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細田官房長官は昨日(29日)の記者会見で、消費税率の引き上げ問題に関して、「例えば3年後(の07年)施行のような、首相の約束に反しない形で(引き上げ方針を決定することは)あり得る」と述べている。(これが現実になったら、3年後の総選挙で自民党はたぶんボロ負けするだろう)
付加価値税は、日本では小賢しい官僚によって、その意味や内実を覆い隠すように消費税だとか一般売上税といった物品税をイメージさせるネーミングがされている。
政府(与党)も民主党も日本経団連も、その税率アップにいたくご執心の付加価値税(消費税)は、戦後フランスで“考案”されたものだが、広く採用された課税方式としては史上最悪の税金である。
付加価値税(消費税)は、所得が低い人たちにより大きな負担を強いることから“逆累進課税”と言われているが、それを極めて重要な問題だと認めつつ、それをもって史上最悪だと言いたいわけではない。
なぜなら、物品税が広範囲な財に適用されている状況とは異質のものであり、“逆累進課税”性は所得税など他の課税内容との関係で調整が可能だからである。
(あらゆる財やサービスの購入に5%の課税を行う代わりに所得税の課税最低限を大幅に引き上げたり(低所得者減税)、マイナス所得税や公的扶助額の増加により、“逆累進課税”性を解消することはできる)
■ 消費税は別のかたちでの所得税と法人税の増税策
付加価値税(消費税)のなにをもって史上最悪だと断罪するかといえば、給与所得や法人所得への“二重課税”、すなわち、所得税と法人税の巧妙な増税策だからである。
付加価値税(消費税)が給与所得や法人所得に対する“二重課税”であることは、課税対象である付加価値が「人件費+営業利益」から構成されていることを考えればすぐにわかる。
(ある企業が支払う営業諸経費は、他社の人件費ないし営業利益の構成要素へと順繰り還元することができるから除外している)
付加価値税(消費税)の大まかな算定基礎である「売上−仕入」とは粗利益(付加価値)であり、給料(福利厚生費など人件諸経費を含む)・減価償却費・法人税・配当・内部留保・支払利息などの原資になるものである。
(営業利益は、減価償却費・法人税・配当・内部留保・支払利息の原資である)
付加価値税(消費税)は一般的に持たれているイメージとは異なり、内実は、給料・社会保険料企業負担分・減価償却費・法人税・配当・内部留保・支払利息に対する課税なのである。
多くの人にとって身近な給与に即して説明すると、所得税の適用税率が10%であれば、諸控除があるので実効税率は5%程度である。
(扶養家族の数などで変わるが、総額500万円の年収で多くても23万円程度の所得税)
付加価値税(消費税)が5%ということは、課税対象企業で働く人たちの「年収総額+企業負担分社会保険料」にも5%の課税が行われるということである。
(総額500万円の年収なら560万円×5%の28万円。所得税が非課税の人も、10%以上のの所得税が実質的に課税されていることになる)
付加価値税(消費税)は給与所得者から直接徴収される税ではないので、そのように“自覚”をしている人は少ないだろうが、現時点でも既に、徴収されている所得税よりも多い“所得税”を課税されているのである。
(もっと恐ろしいことに、年収700万円程度以下の家計は、消費性向の関係から、自分の所得に追加的に課税された付加価値税(消費税)よりも多く、すなわち、より所得が多いひとに課税された分まで負担している場合が多い)
追加所得税や追加法人税という性格を薄めてくれるのは、公務員や銀行員の家計などその給与所得に追加的“所得税”が課税されていない人の消費行動や政府部門の消費支出である。
しかし、公務員の所得や政府部門支出の源泉は所得税や法人税などの税金なのだから、結局は民間部門で働く納税者が支払っていることになる。
(これが、ますます付加価値税(消費税)の税収をわかりにくいものにし、消費税の見掛けの増収が実質はたいした増収ではないことにつながっている)
■ 物品税との違いで見る付加価値税(消費税)の“凶悪性”
付加価値税(消費税)は、印象的には物品税と同じと思われがちである。
米国は州税の柱として売上税を採用しているが、それは物品税であり、似ている印象を感じるとしても、付加価値税とは別物である。
