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(回答先: ボルボ・システム――人間と労働のあり方 丸山惠也 編著 投稿者 hou 日時 2004 年 5 月 29 日 13:48:16)
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/shohyo/shimizu.html
中央大学経済研究所編
『構造転換下のフランス自動車産業
――管理方式の〈ジャパナイゼーション〉』
評者:清水 耕一
自動車市場が成長力を失い,国際競争が激化した1980年代に入ると,∃−ロッパの自動車メーカーは品質価格競争力の強化のために日本的生産システムに学び始めた。 トヨタ生産システムに代表される日本的生産システムは,『リーン生産方式が世界の自動車産業をこう変える』によってモデル化されたが,∃−ロッパの自動車メーカーに対する同書の衝撃は大きく,1990年代にはリーン生産こそが現代の代表モデルであるという意識が広がった。フランスでは同書仏語版にルノー公団社長レイモン・レヴ』が序文を付し,「この本が我が国工業のすべての指導者によって読まれ,解釈され,採用されることを祈っている」とまで言っている。ではフランス自動車産業は,リーン生産化あるいは管理方式のジャパナイゼーションをどのように,どの程度まで進めているのであろうか。このジャパナイゼーションは日本的生産システムの全面的導入を意味するのであろうか。中央大学分業生産システム研究会の本書『構造転換下のフランス自動車産業−管理方式の「ジャパナイゼーション」』は,主にフランス自動車産業におけるサプライヤーの実態調査を行い,フランス自動車産業におけるジャパナイゼーションの実態を明らかにしている。以下では本書の内容を紹介しつつ,論評することにしよう。
(1) 本書の主要な調査対象となっているサプライヤーのジャパナイゼーション問題は,ルノー公団およびプジ∃−SAによるJIT方式の導入に由来する。よってまず,両メーカーのジャパナイゼーションを見ておこう。
まず,ルノーS(サンドーヴィル)工場の1987年時点での日本的生産システムの導入実態は第1章ならびに第5章によって以下のごとく報告されている。生産合理化の点では,品質保証を中心テーマとして,職制組織のフラット化と現場管理者の職務変更を行なうと共に,ライン労働者を作業班に組織し,この小集団による現場の諸問題の解決や多能工化という生産および改善活動への従業員の積極的参加がはかられている。このような努力の結果,組立時間の短縮,直行率・デリバリー率・フル生産達成率の向上,ムダの減少が実現された。また部品調達に関してはJIT方式が採用されており,発注相手の絞り込み,部品在庫の縮小のための小ロット多頻度納入,開発段階から参加できるサプライヤーの育成がはかられている。
ただし1976年から始まる従業員参加形態のマネージメントが「日本的経営方式」への転換と位置づけられているが,これは誤認であろう。ルノーは60年代末から70年代末にかけてテーラー主義的労働管理に対する労働者の抵抗が続き,労働問題とそれに伴う生産性低下を解決するために,ボルボ・カルマル工場における労働の人間化の実験をモデルに,チームワークを基礎とした従業員参加形態のマネージメントを試行し始めたのである。しかし80年代前半のルノーの基本路線はフォード主義的な規模の経済の追求と,自動化による品質保証と生産性上昇であり,同社がトョタ生産システムの導入をはかるのは1984年の経営危機以後である。よって日本的チームワークは,それ以前の従業員参加形態の試行という土壌の中で取り入れられたものである。なお本書ではS工場の生産システムには触れていないが,ルノーは1986年から日本のJIT研の助けを借りてトヨタ生産システムの積極的導入をはかってお八カンバン方式の導入はもちろんのこと,各工程における品質保証体制の確立,「生産の流れ」づくりを行なった。また製品の多様化に対しては「さかなの骨」と呼ばれる組立ライン・レイアウトによって生産のフレキシビリティーを実現している。
