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株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu72.htm
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中国の20年後に懸念される「超高齢社会」
都市と農村「二つの戸籍」で生じる大きな格差
2004年6月16日 水曜日
◆中国問題を解く鍵は「過剰人口」と「戸籍制度」にあり 関 満博
http://www.president.co.jp/pre/20020930/001.html
中国と付き合っていくと、西側の常識とはまるで異なる不思議な現象に直面することが少なくない。日本の常識のままでいると、中国と何年付き合っても一歩踏み込んだ議論ができそうもない。今回はまず、中国の基本の基本である「過剰人口」と「戸籍制度」に関わる問題をお伝えしていく。
中国問題を解くための出発点は「人口問題」にある。13億人という巨大な人口を抱えていることが西側とは全く異なる不思議な構図を形成することになる。
中国が史上初めての本格的な人口調査を実施したのが1953年7月。その結果は当初の予想であった4億人を大きく上回り、約5億9000万人(最近の説では6億人を超えていた)。人口問題の専門家は経済規模に比べて過剰と指摘したのだが、毛沢東をはじめとする指導層は「社会主義社会には過剰人口は存在しない」というマルクス理論を無批判に受け入れ、人口増加は経済成長にプラスに働くとの立場をとった。特に、資本、設備が極端に欠乏していた中国では、国土の建設のためには豊富な労働力の投入が不可避とされたのである。
その後、59年には世界的な天候不順の下で農業生産が極度に低下、餓死者が続出した。人口は2年間で約1300万人も減少したとされる。こうした事態を受け、60年代には人口抑制政策がとられていく。だが、66年以降の文化大革命期には人口抑制は徹底せず、持続的な人口増加が続いた。
そして、文革後の人口動態予測によると、80年以降の平均出生率(出産適齢期女性の平均出産子女数)を3とすると、総人口は2000年で14億人、2050年に29億人、2080年で43億人に達することが予想された。発展途上国の一般的な常識では平均出生率3という数字は実は相当に控えめなものにかかわらずである。
この点、平均出生率を2にした場合、2000年には12億人強、2052年がピークで15億人強となり、2080年には15億人弱で安定するとされた。
1980年前後に予想された将来の中国農業の人口保持力は、12億人程度とされ(現在では、若干上方修正されている)、中国政府は「計画生育」という理論を正当化し、いわゆる「一人っ子政策」を推進していく。子供を2人生ませると食えないというのである。改革・開放が推進された70年代の末から「一人っ子政策」は厳しく実行され、現在、22〜23歳の若者が長男長女であるならば、弟や妹はいない。
このような「一人っ子政策」はすでに20年以上も続けられているのだが、現実には幾つかの調整が行われている。例えば、少数民族は子供2人まで可能、また、農民に対しては、1人目が女の子であった場合は2人目までは許可されるなどが試行されている。特に、農民たちは労働力としての男の子が欲しく、女の子が生まれた場合、戸籍に入れずに隠すなどが指摘されている。内陸の農村などでは、戸籍がなく、義務教育を受けることのできなかった字を知らない子供たちが大量に発生していることなどが社会問題化された。
さらに、社会的には、一人っ子の場合、両親に加え、4人の祖父母がいるという逆三角形の構図となり、6人の愛情を独り占めにした子供の将来が懸念されている。わがままな子供たちばかりになるのではないか、というのである。
また、当然ながら、20〜30年後には、超高齢社会の到来が懸念される。人口の年齢構造は極端な逆三角形の様相を深めており、中国の経済成長はある段階で急に減速していくことが予想される。中国は若い力による高度成長の時代から一気に高齢社会に踏み込んでいくことになる。
沿海と内陸の格差、都市と農村の格差を内包している中国政府にとっても、その舵取りは相当に難しいといわざるをえない。しかも、それには20年程度の時間しかない。