確かに、消費者にとっては、5%の売上税を負担するのも5%の外税方式で消費税を負担するのも金額的に同じである。
しかし、物品税は、最終消費時点で負担を求めるのか、それとも、ある出荷段階で負担を求めるのかは別として、ある一つの取り引きに対して課税されるものである。
さらに、粗利益(=付加価値)に課税されるわけではなく、財の価格に対して課税されるものである。
最終消費時点で課税する米国の売上税こそが、その名に値する「消費税」なのである。
売上税であれば、国内産の財でも生産性が上昇しそれが消費者価格に反映すれば税の負担が減少する。
しかし、生産性の上昇は粗利益(付加価値)の増加を意図したものだから、付加価値税(消費税)は、変わらないどころか負担が増加する可能性が高いのである。
売上税は、輸入であれ国内産であれ、課税論理は同じである。
内国産の財を15万円で販売しても、売上税は7500円の負担である。
付加価値税(消費税)は、15万円で販売される内国産の財の国内付加価値の合計が10万円であれば、5000円の税負担になる。
生産性の上昇で、15万円の財が13万円で販売されるようになった。
売上税は、6500円の税負担である。
一方、付加価値税(消費税)は、13万円になった財の国内付加価値の合計が11万円であれば5500円になり、500円アップすることになる。
この論理は、国民経済に対して恐ろしい現実を付きつけている。
何かと言えば、利潤(粗利益)の増大を目的とした生産性の上昇が進めば進むほど、付加価値税(消費税)の負担増につながるということである。
なぜなら、今回のシリーズで何度も説明したように、生産性の上昇とは付加価値の増加を意味するからである。(付加価値が増加しないような投資を企業はしないと考えればいい)
増加した付加価値を給与や商業利潤そして固定資本形成や配当の増加に追加配分することで、企業は生産性上昇の成果をスムーズに享受することができるようになるとともに、国民生活も豊かになっていった。
たとえば、これまで10万円のメーカー出荷価格の財の原価が3万円だったとする。
生産性の上昇で、その財の原価が2万7千円になった。生産している財の売れ行きはいいので、出荷価格は10万円のままに据え置き、増えた付加価値は従業員の給与アップの原資にした。
この変動によって、付加価値税(消費税)は、(10万円−3万円)×5%=3500円から(10万円−2万7千円)×5%=3650円に増加する。
(最終消費時点で負担する金額の多寡は、現行の消費税制度の場合、実質の付加価値税(消費税)納付額の多寡とは一致しない。最終消費者が負担する金額は、15万円なら7500円で13万円なら6500円であるが、国庫に収まるのは3500円と3650円と逆転し、経済社会に残る金額は逆に減少する)
国民経済の成長を支えている生産性上昇が進めば進むほど、税の負担額が増えるというのが付加価値税(消費税)である。
税の負担額が増えるということは、家計の可処分所得の減少であり、企業の粗利益の減少を意味する。それは、次なるフロー所得(GDP)の減少につながるものである。
この問題をわずかながらでも緩和できるとしたら、さらなる生産性の上昇と緩やかなインフレ、そして、インフレ率に見合う給与(可処分所得)の増加である。
付加価値税(消費税)は、生産性上昇・インフレ・可処分所得増加という経済条件を必死に実現して目減りする付加価値を補うことで、かろうじて維持できる課税方式なのである。
「デフレ不況」で付加価値税(消費税)を続けることは自国経済破壊行為であり、「デフレ不況」の真っ只中で付加価値税(消費税)の税率をアップするのは“悪魔の所業”である。
それは、デフレの特徴である名目GDPの減少とは付加価値の減少であることを考えればわかる。
付加価値税(消費税)の税率アップは、ただでさえ減少している付加価値をさらに減少させてしまう“暴挙”であり“経済破壊行為”である。
このような性格(論理)を有する付加価値税(消費税)の税率を「デフレ不況」のなかでアップしても、国民経済の成長を図ることができ、財政危機も救えると考える官僚・政治家・経済学者(財政学者)がいるのなら、それだけで完全な無能者と判断できるのだから、全員職を辞して欲しい。
