現在地 HOME > 掲示板 > Ψ空耳の丘Ψ35 > 669.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
「野に放たれた手負いの虎・菅直人」は、「議員年金優遇」に切り込むことで、「年金選挙→自・公過半数割れ」へと追い込め 04・5・14
「年金政局」とも「未納ドミノ」とも言われてますが、今夏の最大のイベント(=参院選)を目前に、「永田町=国怪」がいよいよ面白くなってきました。
官房長官・福田康夫の辞任をきっかけに、“未納ブーメラン”は「江角マキコ」と「小泉内閣閣僚未納3兄弟」と突っ込んでいた民主党代表・菅直人にも突き刺さり、代表辞任へと追い込まれたことで、「これで菅直人の政治生命も終わったか」と思っていた矢先に、ぬあんと、この12日にはマルハム(=公明党)も、代表・神崎武法、幹事長・冬柴鉄三、政調会長・北側一雄の党3役をはじめとする国怪議員13人もの国民年金の未納が発覚しました。
特にマルハムの場合は、年金法案が11日の午後に衆院本会議で通過した後に、この未納の事実を公表したことで、「チョー汚ねえー、後出しジャンケン」であることはもとより、とりわけ神崎は4月30日の会見では「私は保険料を完済している」といけしゃあしゃあと言っていた一方で、菅直人に対しては「他党や他人のことを言う前に自らが襟を正すことがなければならない」とまで言っていたのです(笑)(#これが、「クリーンな政党」とはよく言ったもんやで)。
そこで、菅直人は「代表」の座を放り投げて、それなりの「ケジメ」というか、「政治的、道義的責任」は取ったわけですから、今度は菅直人が神崎武法、そして、自・公の政権中枢(=小泉純一郎、池田大作)へと切り込む局面になりました。
この原稿を書いている時点(5月14日)では、民主党の新代表は小沢一郎にほぼ確定していますが、執行部人事や新代表の任期についてはまだ流動的である一方(#小沢も「2年4カ月の代表の任期」を要求するなんて、超ゴーマンやな。だったら、夏の参院選に勝ってからそれを言え)、マルハムの神崎の処遇については、「党(=池田大センセイ)の名誉を傷つけた」として、とりあえずは、12日付けで「けん責」という“微罪処分”にしています。んで、公明党の人事権者(=大センセイ)は、民主党の執行部人事と、世論の動向も睨みつつ、最終的に神崎のクビを飛ばすかどうか、じっと注視しています。
いま、ヒートアップしまくっているこの年金問題については、「政策的側面」と「政局(=権力闘争)的側面」がありますが、とりあえずは、まず、後者の「政局的側面」に絞って話を進めます。
今回の「年金政局」の引き金を引いたのは、週刊文春のスクープによって、官房長官・福田康夫の「国民年金8年間未納」が明るみになったことを受け、即、辞任を表明したことに始まります(5月7日)。
んで、文春のライバル誌である週刊新潮の最新号(5月20日号)が、この「福田追い落としの張本人」が、実は小泉の秘書官・飯島勲だったことを明かし、「飯島は官邸を牛耳る福田を面白く思わず、虎視眈々と福田のクビをはねることを狙っていた」との分析が出ていますが、私はこの記事を読んだとき、この「福田辞任」の黒幕は、「ウラの総理大臣」(=池田大センセイ)であるとピピーッと直観しました。
これから先は私がこれまで大センセイをウォッチングしてきた情報の蓄積に加えて、最近、冴えまくっている動物的なカンを加味したうえでの推測ですが、「内閣官房長官」という「政権中枢」であり、いわば小泉内閣のスポークスマンである福田のクビを差し出すという、何とも鮮やかな芸当(=政局遂行能力)ができるのは、池田大作しかいない。
確かに、飯島勲もヤリ手とは言われているが、所詮、小泉の“使い走り”です。いくら、福田が「官邸にヒットラー」と化していようと、同じ派閥の「小泉・福田」の関係(とりわけ、小泉は福田タケオの書生までやっている)から、そこまで飯島独自の決断で「福田解任」のシナリオを描けるとは思えない。
だとするなら、飯島にこの“汚れ役”をアウトソーシングさせた「黒幕」がいることになります(笑)。
んで、ではその「黒幕」である、「ウラの総理大臣」はなぜ、「福田康夫のクビ」を要求したかということですが、これによって、「未納ブーメラン」が菅直人に向けられ第一義的には菅を代表の座から追い落とす目的があったというのは、まあ、小学生でもわかります。
で、菅を代表から追い落とす「果実」に加えて、なぜ、大センセイは福田康夫を官邸から放逐する必要があったのでしょうか?