極めて短期間に経済を一定の水準に高め、格差を是正しながらソフトランディングを図ろうとするのか、あるいは、経済力を飛躍的に高め、世界の食糧、エネルギーを呑み込んでいくのか、それは地球規模の問題となることが懸念される。周辺の諸国は、前者を選択するように支援していくことが望まれる。
◆「二つの戸籍」で生じる大きな格差
以上のような基本的な枠組みに加え、もう一つ「人」の問題でよく理解していかねばならない点がある。それは中国の「戸籍(戸口)制度」である。先の6月3日号で広東型委託加工を取り上げたが、その際、広東には内陸からの若い女性労働力が大量に来ていることを紹介した。実は、これは特殊な事情であり、他の地域では内陸からの「安くて豊富な労働力」を自由に導入することはできない。これは「戸籍制度」の問題なのである。
日本では戸籍など相続のとき以外には、ほとんど問題にならなくなってきた。だが、中国は違う。戸籍がすべての前提なのである。中国では戸籍は大きく二つに分けられる。一つは「農業人口(農村戸籍)」であり、全人口の約75%を占める。残りが「非農業人口(都市戸籍)」である。この制度は1957年頃に完成した。当初は食糧管理のためとされていた。地球にとってまことに有り難いことに、中国は食糧の自給を基本としている。中国が食糧を大量に輸入する事態など考えたくない。
また、日本人は「中国は社会主義だから、13億の人々は平等に社会福利厚生を享受している」と勝手に思い込んでいる。だが、現実には信じ難い格差がある。住宅、医療、年金等に際立った格差が存在している。農村戸籍の人々はそれらを享受する立場にない。農民は家は自分で建てるのである。近年、社会保険を広く普及させようとしているが、もともと、農民には医療、年金等は提供されていない。社会保険が社会の隅々まで浸透していくには、20〜30年はかかるとされている。
さらに、中国では基本的には移動の自由がない。戸籍のある場所にしか住めない。近年、上海、北京などは際立った発展を示しているが、市内には途上国にありがちなスラムは存在しない。農村から人々は自由に大都市にやってくることはできないのである。途上国として珍しくスラムがないのは戸籍管理が徹底していることによる。
戸籍は生まれた瞬間に決定するが、両親が別々の戸籍の場合はどうなるのか。一般的には母親の戸籍を受け継ぐ。したがって、大都市の若者が農村の娘と結婚することは稀である。それでは、自分の子供は農民の戸籍になってしまう。
では、農村戸籍の人々は都市の戸籍に変われないのか。それには幾つかの条件がある。全人民の唯一の機会は大学に受かることである。大学は都市にしかない。大学に受かった農村戸籍の若者は大都市に居住せざるをえない。そのために、大都市側が暫住(暫定)戸籍を発行する。そして無事に卒業すれば、従来なら彼らは国有企業(単位)に配分された。そこで新たな都市戸籍を取得するのであった。
日本では同世代の大学進学率は50%に近くなっているが、中国の場合は2%前後である。日本よりも厳しい学歴社会の中国で農村から大学に受かることは至難の業である。よほどの人材でなければ無理であろう。
大学進学以外に手はないのか。よく知られているのは、文化大革命時代に下放された若者が戸籍を復活する場合である。文革とは実に厳しいものであり、都市のインテリは都市戸籍を剥奪され、農村で一生過ごすことを義務付けられた。?小平が復活し、改革・開放に入って以来、下放青年たちから戸籍の復活が求められ、基本的にはすべて戻すことにした。だが、都市側には受け入れる余力が小さく、当初は農村に下放されても独身を維持していた者が優先された。その後、段階的に処理され、現在ではすでに解決したとされているが、そうではない。まだ相当数の人々が取り残されている。そして、この点をめぐる問題が現代中国文壇の最大のテーマの一つとなっているのである。
◆中国で「三里塚」が起こらない理由
以上のほかに戸籍を変えることはできるのか。この点、私は興味深い経験をしたことがある。90年の頃、大連に日本工業団地を形成するというプロジェクトが持ち上がり、私がそのF/S(フィージビリティー・スタディー=企業化調査)を担当していた。連日、大連のオフィスで中国側と調整を重ねていたが、ある日、現場を見ようということになった。連れて行かれた場所は約200ヘクタールの広大なものであった。だが、そこは美しいリンゴ畑であり、農民が約800人居住していた。私が「これは地上げがたいへんですな」と呟くと、中国側は「なに、明日からでも工事に入れますよ」と答えてきた。