■ 付加価値税(消費税)の“罠”はツケ回しの負担方式
付加価値税(消費税)が給料関連費・減価償却費・法人税・配当・内部留保・支払利息といったものに使われる粗利益(付加価値)に対する課税であるにもかかわらず、所得税や法人税の“二重課税”だと気がつかない愚か者がはびこっているわけを考えてみたい。
課税・徴税が一体で、付加価値を生み出した企業自らが自分の分を納付する制度であれば、付加価値税(消費税)がどれほど酷い税制であるかすぐにわかるはずである。
付加価値税(消費税)なのだから、そのような課税・徴税方式の採用も難しくない。
メーカーA社→商業B社→消費者Cという取引過程だとすれば、A社はA社の付加価値×5%を納税し、B社はB社の付加価値×5%を納税すれば済むことである。
そうであっても、付加価値税(消費税)の負担で減少する粗利益を補うために、販売価格を高くしようとするはずだ。
しかし、販売価格を高くすれば、付加価値が増加することになるから、納税すべき消費税も増加するというジレンマに陥る。
(「販売価格1万円−仕入価格7千円」の3千円が付加価値であり、その5%は150円である。粗利益が150円減少するのがいやだからと販売価格を10,150円に引き上げると、付加価値は3,150円に増える。それにより、消費税5%は157円になる。そう、増える消費税が切捨て可能な1円未満になるまで無限循環的な粗利益の減少が避けられない課税方式なのである)
粗利益の減少が避けられないというこのジレンマこそが、付加価値税(消費税)の根源的な“悪”である。
ところが実際は、A社の付加価値税額はB社にツケ回しされ、B社の付加価値税額は消費者にツケ回しされる。
これにより、A社もB社も、付加価値税(消費税)で粗利益が減少したという判断をしなくなる。
しかし、そのような判断は正当であったり、そのように都合がいいことが起きるものだろうか?
判断は誤りであり、“天の恵み”のような都合のいいことも起こらない。
付加価値税(消費税)のツケ回しを最終的に受ける消費者の多くは、国内で供給活動に従事して給与所得を受け取る人たちである。
(前述したように、公務員の給与所得は民間部門の所得税・消費税・法人税などを原資にしているから、付加価値税(消費税)を負担しているとしても、受け取る俸給以内の負担であれば、経済論理的には“自己負担”ではない)
所得税改定や俸給水準の上昇で公務員の実質可処分所得が変わらないか消費税負担分ほど悪化しないのなら、国内で供給活動に従事して給与所得を得る人たちが、付加価値税(消費税)の多くを負担していることになる。
さらに言えば、勤労者家計が負担する付加価値税(消費税)は、給料関連費のみならず企業の営業利益をも含むものである。
なぜなら、企業の消費行動に伴う付加価値税(消費税)負担分は、企業が納付する付加価値税(消費税)から控除され、企業は納付すべき付加価値税(消費税)は販売先にツケ回しているから実質的な負担がないからである。
(政府部門の消費や資本形成への支出はもともと税金が原資であるから負担はなく、不足すれば増税や後の増税につながる国債(借り入れ)で補われることになる)
付加価値税(消費税)が「給与関連費+営業利益」に課税されるものという内実は、徴税方式で打ち消すことができないどころか、給与所得の“追加課税”のみならず企業の営業利益に対する“追加課税”分までもが最終消費者=家計から徴税されることで過大に達成されているのである。
どのみち“賃金奴隷”なのだから、このような暴挙に怒りの声を上げない状況は良しとしよう。
しかし、「給与関連費+営業利益」に課税される付加価値税(消費税)を家計が負担しているということは、家計の可処分所得がその分減少するということである。
総企業(総資本)は、自覚していないとしても、経営者を含む従業員に給与を支払うことで売上を確保し、さらに多く給与を支払うことで売上を増加させている。
そして、売上の増加が粗利益の増加につながるのは生産性上昇の成果である。
家計が付加価値税(消費税)を負担することで、企業が粗利益を得る条件である売上が減少することになる。
粗利益が減少すれば、利益ができないとしても企業が存続するためだけでも、抱え込んでいた余剰人員を解雇したり、給料関連費を切り下げようとする。