それは、第一に、既に触れたように、小泉を完全にコントロールするためには「官邸のヒットラー化」した福田が邪魔だったということです。
つまり、大センセイの思いどおりに小泉を操ろうと思っても、「福田康夫」というクッションがあることで、自らの意向がうまく小泉のところに届かない。んであれば、「目の上のタンコブ」である福田を追い落とすことで、今後、さらに小泉をコントロールしやすくしたいという思惑があったのだと思います。
それともう一つは、福田康夫が福田タケオ(漢字が変換で出てこないので、カタカナで失礼させて頂きます)のセガレであることです。
これは編集委員クラスのベテラン政治部記者でないとなかなかわかりませんが、かつての自民党は、「公明党・創価学会=池田大作」に対して、役割分担がはっきりとしていました。
つまり、大センセイにムチを奮って、ビッシビシ叩きつける役回りを「福田派」が、それに対して、「泣き」を入れてきた大センセイの頭をなでる(=アメを与える)役回りを「田中派」が担当していたのです。
つまり、タカ派人脈の巣窟である福田派は、もともと池田大センセイを専ら「イジメて」きた勢力の親玉が福田タケオで、福田康夫はそのセガレです。その「怨念」が、今回の「福田辞任劇」の根底にあると思います。
大センセイをよく知る元側近は、こう言っています。
「池田の恨み、怨念ったら、それはすごいですよ。いつまで経っても絶対に忘れない。
もっとも、そういうキャラクターであるからこそ、独裁者として君臨しているとも言えますが(笑)。だから、池田は福田のオヤジにやられたことを今でも絶対に忘れていない。要は、30年前の恨みを息子に対して晴らしたということですよ」
いやはや何とも日本的というのか、まさに「演歌」ならぬ、「恨歌」という「大センセイワールド」ですが(笑)、このへんが池田大作の行動を理解するうえでの、重要なファクターになっているのです。
「生きた三国志」を身を持って実践しておられる池田大センセイ的には、今度の「年金政局」ならぬ、「大作政局」は、にっくき福田のセガレである「内閣官房長官」を引きずり下ろしたうえで、その矛先を民主党代表の菅直人に向けたわけですが、では、ここから本題に入っていきますが、なぜ、大センセイは菅直人のクビを飛ばす必要があったのでしょうか。
というのは昨年の総選挙を経て、今年の党大会を機に、代表だった菅直人が「真の政権交代のためには、『公明党・創価学会=池田大作』批判が不可欠」として、かなりはっきりとしたトーンで信濃町批判に踏み出しました。
そして、この2月下旬には参院選に向け、代表直轄の「反学会・公明戦略」のプロジェクトチームを立ち上げ(産経新聞3月12日付けのスクープによる)、さまざまな学会、池田大センセイに関わる問題を追及していくことになり、この流れの中で、例えば民主党の樽井良和議員が3月16日に開かれた衆院総務委員会で、ヤフーBBの個人情報大量漏洩事件で逮捕された竹岡誠治、湯浅輝昭の2人が現役の創価学会幹部であったことを追及しています(そこで、樽井議員の「入手した個人情報は選挙目的に使うためではなかったのか」などの質問項目を、ぬあんと、ぬあんと公明党議員の圧力により議事録から“抹殺”されてしまっています)。
実はここで初めて明かしますが、この菅直人の「代表直轄プロジェクトチーム結成」を提言したのは「私」で、『フォーラム21』の今年2月15日号(同日刊行)で、私は次のように書いています。
<ただ、そこで一言付け加えさせてもうとすれば、こうした「政教一致批判」とは、党首が国会の代表質問でちょっと触れただけで集票力が倍増するような、“打ち出の小槌”ではない。むしろ、それはボクシングにおける、みぞおちやレバーに放っていくボディーブローである。それゆえ、相手のダウンを奪うためには、手を変え品を変え、執拗なパンチを矢継ぎ早に打ち込んでいくことが必要である。
それには、まず代表(もしくは党執行部)直属のプロジェクトチームを作ることである。
先の総選挙では、民主党は大量の議席増を果たしているわけだから、そういった中からイキのいい若手・中堅を選抜したらよい。そこでこうした「公明党あ=創価学会・池田大作」の抱える問題を徹底的に勉強したうえで、予算委などの国会審議の場で、最終的には池田大作の証人喚問も視野に入れながら、集中的に質問を浴びせていくことである。>
(なお、「フォーラム21」は直接販売方式の定期講読制の雑誌(月2回、1冊250円)ですので、問い合わせは同社販売部(03−5206−6440)へ)
