。(オルブライト国務長官もコーエン国防長官に賛成した。)
アメリカを含めてIMFによる韓国支援の第二次パッケージが決まり、これで韓国経済は絶体絶命のピンチを生き延びることになった。ところが、ここから奇妙なことが起きる。
危機の最中に大統領に当選した金大中は、当選するとすぐに「ハウス外交」を始め、カムドシュ(IMF専務理事)、ウォルフェンソン(世銀総裁)、ルパート・マードック(著名なメディア関係者)、ジョージ・ソロス(投資家)などをソウル郊外にある自宅に招き、彼らの言葉に耳を傾けた。こうして招かれた人物の一人に,元韓国大使のドナルド・グレッグがいた。元韓国大使ということであれば、招かれてもそこに不思議はないだろう。ところが、彼にはもうひとつの顔があった。彼は元CIAだったのだ。これはどういうことなのか。
クレッグ氏の韓国との付き合いは長い。韓国では1961年から1993年まで3人の軍人出身の大統領が統治した。1979年に朴大統領が部下に暗殺されると全大統領が政権を掌握したが、この政権掌握はクーデターによるものだった。そこで韓国の政情不安を心配したアメリカがCIAエージェントを大使として韓国に送り込むことにし、グレッグ氏に白羽の矢が立った、というわけだった。(日本学者のチャルマーズ・ジョンソン氏によると、それまでCIAの人物が他国の大使になった例はなく、これはアメリカが韓国を確実にアメリカの管理下に置くためにあえてした人事だったという。)
奇妙なことに、このグレッグ氏の韓国との関係はこの時だけのものではなかった。彼は金大中大統領に招かれたが、それは単に表敬訪問というようなものではなかった。2000年2月、金大中大統領と会談したあとグレッグ氏はアメリカ本国に向けて次のように報告した、韓国経済は自由化されることになり、外国投資家への門が大きく開かれた、と。するとそれから韓国では金融関連の法案が改正され、外国人が韓国の銀行株を100%所有できるようになった。
グレッグ氏の活動はその後も続く。2001年3月、ジョージ・タウン大学で開かれた「金大中政権の3年」というセミナーで、誕生したばかりのアメリカのブッシュ新政権も、近いうちに北朝鮮に対する金大中大統領の包括政策と協調するようになるだろう、と語った。
これらのことは一体、何なのか。アメリカにおいて、外交政策を立案しているのは誰なのか。時の権力を握る大統領とその側近たちなのか(たとえば、W・ブッシュ大統領にアドバイスする国家安全保障担当のコンドリーサ・ライス女史か)、それとも、グレッグ氏を韓国に送り込んだCIAなのか。もしCIAだとしたら、その組織はアメリカの権力機構の中で、どれほどの権力を握っているのか。
というわけで、以上、陰謀説を検討するよりも結果に注意すべき、と考えた私は韓国経済を追ってみたのだが、今度はCIAの問題にぶつかった。そしてCIAと言えば、これがちょうどタイミングピッタリに、と言うべきか、ブッシュ政権下でリチャード・アーミテージ氏が国務副長官に就任した。アーミテージ氏と言えば,昨年の10月、彼の名を冠したリポート(INSSリポート/国家戦略研究所、アメリカ国防大学)が発表されて以降、今では日本人の間でかなりの著名人になったが(まるでプロレスラーのような体格)、そのリポートが、日本人に「日本版CIA」を創設したらどうか、と提唱していた。
「47. 日本にとっても、アメリカとの間の情報協力の発展は重要である。日本のさらなる国際貢献のためには、より強力な日本独自の諜報力とともに、アメリカとの協力拡大が必要である。」(INSS特別リポート2000.10.11―訳/日商岩井ビジネス戦略研究所)
彼らは、なぜ日本版CIAが必要だと考えるのか。リポートによれば、たとえ経済の危機と言えども、それが深刻化すれば社会不安を引き起こし、国内政治を動揺させるほどになれば、次には他国への影響が出てきて、結局、国際問題に発展する可能性があるからだという。戦後の長い平和に慣れている私たち日本人からみれば、これは過剰反応ではないか、とも取れなくもない。しかし、アメリカCIAには実績がある。1996年6月、彼らは日米自動車交渉にあたって橋本通産大臣の電話を盗聴し、ミッキー・カンター通商代表を助けた。2000年3月には、前CIA長官ウルジー氏が、アメリカは「エシュロン」(高度情報システム)を使って、ヨーロッパ各国のビジネスを監視していたと語った。経済危機が政情不安定要因になるという点では、2001年6月現在、インドネシアが緊張を孕んできた。端を発したのは、あの経済危機による政権交代劇にある。(アメリカが裏にいたスハルト政権打倒)。
さて、私たちはこれらのことをどう考えたらいいのか。経済危機を理解するために、陰謀説よりも結果を追求したらCIAが浮上してきた。そしたら、今度は日本版CIAを作れ、というアメリカからの要請だ。これはどういうことなのか。結果も大事だが、陰謀説も重要であり、日本は自前で諜報機関を作って調べろ、ということなのか。
意味深いことに、エンダールによれば、タイ・バーツの暴落を仕掛けた欧州勢の最終的なターゲットは日本経済だったという。そして彼らは目的を達成したのだ。1997年11月、日本経済に何が起きたか。良くも悪くも、戦後私たち日本人は大蔵省による護送船団行政(コンボイ)に守られてきたが、ついに私たちの戦後の眠りが終わる時がきた。その月、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券が倒産した。それを知って大蔵省は動いたが、3ヶ月遅かった。(続く)
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