他方,プジョーSAグループの生産システムについては,シトロエアのA(=オルネー)工場の労働編成が第1・第5章で取り上げられているが,プジョーの生産システムは不明である。ただシトロェンはもっとも早5日本的経営と取り組んだ。すなわち1981〜84年に新しい作業形態を検討し,有名なメルキュール計画を作成し,これに従って混流生産,段取り替え時間の短縮,予防保全による設備の信頼性の向上,QCサークル活動や「ポカよけ」による品質向上をはかり,「生産の流れ」を実現するという,生産システムの日本化を進めた。本書が報告している職制組織のフラット化や職能訓練の増加も,このメルキュール計画に従ったものである。このシトロェンでの生産システムの再編はプジョーにフィ−ドバックしていると思われるが,その実態は本書のみならずフランス人研究者も把握していない。
第1章が詳述しているプジョー・グループの購買センター・ソジェダックの下請け再編政策は,部品の標準化と部品のJIT納入体制確立を目的とし,そのために供給能力,品質保証,開発能力,価格競争力,財務状況という基準によってサプライヤーを選別し,部品発注をトップ・クラスのサプライヤーのみに集約し,他のサプライヤーを一次サプライヤーの下請け企業化するものである(日本的階層化)。この一次サプライヤーに対しては,毎日発注もしくは配送センターを通じた日納体制の確立,小ロット発注のための小規模包装規格の確定,発注仕様の統一およびサプライヤーのコンピューター・ネットワーク叱,そして米国型サプライヤー品質保証システムの導入(これはルノーも採用)によってサプライヤー側での品質保証体制の確立が進められた。
以上,対サプライヤー関係についてみれば,表面的には,自動車メーカーはいずれも,部品在庫の削減と生産の同期化のために購入部品のJIT供給を目指して購入部品の品質保証体制=無検査納入体制確立のために一次サプライヤー・を選別し,その結果としてサプライヤーの垂直的階層化が進んでいる。さらに両自動車メーカーはユニット部品を供給するサプライヤー=エキップモンチエの育成をも目指している。 しかし,第2章が主張するように,フランスG動車メーカーによる生産システムのジャパナイゼーションは日本的生産システムをそのまま移植するものではなく,各企業の独自のポリシーのもとで選別的導入が行なわれているように思える。
(2) では外注管理のジャパナイゼーションに対して,サプライヤーの対応はどうであろうか。第1章はソジェダック一A社オダンクール工場(プジョーSA子会社で一次サプライヤー)一A社による下請け企業再編成という生産系列を示し,プジョー・グループにおけるサプライヤーの垂直的階層化の実態を示している。また第2章はルノ‐系,プジョー系および独立系のサプライヤーを調査し,メーカー側の品質向上,JIT納入要求等に応えるためのサプライヤー側の生産システム合理化の実態を示している。これに対して第3章は伝統的なメーカー・サプライヤー関係を明らかにしている。以上の3章は本書のうちで最も興味深い。
第3章はブザンソン地域の9社を調査し,フランスの伝統的な下請けシステムを次のように特徴づけている。典型的な下請け企業は加工型下請け企業であって,取引契約は短期契約が基本である。下請け企業は多数の顧客企業と取引を行ない,リスク分散のために特定一社への依存度を低く押さえようとしているが,自動車メーカー自身も部品メーカーの自社依存率を低く押さえようとし,この点は現在でも変わらない。取引に際して発注元は一回ごとに,価格を中心とした選定基準によって多数の候補企業の中からサプライヤーを選定する。納入価格は取引開始に先立ち厳密に決定され(フルコスト原理),長期取引によって値下げをするという慣行もない。第3章はこのような伝統的下請けシステムの下では,メ←カーが納入部品価格をコントロールしえないのはもちろん,メーカーとサプライヤーが協力して製品コストの削減を図るということは不可能であって,そのためにメーカーは内製方式に傾くとともに,また下請け業者は大企業の量産体制から排除され,自己変革の可能性を狭める結果になっているとしている。