おそらく、菅直人はこれを読んで、すぐさまプロジェクトチームの結成に動いたのでしょうが(それは時期的にまったく符合する)、実はこうした動きをきっかけに、最近は、これまでは専ら『週刊新潮』にとどまっていた「信濃町批判」が、他の雑誌にも飛び火し、例えば、4月5日発売の『月刊現代』(5月号)が、民主党の平野貞夫参院議員が「公明党『汚れた裏面史」と題する爆弾手記の連載を始める一方、この他にも写真週刊誌フラッシュが公明党の特集を組んだり、岩波の『世界』最新号(6月号)も「公明党・創価学会」を特集で批判的に取り上げ、さらには文春の最新号でも、「池田大作は本当に世界のVIPに会っているのか」という、なかなかオモロイ記事を掲載するなど、「信濃町批判」のムードが再び出てきた矢先だったからです。
こうした動きに大センセイも当然のごとく神経過敏なほどに反応し、とりわけ、産経新聞のスクープによって、「特命プロジェクトチーム」の発足が明るみになった3月中旬以降は、聖教新聞の例の中傷座談会では、民主党及び菅直人に対して、執拗に中傷、人格攻撃を行っていました。
ですから、今回の「菅直人追い落とし」が、池田大作の意図によるものであることは明々白々ですが(菅直人を失脚させることによって、民主党内部の信濃町批判を封じ込める)、しかし、こういう結果になった一因に、私の責任もあります。なぜなら、今回の「大作政局(=菅政局)」の本質には、菅直人を媒介とした、池田大作と私の“権力闘争”の側面があるからです(#まあ、ワシはヒマ潰しに遊んどるだけやけどな)。
そこで、菅直人の年金未納問題が発覚したのが4月28日で、それをきっかけに菅は例の「年金一元化を論議する」という「3党合意」を飲まされ、「辞めろコール」が盛り上がってくるくる中、GW中に欧州に出かけるのですが、じつは、その最中に私は菅直人のところに拙著『デジタル・ヘル』を、手紙(=極秘書簡)と一緒に送りました。
去年秋の衆院新潟5区の白川勝彦・田中真紀子公認調整問題で、何ら動かなかったことに(もっとも菅直人は優柔不断、小沢一郎は確信犯によるものでしたが)はらわたが煮えくり返っていたことは、既に本サイトの読者の方はご承知でしょうが、年明け以降の菅直人の「有言実行」の行動を見ることで、私はそれを帳消しにし(#ワシは大センセイと違って、根に持たんからな)、ここは「菅直人救済」に動くことにしました。
要するに今回の「国民年金保険料アップ」による負担増の背景には、何よりまず、あと、2、3年で年金受給資格を得る大量の「団塊世代」に対する“ご機嫌取り”があるわけでしょう。そいつらが、「老後」を迎えるにあたり、不安でしょうがない。
それを何とかするために、年金問題の「5年に1度」の見直しに合わせて、たまたま、厚生労働大臣の坂口力をマルハムから出していたこともあって、マルハムは去年秋の衆院選では、例の「100年先の安心」というキャッチコピーでもって「政治争点化」し、「集票効果」を高めることで、現在に至っているわけです。
しかし、正直言って、私個人の問題としても、この「年金問題」はほとんど関心がありませんでした。というのは、団塊の連中と違って、私ら30代が年金を貰えるのはまだ20年以上先であり、何とも「わが身の実感」として捉えることができない。
それが、大きな転換点となったのは、例の江角マキコの一件からです。
江角マキコは20代、30代であれば、あの人気を博したフジテレビ系ドラマの「ショムニ」で主人公OLを演じているように、「トレンディー女優」として、20代、30代はほとんどみんな知ってる。
んで、「あんたも国民年金払え」と厚生労働省のCMやポスターで言ってた張本人が実は払ってなかったということで、「えっ、それっていったいどういうことなの?」と、ようやく、私も含めて「わが身の問題」として、実感することができるようになったのです。その最中に炸裂したのが、一連の国怪議員の国民年金未納問題です。
ここで年金の「政策的側面」を取り上げるのなら、では、なぜ、若い世代が国民年金を払わないのか。
それは年金に対する「信用」が崩壊しているからでしょう。
本当に25年も払い続けて、ちゃんと60歳になったときに年金を貰えるのか?
そして、「年金破綻」ということが言われ、ジャーナリストの岩瀬達哉氏が『年金大崩壊』という大著で、それが「年金官僚によって、いかに年金が食い物にされ、それが破綻へと導かれたか」が明らかにされていますが、寡聞にして、そうした年金官僚が国怪に証人喚問や参考人招致され、徹底的にそのウミを追及しようとする動きが、共産党を含めて与野党にほとんどまったくないというのは、いったいどういうことなのか?