その結果は家計の可処分所得のさらなる減少である。それは、企業の売上と粗利益がさらに減少することを意味する。
このような論理が、ただでさえ「デフレ不況」であった98年に消費税が2%アップされたことで、日本経済がデフレ・スパイラルに陥った理由である。(98年に名目GDPは1.6%減少している)
付加価値税(消費税)のツケ回しを行っていることで、いったん逃れたかに思える粗利益=付加価値の減少に、結局は捕まってドツボにはまっているのである。
付加価値税(消費税)は、「経済的弱者いじめ」であることは確かだがそれで済む“軽い”ものではなく、国民経済そのものを瓦解させる“悪魔の税制”である。
日本経済がデフレ・スパイラルに入っていることでわかりやすく現象しているだけで、欧州諸国のように緩やかなインフレであっても“悪魔の税制”であることに変わりはない。
(付加価値税を導入していない米国支配層は賢明である)
付加価値税(消費税)の導入と同時に行われた税制変更は、高額所得者の減税や法人税の減税である。
付加価値税(消費税)を原資にして、高額所得者や利益を上げている企業の税負担を軽減しようとしたわけである。
その結果起きたことは、高額所得者の一部がそこから脱落する事態であり、法人税を支払える企業の減少なのである。(輸出が増加することで企業が赤字から脱し、輸出が減少することで企業が赤字になるという変動になっている)
断言するが、付加価値税(消費税)の税率をアップしていけば、高額所得者の減税や法人税の減税の“恩恵”を享受できる絶対数は徐々に減少していく。
付加価値税(消費税)の税率をアップしていけば、中低所得者の生活はさらに困窮していくのだから、それは、日本全体が、経済活力を衰退させ、生活が困窮することを意味する。
日本は、経済活動の“ロシアンルーレット”で生き残った高額所得者や企業だけが我が世を謳歌できる国家社会になっていくことになる。
(デフレは、彼らにとって、保有通貨の実質価値を増加してくれる“恩恵”である。明日も生き残れるかどうかは別として...)
付加価値税(消費税)の税率アップは、日本全体の“緩慢な自殺行為”なのである。
消費税を間接税と称し「広く薄く負担する公平な税制」といった説明もされるが、頭が腐っているとしか言いようがない。
みなが可処分所得すべてを消費に使うのなら、その論も成り立つ。しかし、消費性向は平均的に所得額の増加につれて低下する。
消費しなくとも、貯蓄に回ってそれが貸し出しに使われるのなら固定資本形成に従事する人たちを通じて消費されるから問題はない。
しかし、「デフレ不況」では貸し出し残高が減少していることからわかるようにそれは期待できない。また、デフレ不況から脱却したとしても、輸出増加があまり期待できない世界経済では設備投資はそれほど増加しない。
株式市場で既発株式をいくら買おうと、それは、経済論理としての投資ではなく、株式保有者と通貨保有者の交換行為でしかない。(このような取引に関わる課税は減少している)
付加価値税(消費税)の税率アップで財政難をなんとかしようというのは、“貧乏人の相互扶助”の強化であることはともかく、財政の基礎である日本経済の活動力を徐々に破壊することを通じて財政基盤を崩していく倒錯の極みの愚挙なのである。
小泉首相は、自殺増加に関するコメントで不況に対する“特効薬”はなかなか見つからないとエクスキューズを言っているが、消費税率のアップは、さらに日本経済を破壊する“毒薬”なのである。
消費税は、所得税の累進課税性強化の見直しと同時に、かつてのものより適用範囲を広げた物品税に転換するのが望ましい。
(物品税は、最終消費者が負担することに変わりはないが、前述のように生産性上昇をスムーズに享受できる税制である)
■ 消費税還付など付加価値税(消費税)の諸問題
● 消費税の内税方式化の意味
今年4月から消費税は、本体価格との総額表示に移行した。
この変更自体は、消費税の“企業自己負担”に少しは近づくものとして評価している。
中小小売業は価格競争で厳しい状況になるだろうが、ネット98円+消費税5円がグロスで98円になっていくと予測している。(そのような動きは実際にも見られる)
それで目減りする粗利益は、商社やメーカーに対する仕入価格下落要求に向かう部分もあるだろう。