では自動車ツーカーの外注管理のジャパナイゼーションに対してサプライヤーはどのように対応しているのであろうか。第1章によるとA社オダンクール工場ではプジ∃−・ソシ∃一工場へのシンクロナイズ納入が始められ,JIT生産のための合理化が進められている。シートベルト組立工場では工程の統合再編成が行なわれ,労働者は多工程持ちである。生産計画は週間計画であるが生産は日々調整され,生産リードタイムが短縮されるとともに原材料・中間製品在庫および製品在庫の大幅な削減を実現している。また段取り替え時間の短縮,カンバンによる生産指示等,トョタ生産システムの諸要素が導入されている。同様のことは小型モーター組立工場,ハンドルの加工組立工場,バンパー・ダッシュボード工場においても見られる。労働関係では,教育研修によってオペレーター自身が機械の初歩的な修理保全を行ない,保全工は予防保全中心の仕事を行ない,品質改善グループも組織されている。このA社オダンクール工場は外注管理にプジ∃−・グループの部品供給品質保証制度(AQF)を採用し,一部の下請け業者とAQF契約を結んで品質向上を図っている。これらの下請け企業は,A社とのパートナーシップに基づいて品質向上,品質検査体制を確立し,部品を日納している。A社はその後プジ∃−・グループの他の子会社と合併してE社となったが,第1章を読むかぎり,同社はジャパナイゼーションを進める代表的な一次サプライヤーであるように思われる。また部品メーカーF社調査を見ると,プジ∃−;グループはサプライヤーの垂直的階層化を意識的に進めており,一次サプライヤーの数を絞り込む一方で,それらのプジ∃一に対する依存度を低く押さえようとしている。同グループはサプライヤーとの部品の共同開発,サプライヤーの承認図メーカー化も進めているようである。 しかし第1章が指摘しているように,品質管理法,依存率の低さ,さらにはエキップモンチエ同士のグループ化方針等,日本の慣行とは異なった方向も取られている。このようなプジ∃−の政策はどのような考えに基づくものであろうか。この点については本書は明らかにしていない。
ではルノー系はどうであろうか。第2章は生産の自動化・管理方式の観点からCO社,RV社,S社を取り上げている。CO社では,職能訓練への投資,職制組織のフラット化,自主的な改善活動,および日本のU字ラインに似た工程編成をもつ「人間中心の作業編成」が行なわれ,作業員が機械配置から作業・清掃等のみならずNCプログラミングも行なっている事例が示されている。 RV社についてはプレス部門における小ロット生産,それに伴う段取り替え時間の短縮,QCサークル活動,教育訓練(機械調整,品質管理,責任感,メインテナンス,教育訓練の意義,グループ活動)の存在が指摘されている。またS社は多能工化とチーム・ワークによって人員削減と効率上昇を図り,労働者の意欲向上のために給与体系を改め,QCサークル,研修,チーム・フークを進めている。 しかしルノーの外注管理の実態が調査されていないことから,同社の対サプライヤー政策の全体像は不明である。ルノーとプジ∃−は,公団と民間企業という違いに由来すると思われるが異なった企業風土を持ち,同じJIT生産と外注管理方式を導入したとしても,ポリシーも連えば具体的適用も異なると想像できることから,ルノーの外注管理の実態が調査されなかったことは残念である。