んで、私は恥ずかしながら、最近、初めて知ったのですが、日本の年金制度とは「積立制度」ではなく、あくまで、高齢者の年金を現役世代が保険料で負担するシステムなのだそうです。
だとすれば、そんなに年金財政が逼迫しているのであれば、国民年金料を上げる前に、「出」である、いまのじいさん、ばあさんに対する年金支給額をカットしないのでしょうか? 「こういうご時世ですので、支給を減らして頂きます」。それがスジというものではないでしょうか(#まあ、そういうジイサン、バアサンは若い世代と違って、ちゃんとセンキョに行くからな)。
そうした不満、不信がベースにあるうえで、例の「議員年金」という“特権”です。
これは民主党の河村たかしが最近の週刊実話で述べていましたが、つまり、国民年金は25年以上払わないとスズメの涙ほどの額しか貰えませんが、議員年金はたった10年でものすごい額の年金が貰える。
本来、「保険料アップ」という形で、主権者たる国民に負担をお願いするのであれば、まず、その「パブリック・サーバント」である国怪議員がエリを正すのが当然でしょう。そうした矛盾や不満が、いままさに一挙にマグマのように国民の間から噴出しようとしているのです。
そこで、私がこの5月1日付けで菅直人に出した書簡の一部をここに公開します。
<じつは先日、沖縄のある離島の食堂で、昼飯にゴーヤチャンプルーを食べていたらちょうどテレビのワイドショーが「未納3兄弟」を映し出していて、それを見ていた現地の人(沖縄は全国でも国民年金の納付率が低いそうですね)が、「議員はいいよな。だって、議員年金は10年払えば、貰えるだろ。だって国民年金は最低25年じゃん。自分たちだけ高い年金を貰えて、んで、国民年金も払っていないなんて、とんでもねーよなー。これじゃあ、アホらしくて国民年金なんか払えんよなあー」
私は常々、「危機」とは、「クライシス&チャンス」だと思っています。
社民党(=土井たか子)が辻元問題で取った失敗は、あの秘書給与問題を「辻元清美とごく一部の人間の問題」に矮小化し、フェードアウトしていったことです。もし、あそこで土井たか子が自分の「非」も認めて、これを「政界全体の問題」に切り返し、波及させていったら、去年の総選挙であんなブザマな敗北にはならなかったはずです。ですから、菅さん、ここは中途半端に「保身」に走ったらダメですよ。イチかバチかで自らの身さえ、「マナ板のコイ」として全部、さらけ出して、「議員年金特権の廃止」というタブーに切り込んでいくことで、この問題を切り返していくことです。場合によっては「代表」というポストを投げ捨てる覚悟で、自分も“血”を流すとともに、それ以上に相手に流血させることです。菅さん自身も自らの未納問題について、事前にわからなかったとはいえ、「結果責任」はあるわけですから、それを全部、引き受けることです。>
これは、「菅辞めろコール」が盛り上がっていく時点で書いたもので、その後、菅直人は代表を辞任したので、まあ、「自らの血」も流したことになります。
そこで菅直人がいま、必要なのは、この「未納政局(=大作・菅政局)」から、一挙に「年金選挙」へとなだれ込み、自らが先頭に立って、こうした主権者の不満、不信に応える形で、「議員年金特権の削減」「年金破綻原因の徹底追及」の一点突破に向かって突っ込むことです(#もちろん、神崎のクビを飛ばすのは当然やで)。
場合によっては、どこかに週刊誌に「江角マキコVS菅直人対談」を持ち込んでもいいでしょう(笑)。
「いやー、江角さん、どうも申し訳ありませんでした。実は私たち、血のつながった兄弟姉妹だったんですね〜」とイッパツ、ギャクをかましてから、「あなたがた民間人は、それでもまだ未納ということは許せる。しかし、私たち立法府にいる国怪議員たる“大公人”の身分である人間の責任は、比較にならないほど重い。うっかりだったとはいえ、私も現職の厚生大臣として、『結果責任』は当然、あります。恥ずかしながら、私も「代表」という職を辞して、そうして負担を国民に強いることの“痛み”がようやくわかりました。何よりもまず、私たちが襟を正さなければなりません」とアタマを下げれば、特に若い世代が「おーっ、やっぱ菅直人は違うな。これはセンキョに行って民主党に投票しようか」という気分になってきます。
そうやって、頭を下げたうえで、「私は責任を取って代表を辞めたのに、『100年先の安心』ということまで言って、さらに未納である私を攻撃した某与党の党首は、いまだにそのポストにしがみついています。まあ、誰が人事権を持っているのかよくわかりませんが、非常に見苦しいですよね」とイヤミたっぷりにこき下ろせば、週刊誌(特に週刊新潮あたり)が喜んで書き飛ばして、いやがおうでも夏祭(=参院選)が盛り上がっていきます。
小泉に比べて、確かに菅直人はこれまでツイていなかったのは確かです。
しかし、そんな「ビギナーズ・ラック」などいつまで続くわけがない。
ようやくここに来て、「丸投げ小泉」の正体も、相当、国民の間に浸透してきましたし、何より「年金」「税金」という、国民のフトコロが痛む問題は、かつての売上税で一挙に「お灸をすえる」ため、当時の社会党に批判票が流れたように、もう「後のない」菅直人が、ここで再浮上するためには、「野に放たれた手負いの虎」として一気に突っ込むしかない。
逆に、「前代表」という“一兵卒”に戻ったぶん、「党の意向」だとか、「党の見解」に縛られることなく、自由自在に自分の意見が言えるメリットもあります。この際、あの「3党合意」も、「あれは池田大作に脅されて、無理やり押しつけられた」と(笑)全部、リセットしても全然、構わない(それで、うるさくマルハムが文句を言ってきたら、「98年夏の参院選直後の参院での首班指名では私に投票したくせに、よく、自・自・公路線で、あんたらはあれだけ見事に寝返って、一連の悪法に賛成したものだ。特に盗聴法反対の論陣を張っていた浜四津敏子!」と切り返してやればよい)。
今はメンツにこだわってる場合ではない。ケダモノが最も凶暴になるのは、「手負い」すなわち、自らに傷を負ったときである。
そして、ここで「菅直人がブレイクしたことで、参院選で投票率がアップし、自・公過半数割れに追い込み、民主党が圧勝した」ということになれば、9月の「代表選」へ向け、「菅待望論」も出てくる。
今回の「未納ドミノ」は、間違いなく、「大作政局=菅政局」です。
であるなら、ここは「売られたケンカ」は買って、「死地」に自らが突っ込むしかない。
そこで、まず、神崎武法のクビを飛ばし(神崎は冬柴と違って、池田大作の大寵愛を受けているため、それだけで値千金の意味はあるし、さらに選挙直前に「与党の党首辞任」となれば、当然、政局的にも民主に追い風がもっと強くなる)、マルハムの全国比例の得票数を最低でも100万票減らし、さらに叩くことで600万票台に落とすことによって、「参院自・公過半数割れ」になれば、小泉内閣も死に体同然です。場合によっては、参院選を機に、「小泉内閣総辞職」と、次いでに小泉純一郎のクビも取れば、ツキは一挙に菅直人に転がりこんでくる。
行け、菅直人!