日本では消費者が値引き交渉をすることがあまりないから、内税化されることで家計の消費税負担額が少しは軽減されると思っている。(本体価格を値引きさせれば、消費税もそれにつれ減少するから、ダブルで安くなる)
しかし、財務省が消費税の内税方式化を打ち出したのは、将来の消費税率アップに備えることが目的である。
消費税が10%になり、外税であれば、ネット98円+消費税10円になる可能性が高い。ある商品に付けられている98000円の価格表示を見て、頭の中で10%の消費税を加算して購買行動を断念する人が増えるはずだ。
財務省は、“企業努力”で、ネット98000円の商品は消費税込みで98000円にして欲しいと思っているはずだ。
その“企業努力”がどこかにしわ寄せがいくかたちでなく実現される条件は、生産性上昇(輸入物価下落)と生産性上昇がスムーズに成果となるための緩やかなインフレ(もしくは輸出増加)である。
現在の日本経済のようにそのような条件がなければ、取引関係で“弱い立場”にある企業や消費者にしわ寄せされることになる。同じ財を扱うある企業は消費税がアップされても付加価値が減少しないのに、別の企業は付加価値を大きく減少させるという歪みが生じる。
財務省は、内税化に続いて、インボイス方式を採用すると思われる。
売上=仕入伝票に消費税額を明記し、消費税納付義務者の消費税の控除額は、その金額合計に基づくようにするものである。
前述したように、現行の「どんぶり算定方式」では、最終消費者が負担する消費税が全額国庫に入る保証はない。
消費税を負担していない仕入も消費税を負担したとみなし、当該企業の納付消費税額から控除されるからである。
仕入で消費税を負担していないのに、それを控除すれば、それだけ粗利益が増えることになる。
インボイス方式であっても付加価値税(消費税)の本質は変わらないから、インボイス方式が採用される前に物品税の適用範囲拡大に移行して欲しいと思っている。
● 輸出免税と消費税還付問題
付加価値税(消費税)の本質は自国経済を徐々に衰退させる“悪魔の税制”だが、それのような税による増収を日本経団連が嬉々として主張するわけは、輸出比率が高い企業が、国内でどれだけ売上をあげていようとも、消費税を納付しないどころか、逆に還付金を受け取るというとんでもない仕組みになっているからである。
これは、付加価値税である消費税を物品税であるかのようにデタラメに解釈した“国家的詐欺”である。
この問題は、『【財政問題】消費税の“二重負担”問題:国産自動車購入で負担する消費税は国庫ではなくメーカーの懐へと消えていく!』( http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/826.html )を参照していただきたい。
消費税を廃止したり消費税税率アップを止める最良の策は、「輸出免税」を「輸出非課税」に変更することである。
これにより、3兆5千億円もの国内売上がありながら、逆に1300億円もの消費税還付金を受け取っているトヨタ自動車は、1000億円程度の消費税を納付することになるはずだ。
そうなれば、さらに消費税の負担が増えることにつながる消費税税率アップ政策に対する奥田日本経団連会長の発言は確実に変わる。
● 受け取り利息に課税されない問題
銀行は、振り込みやその他の手数料に消費税が課税されているだけで、受け取り利息には消費税が課税されていない。
もっとわかりやすく言えば、銀行員の給与関連費は、公務員の給与関連費と同じで、一般企業の給与関連費のように付加価値税(消費税)の対象にはなっていない。
もちろん、銀行員は、可処分所得から消費に回す金額に応じて消費税を負担することで、一般企業に勤めている家計の消費税負担を薄める役割は果たしている。
しかし、支払利息の原資である付加価値に課税されている消費税額ほどは消費税を負担していないはずである。
(銀行が受け取っている貸し出し利息は9兆円だから、銀行員全体が4500億円を負担してとんとんになる。さらに言えば、国債など債券から得る利息分も負担しなければバランスがとれない)
銀行員も必死に働いているのだろうが、財やサービスを供給する勤労者が、銀行が受け取っている利息の原資に課税している消費税まで負担するのは理に適わないことである。
東京都や大阪府が銀行税の導入を模索したが、このような現実に照らせば、銀行に追加的課税を行うのは理に適っているとも言える。