中国の戸籍問題に関心を抱いていた私は、一瞬、「戸籍を変えるのですか」と尋ねると、中国側は「なんであなたは、そんなことを知っているのですか」と言うのであった。
中国の都市開発、高速道路の工事などは信じ難いほど速い。その背景には、この戸籍制度の問題が横たわっている。立ち退かされた農民たちは、若干の移転補償を貰い、新たな住宅をあてがわれ、そして、新たに開発された場所で職業を補償されていく。当然、孫子の代まで福利厚生も付いてくる。「三里塚」などが起こるわけはない。
先に見た広東省の場合は、暫住戸籍を発行し、内陸の「安くて豊富な労働力」を大量に導入しているが、他の地域ではそうしたことは大規模に行われていない。上海、大連等の大都市では国有企業が多く、リストラに苦しんでいる。外資企業が内陸の労働力を入れたいと地方政府に申し入れても、確実に拒否される。「地元の失業者を採用してほしい」と言われることになろう。先の広東省の場合は、中国の辺境であり、すこし前までは西側(香港)と接する軍事境界線であったために、国有企業など十分に建設されていない。こうした事情から広東省はかなり自由に内陸の農民を大量に受け入れてきた。
半面、上海等の大都市に居住を許可されている農民とは、土木建設現場等の3K職種のみであり、地元の人々が就きたがらない部署に限定されている。したがって、公安の管理の厳しい中国の大都市には、路上生活者による大規模なスラムは形成されることはない。中国の人々の不可解な行動パターンを理解していくには、まず、これらの点から入っていかなければならないのである。
(私のコメント)
私が大学生の頃、共産党支持者に「ソ連には共産党員と非共産党員の二つの階級が出来ている」と指摘したら反論は返ってこなかった。中国には「戸籍制度」という非民主的な制度があり農家に生まれたら一生そこの農家で暮らさなければならない。中国には移動の自由はない。
だから最近の中国の発展で都市の戸籍の住人は繁栄の利益にあずかっているが、貧しい農村は貧しいままで豊かな都市へ勝手に働きに出たり引っ越したりは出来ない。だから豊かな都市部の中国人はマンションを買ったり車を買ったりで日本と変わらぬ生活水準を謳歌している。
そもそも共産主義革命は労働者農民が平等の理念の下に政府を倒して革命を起こしたのだから、「戸籍制度」のような階級を作ってしまった中国共産党は共産主義政党ではない。ソ連の階級の出現とソ連の崩壊とは密接な関係があるように、中国の階級の出現と中国の崩壊は密接な関係があるとするならば、中国は近い将来崩壊するだろう。
アメリカのような市場原理主義国家が行き過ぎなら、共産主義国家のようなガチガチの平等主義も行き過ぎである。このような原理主義国家は柔軟性を欠いて、まずソ連が崩壊しましたが、アメリカも極端な市場原理主義国家となった場合、アメリカも崩壊は免れないだろう。
理想を言えば西ヨーロッパや日本で見られるような社会民主主義的な体制が一番バランスが取れているように思える。アメリカは昨日書いたように社会主義政党も無ければ社会主義政権も出来たことは無い。この点が西ヨーロッパや日本とアメリカとが異なる点だ。日本ではソ連の崩壊で共産主義者は激減しましたが、アメリカよりの市場原理主義者が残り小泉・竹中内閣を作っている。
しかし市場原理主義も貧富の格差の問題を解決できずに歪が経済クラッシュを招くだろう。中国は共産主義を名乗りながら市場原理主義を持ち込んで独裁的市場主義国家になっている。経済が発展しているうちは共産主義と市場主義の長所が発揮できて発展しますが、年月がたてば双方の悪いところが国家を蝕んで再び大乱をもたらすだろう。
アメリカ人と中国人の似ているところは極端に理念的であり原理主義的なところだ。だから思想も極端から極端にぶれて、大きな社会的混乱をもたらしがちだ。そこへ行くと日本は無原則的で現実的であり、傍から見ると自己主張の強いアメリカ人や中国人の言いなりになっているように見えてだらしなく見える。
民主主義と市場主義の活力と共産主義の平等の原理を兼ね合わせることは簡単なようでなかなか難しいことらしい。北欧のような人口が数百万人程度の小国なら比較的簡単だろう。その制度を取り入れるのは英独仏や日本程度の規模の国家が限度であり、アメリカやロシアや中国のような超巨大国家は社会民主主義国家は難しいのかもしれない。