http://furukawatoshiaki.at.infoseek.co.jp/article/2004/514.html
http://furukawatoshiaki.at.infoseek.co.jp/
出版社=第三書館、著者=古川利明、価格=1500円
【「いざ鎌倉」で「池田先生をお守りするため」検事になった神崎武法】
池田への絶対的な忠誠を誓った「法の番人」の最右翼であったのが、現・公明党代表の
神崎武法である。
神崎は東大法学部三年のときに司法試験に合格。池田大作からは「(学会に)検事は必要ねえだろ」と弁護士を勧められたのを振り切り、初志貫徹して検事となる。
検事となってからのちも、池田の主催する「天下取り」の講義にマメに顔を出し、池田から直接手ほどきを受けるなど、現在に至るまで池田の「秘蔵っ子」として、また、「イエスマン」として、最大級の〃寵愛〃を受けているといってもいい。
神崎は一九七〇年の創価学会による宮本顕治・共産党委員長への盗聴事件で、現職の検事であり
ながら、証拠隠滅のための会合の場に出席していたことを、のちに山崎正友に暴露されたため、
辞職に追い込まれるが、「もし、そのまま検察内部にいたら出世コースを歩み、検事総長になっ
ていたかもしれない人材だった」ことは、複数の学会関係者が一様に認めている。
_その神崎が、池田に対する絶対的な忠誠を誓った証として、司法修習生で学会の学生部副部長のポストにあった一九六七年、学生部がまとめた文集「グレートイーグル」に次のような一文を載せている。
『私も大学を卒業し、研修所で毎日記録を渡され、判決文、訴状、準備書面等で起案講評という
スケジュールを送っていると、はたして、自分の現在の勉強が……という疑いを生じたこともあった。
同時に、本部職員として、先生のもと、先輩のきびしい指導を受けている友人が羨ましくなる
こともある。
そういうときには、「本部から派遣になっている気持で戦っていきなさい。刀折れ、矢つきたら、いつでも私の所へきなさい」との池田先生の激励を思い浮かべて戦うのである。
常に池田先生のもと、本部職員として戦っているのだと決意、自覚をもって、仕事、学業、アル
バイトにぶつかっていくことこそ大事なのである。
池田先生は「どこの世界でも同じだが、とくに仏法の世界においては、〃いざ鎌倉〃というときに、はせ参じられる人が真の人材であり、信者のなかの大信者なのである。
〃いざ鎌倉〃というときには率先して学会を守り、学会を推進していくのだという幹部にならなければならない。
この心構えさえあれば、ふだんの行動に自然とにじみ出てくるものであるLと指摘されている。
われわれは、"いざ鎌倉〃の精神で戦うことを決意しようではないか。』
この文章を読むかぎり、神崎は市民のため、あるいは国家の正義を守るために検察官になったの
ではなくて、「いざ鎌倉」のときに「池田先生をお守りする」ために、司法権力を行使する職に
就いた、と受け取られても仕方がないだろう。
そして、学会員の検事は「自然友の会」や「天空会」といった名前のグループに加わり、任官後
も池田と一緒に会食し、直接、指導を受けるという特別待遇が保証されるのだという(このほか、弁護士は「カーネーションクラブ」、外務官僚は「大鳳合」といった名前のグループがあり、同様の特別待遇を受ける)。
【創価学会追及市議の怪死を「自殺」処理した検事も上司も学会員】
実際に神崎のような〃池田親衛隊〃の検事は、相当数に上っているものとみられる。
例えば、既に新聞や週刊誌等で報じられたものとして、一九九三年のゼネコン疑惑の捜査の際、
取り調べ中の参考人に暴力をふるってけがをさせたため、罷免、逮捕された金沢仁検事は創価大卒の学会員だったが、司法試験に合格した際、聖教新聞に紹介された体験談(一九八六年十一月三日付け一によれば、
彼は「最後の口述試験のときに、池田大作先生から、激励のため贈られた靴下をはいて試験場にのぞんだ。とても温かく、心強かった」と明かしている。
これだけでも、金沢元検事が神崎と同様、熱烈な〃池田教"信者であることがうかがえる。
また、「いざ鎌倉」という事態となった場合、"池田親衛隊〃の検事がうまいこと事件処理してくれたとしたなら、どんなにか素晴らしいことだろうか。ところが、そんなドンピシャリのケースとなったのが、一九九五年に起こった、東村山女性市議の万引き、および転落死事件である。
この事件の内容を簡単に説明すると、創価学会の政教一致や脱会者へのいやがらせなどの問題を
追及していた現職の東村山市議・朝木明代が、一九九五年六月十九日午後三時ごろ、同市の東村山駅東口駅前商店街にある洋品店「スティル」で、店頭に陳列されていたTシャツ一時価千九百円一を万引きしたとして、警視庁東村山署が窃盗容疑で七月十二日に東京地検八王子支部に書類送検したものである。
万引きに関して、朝木市議は「その時間にちゃんとしたアリバイがある」と、事実無根であるこ