(3) 第4章は労働組合組織率の低下と,労組のコントロールを離れた非組合員のコオルディナシオン組織の発達に示される労働組合の影響力の低下の原因を労働組合の制度化に求めて分析し,それ自体として興味深いが,ジャパナイゼーションという問題は扱われていない。また自動車産業における労働問題を扱った第5章は,第2節がルノーS工場,シトロエンA工場,M社ダルノーブル工場,A社オダンクール工場の事例調査となっているが,労働組織のあり方に十分に切り込んでいないために「分業生産システムと労働組織」というテーマを十分に説明していない。ジャパナイゼーションとの関係では第3節「自動車産業をとりまく雇用と失業問題」中のQCサークルに対する労働組合の対応が簡単に示されている。すなわち共産党系CGTは経営者の導入するQCサークルには反対の態度を取っているが,「成果を資本家だけに吸収させないために,活動家を参加させている」のに対して,CFDTは基本的態度は未定であるが,「解雇をだすような企業でQCを導入しようとすることには反対している」と。なお第5章はプジ∃−SA会長のJ,カルベの発言を引用して,「過当な競争」や「不公平な競争」を批判する経営者はアメリカや欧州では数多くいるのであると主張しているが,この引用は不適切であろう。実際,カルベの発言は常に政治的である。保護主義者のカルベが「私は保護主義者ではない」と言っているのを真に受けるフランス人はいないし,「日本人は貧しい」云々は日本車輸入制限を存続させるための便法にすぎない。全体として第4・第5章には不満が残る。管理方式のジャパナイゼーションを主題にしている以上,下請け企業について行なったのと同様に,ジャパナイゼーションに対する労働側の反応,ジャパナイゼーションを困難にする労働側の要因を調査して欲しかった。
(4) 最終章「生産力発展の現段階と日本化の本質」ゆB・コリア『逆転の発想』を批評したうえで,著者の観点からの日本的生産方式の意義と限界を述べている。コリアの『逆転の発想』に対する批判はもっともな点が多いが,しかし批判者自身の解釈にも問題があると思われる。紙幅の関係から子細に亘ることは避け,以下では同章の技術進歩観について論評しよう。
同章の基本的観点は,「われわれの時代に於ける生産力発展の主要な傾向は,エレクトロニクス技術の適用を主軸とした自動化技術体系の確立と,これに対応する客観的な品質管理体系の確立にあり,これこそが国際競争の―つの焦点である」という点にある。この生産力主義的技術進歩観は,労働争議の解決のために労働者に頼らない生産システムづくりを目指し,結局は失敗したフベアットの80年代のオートメ化戦略と一致する。しかし,労働生産組織の在り方如何で情報管理システムの在り方も異なる。生産システムの自動化も,どのような労働様式の実現を目指すかによって自動化の方向は異なる。テーラー・フォード主義的な労働の細分化を基礎とした生産システムではそうした組織原理に対応した自動化がなされ,ステーショナリーな組立を行なうボルボ・ウッデヴァラ工場では独自の作業補助的自動化の方向がとられた。あるいは,日産の九州「夢工場」とトョタ自動車九州の宮田工場では労働観の違いによってシステム化・自動化のコンセプトが異なる。フランスについて言えば,80年代の前半まで,自動車メーカーは同章の主張する方向での自動化戦略を取っていたが,日本メーカーのパフォーマンスによって生産における現場労働者の役割を再認識し,程度の差はあるものの方向転換を行ない,「人にかける」(シトロエン)ことになった。技術進歩に関する現代の課題は,自動化技術体系の確立というよりも,効率とレイバー・インリッチメントを両立させる技術開発であると思われるのだが。
(5)本書はフランスの自動車産業および労使関係の実態調査であり,調査報告やインタビュー記録を胱んでいるだけで,調査対象の企業の考え方や企業風土までもが窺え,フランス自動車産業の実態を知ろうとするものにとっては,貴重な文献である。管理方式のジャパナイゼーションというテーマについても,すでに指摘した様な欠落はあるものの,外注管理の実態とフランスの伝統的下請けシステムの特徴は明確に示されている。もっともフランス自動車産業のジャパナイゼーションの評価,および日本的管理システムの評価に関しては,著者達の間に一致した見解があるとは思われないし,同研究会の前著『自動車産業の国際化と生産システム』に比べると全体のまとまりにも欠けているように思われる。とはいえ,同研究会はその後も調査ならびにリョン大学グループと共同研究を続けており,指摘した諸問題については今後の成果によって答えてくれるものと期待される。