とを主張していたが、それからニカ月あまりが経った九月一日午後十時すぎ、その万引き事件のあった現場からほど近い、東村山駅東口駅前にある「ロックケープ」ビルから朝木市議が転落、死亡したものである。
朝木市議の死については、死の直前まで本人がいた現場近くの事務所には、翌日の講演のレジュ
メを打ち込んだワープロが電源をっけっぱなしになっていたことなど、不自然な状況が重なっていたことから、事件直後からさまざまな憶測が流れていた。
少なくとも彼女の身内や近い人問は「自殺する理由などまったくなく、これは何らかの事件に巻き込まれた他殺」と主張している。
しかし、捜査当局は最初から「他殺ではなく、自殺の可能性が濃厚」との線を打ち出し、最終的
には「万引き事件を苦にした自殺」と断定したうえで、捜査を終結させている。
ところが、何と、この両方の事件を担当した東京地検八王子支部の検事と、さらにその上司の支部長検事が学会員だったということがのちに判明。「創価学会が司法介入したのではないか?」と取り沙汰されたものである。
【「池田大作との出会いを通じて司法界へ雄飛しようと決意」】
こうした一課事件(殺人、強盗など)の初動捜査は通常、警察が行い、具体的に検察が捜査にタ
ッチするのは、警察が被疑者の身柄を拘束し、検察庁に送検されてからである。
ただ、一連の捜査過程においては、事件が発生すると、ただちに検察庁の方でも担当の検事を決
め、現場にも担当検事が足を運んで検証に立ち会うなどしたうえで、詳細な報告を警察から求める。
そして、「公判維持」ということを念頭において、警察の捜査を指揮し、最終的に被疑者を起訴するかどうかを決定するのは検察庁である。つまり、事件捜査の最終的な指揮権限は(別にこの東村山の事件に限った話ではなくて一、警察官ではなく、検事が握っているのである。
当時、朝木市議の事件を担当した信田昌男検事は子供のころからの学会員で、一九七二年に創価
高校に入学後、七五年には創価大学に進み、八一年に司法試験に合格。二年間の司法修習を経て、八四年に検事に任官している。
そして、信田検事は司法試験合格の際、八一年十一月十六日付け『聖教新聞』の「創大志望の受験生諸君へ」と題するメッセージに、「社会正義をかけて実現できる職業にとの考えが、創立者(※池田大作のこと)との出会いを通して深まり、司法界へ雄飛しようと決意した」との一文を寄せている。
さらには、信田検事の夫人は、矢野絢也・元公明党委員長の公設秘書で、夫人の姉妹はいずれも
創価学会の本部職員となっている人たちである。
これだけでも、「捜査の公正さ」という観点から見た場合、健全な常識感覚を働かせば、朝木市議が万引き事件の前後から学会関係者とみられる人物から頻繁にいやがらせポ受けていたことを考え合わせても、担当検事にこのようなバリバリの学会員が配属されること自体が「?」であるが、さらにびっくり仰天なのが、このときの信田検事の上司である支部長検事が、将来的に「総体革命」をさらに推進していくために設けられ、秋谷栄之助が議長に就任している例の創価学会の「戦略会議」で、「参与」に名を連ねている吉村弘だったことである。
通常、検察庁での事件処理は、「担当検事↓次席検事↓検事正」の順で決裁が上がっていき、現場の捜査の指揮は基本的に次席検事が行う(人や事件の性質にもよるが、だいたい検事正は次席検事の報告を受けて、決裁のハンコを押すだけ)が、本庁ではなく、支部のような出先だと、次席検事を配置していないので、組織の最高責任者である支部長検事が直接、担当検事から報告を受け、事件の決裁にあたるわけである。
で、この朝木市議の事件を担当した東京地検八王子支部は、直接の捜査にあたる現場の担当検事
と、捜査を指揮し、決裁にあたる支部長検事の双方が学会員だったわけである。
百歩譲って、これがもし、担当検事か支部長検事のいずれか一方だけが学会員だったとしたら、
「たまたま偶然、学会員であるところの検事が事件処理にあたることになった」という言い訳をされたとしても、「ああ、そうなんですか」と聞き流すことができるかもしれない(本当はそれで聞き流してはいけないのであるが……)。
偶然ではなく、「身内」の学会員検事が選定指名されたところが、この朝木市議のケースでは、
検察庁の「現場」と「決裁官」という捜査のラインがすべて学会員で占められていたことに、
極めて不自然というか、ある種の異常さすら感じる。
こうした地検の支部の場合、担当検事を指名し、捜査の指揮にあたるのは支部長検事なのだから、この東村山市の女性市議の事件では、支部長検事だった吉村が、十数人いる現場の検事の中から敢えて信田を選んでいるのである。
通常、事件捜査を行う場合、被害者や被疑者などの関係者が身内にいる捜査員は、はずすのが原
則であり、事件処理の公正さを考えるなら、少なくとも他の非学会員の検事を充てるのがスジというものだろう。
確かに、この東村山市の女性市議の万引き、および転落死事件への東京地検八王子支部の捜査に、何らかの意図が込められていたかどうかはわからない(ちなみに、信田検事は週刊誌記者の取材に対し、「創価大学出身だからといって、捜査に影響することは絶対にない。朝木さんの事件にしても、自分としては厳正に捜査を行ったつもりだ」と弁明している)。
ただ、一般論として、「いざ鎌倉」という非常事態が起こった場合、もし、何よりもまず「池田先生をお守りする」という考えの"敬慶な"学会員である検事が、捜査にあたっていてくれたら、どのような方向に事件を処理してくれるであろうかは、
容易に想像できることである。そして、この東村山女性市議の事件についても、彼女が議会等で
学会批判を執櫛に繰り返していたことで学会側からマークされていたこと、さらには学会側の
謀略説が根強く曝かれていた点から考えても、筆者としては検察側の対応にいまもって疑念がぬぐい去れないのである。
朝木議員にまつわるハナシ
【東村山市のゴミ収集車の車体には創価学会の三色旗】
公明党(=創価学会)と清掃業者との癒着については、第二章でみたように九五年九月一日に不
可解な死を遂げた東京・東村山市の市民派市議、朝木明代が寒心に追及しており、
朝木が亡くなった直後の九五年九月議会で、同じ会派の「草の根市民クラブ」を構成していた
同僚の矢野穂積市議が彼女の姿勢を引き継ぐ形で、こう質問している。
〈端的に申し上げたいのでありますが、ごみ収集業務を市から委託されている清掃業者の中に、
収集車両の車体に創価学会の赤、黄色、赤の3色旗を張りつけて走っているものがあるようであります。
ここにも写真がありますが……一発言する者あり一はっきり写真も撮っておりまして、これ
は赤、黄、青に見えますね。
これが走っているようでありますが何か木内議員は関係があるんですか、静かにしてください。
ー「そんな見当違いじゃないの、そういうのは」と呼ぶ者ありー写真がありますよ、見せてあげますよ。
外野がうるさいようでありますが、所管の調べでは、萩山町の吉川興業の車であるそうであります。加えて、この際指摘しておく必要があるのは、92年3月議会の質問の中で、こういう質問がある。「3K職場で人員確保が」一つまりごみ収集はということですが一「人員確保が大変なので、委託料のうちの人件費を配慮すべきだ」というような業者の利益を主張した公明議員の方もいるようでありますので、マスコミでも創価学会との関係が公然と指摘されている公明議員が、よもや創価系業者の利益を云々したということではないと思いますが、
極めてこの点は重大であると言わざるを得ないのでお伺いする予定でありますが、あえて言うならば、朝木議員もこの問題を高知のシンポジウムで報告する予定であったのでありまして、この際、吉川興業の車に創価学会の3色旗が貼付されて、つまり張りつけられていたとされる点について、事実関係を明らかにしていただきたい。〉
〈それから、吉川興業が創価学会と無関係とか、旗が無関係とかという、ほとんど無知な人たち
もいらっしゃるようですから、では、吉川興業ということは認められたようですから、この車が。
お伺いしますが、吉川興業の社長は創価学会の、壮年部の支部長をやったことはないんですか。
知りませんか。あなた。
ー「関係ないでしょうよ」と呼ぶ者あり、その他発言する者多しー
「清掃利権」といえば、公明党矢野市議の質問の中でも触れられているように、朝木市議は東村山市における公明党・創価学会と清掃業者、さらには市当局との癒着を追及してきていて、この問題については、亡くなる翌日の九五年九月二日には高知市の自由民権記念館で開かれた、市民団体「ヤイロ島の会」主催のシンポジウムの場で報告するはずだった。
ちなみに、この朝木市議の転落死事件については、ドキュメンタリー映画監督の渡辺文樹が徹底
的な取材を敢行しており、その結果、創価学会が本当に事件に関与してい次かどうかについて、その〃真相〃をまとめた作品を上映すべく、準備を進めている。
既に渡辺は『ザザンボ』や『罵里雪雑言』などでも、警察がサジを投げた不自然な事件をカメラで追いかけ、果敢に犯人捜しをやってのけているが、今度の新作も同じ手法で朝木事件を追いかけている。
渡辺は筆者に対し、「この東村山の事件を突っ込んで追いかけていったら、殺されるよ。暴力団が絡んでいるから。
撮影中、自分は二度も警察に不当逮捕された。一度目は宮崎県警、二度目は北海道警。いずれも
不起訴処分だったけど、こういうふうに警察からの圧力もある。映画のタイトルはまだ決まっていないけど、『創価学会』は入るのかな」と、創価学会との関係をにおわせる意味深長なコメントをしている。
創価学会に関する質問事項は東村山市議会議事録から削除された朝木市議は「四人に一人が学会員」という創価学会の牙城・東村山市で、学会と清掃業者との癒着、さらには脱会者に対する人権侵害や政教分離の問題など、議会等で厳しく学会を批判した結果、さまざまなイヤガラセを受けていたのである。
こうした〃イジメ〃は市議会内部でもあり、朝木市議や同僚の矢野市議が市議会で学会問題を取り上げた際に、「創価学会」に関係してくる人物、事象に関する単語を使うと、後で議事録で削除されているのである。
例えば、九六年六月十三日に開かれた東村山市議会本会議での矢野市議の質問を議事録で見ると、次のような空白がある。
『次、通告番号2の言論妨害等の問題について伺います。本日は市外からも多数傍聴に見えてお
られるので、関係する諸君もどうぞふだんどおりのやり方でやっていただきたいと思うのでありますが、この際、議長には質問妨害のないよう、強く指摘しておきます。さらに「○○○○○○」という6文字が自治法132条に違反するなどという、あきれた解釈がまかり通っている点は強く抗議しておきます。
第一点、まず最初は、公民館の資料コーナーに関して発生した○○○○○○による言論妨害の問
題であります。去る5月H日「○○○○○○は市民新聞速報版99号が公民館資料コーナーで市民の「清掃利権」といえば、公明党閲覧に供されているのを取り上げて、公民館長に対し、市民新聞速報版99号は他人を誹講中傷す内容があるので置かせるべきでない、撤去すべきだという趣旨の請求を行っているのであります。
これは公民館市民資料コーナーの利用の決まりとして、他人を誹講中傷する文書は置くことはできない旨の『公明、木村議員、静かにしてください、発言妨害はやめてください。(清水雅美議長「お静かにお願いします」』定めがあることを奇貨として、極めて重大な政教一致の言論妨害を行ったといわざるを得ないのであります。
かって、創価学会は出版妨害を形の上では謝罪したことがあるにもかかわらず、○○○○○○が発言の自由を大前提とする、言論の府である議会に籍を置く議員でありながら、このよう宣言論妨害という挙に及んだというのは、よほど一般市民の目には触れられたくない、知られると極めて都合の悪い情報がこの市民新聞速報版99号には掲載されていたということになるわけであります。
恐らく、この「○○○○○○」に入る六文字は、現職の公明党東村山市議の名前だと思われるが、こうした議事録からの削除は、本質的には言論圧殺に等しい行為である。
例えば、これと似たようなことは国会審議の場でも起こっていて、一九八九年にリクルート事
件、消費税問題が起こった際に、このことを追及した野党議員の癸言が次のように削除されている
(《》内が削除された文章一。
「自民党によって《天下の悪法と化した》消費税の強行が目前に迫っている」
「(消費税は)《弱肉強食》、不公正、不公平」
「一リクルート問題は一世にもまれな《大規模贈収賄》事件」
「竹下総理、《今日消費税強行による大混乱と元次官を含む高級官僚逮捕まで目前という》リクルート疑獄における政治責任の大きさは、はかり知れない」
日本国憲法に保証された言論の自由は、この国がデモクラシーを作り上げていくうえでの生命線である。
国会ではもとより、東村山市議会でのこうしたやり方は、「強姦野郎」などといった品性下劣な単語ならいざ知らず、多様な意見を自由に言う権利を縛っていくファシズムの思想と根底ではつながっている。
朝木市議の長女で、九九年四月の同市議選でトップ当選を果たした朝木直子は、『週刊新潮』の九九年六月十七日号で次のようにコメントしている。
〈実は当選後、初めて議会に出てビックリしました。私が菱言しようと中ると、議長がアーとか
ウーとか言って、私の蚤言を議事録に載せないような行動を取るのです。母が市議の時もそうですが、〃創価学会〃という単語を使うと、後で彼らは議事録の削除を求めてくるんです。
だから、母の当時の質問を見ていると、伏せ字というかブランクだらけ。とにかく、ここは学会員にあらずんば人にあらずという雰囲気で、前近代的な村社会なんです。私は母の殺害の真相もきちんと究明していきたいと思っています。〉
このような背景のもとで、朝木明代市議は創価学会問題を追及し続けた結果、まことに持って不
可解な死に追い込まれた。朝木明代市議の転落死事件は、その直前に起こった彼女の万引き事件とリンクして、何とも釈然としない思いはもちろん筆者にもある。
(以上、シンジケートとしての創価学会=公明党191〜197)
http://www.mypostpet.to/sokagakkaikaisan/furukawa-toshiaki.htm
年金の悲劇 老後の安心はなぜ消えたか 岩瀬達哉著 講談社
http://www.asyura2.com/0403/hasan35/msg/131.html
「公明党・創価学会=池田大作」の思惑に沿った 文春出版差し止めの司法判断[古川利明氏/FORUM21]
http://www.asyura2.com/0403/bd35/msg/520.html