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現在18歳の息子が幼稚園に通っていた頃のことである。私はそこであるお母さんと知りあう。お父さんがドイツ人、お母さんが日本人の彼女は、東京でドイツ学校に通い、ドイツ人としての教育を受けた。彼女は関西弁の私より上手に日本語を話し、映画関係者のドイツ人と結婚していた。私たちは子供の送り迎えで知りあい、だんだん口をきくようになった。
ある日、子供が現われるのを待ちながら世間話をしていると、彼女は自分がミュンヘン在住の日本人といっしょに、日本レストランを経営しているとうちあけた。
私はこの美しい女性が毎日自分の店に現れて日本料理を食べている姿を想像して、うらやましくてしかたがなくなる。当時書籍販売業をしていたので、私も売り物はただで読めたが、扱うのは学術書が大半で退屈であった。ときどき仕事しながら彼女のことを思い、自分が人生の進路をまちがえてばかりいるような気がした。
とうとうある時、このせつない気持を、私は彼女に告白する。すると彼女は笑いだして、書籍を売るほうがどんなに気が楽でよいか、本は野菜や魚や肉と違って腐らないとか、いろいろ力説してくれた。
それ以来、彼女は私に対してレストラン経営をぼやくようになる。東京のドイツ人社会の中で育った彼女と、日本人の共同経営者並びに従業員の間はしっくりいかなかった。
なかでも板前さんは一番苦手の人物らしく、彼女は彼のことを話すと額にしわをよせた。一度彼女は、彼が高価なゴマ油つかっててんぷらを揚げることを嘆いた。普通の油でもてんぷらはおいしいし、その違いがわかるドイツ人のお客などミュンヘンの町にいない、と彼女は口をとがらした。そのうちに彼女はレストランのことを話題にしなくなり、数ヶ月後レストランを手離したと、厄介払いをしたかのように私に語った。
それから何年もたった頃である。私は仕事の関係でザルツブルクの町に数日間滞在する。その町に長く住む日本人から、日本人がやっていた日本レストランの経営がうまくいかず中国人の手に移り、この中国人経営の日本レストランがとても繁盛しているという話を聞く。その途端、てんぷらにゴマ油をつかうことに怒っていた女性のことが懐かしく思い出された。
日本の板前さんがゴマ油にこだわったのはなぜなのだろうか。また海外で日本レストランを開こうとする日本人には、その心のどこかで日本を代表している意識があったのではないのだろうか。幼稚園で私に愚痴をこぼした女性の批判も、当時私が理解した限り、その点にあった。
1975年、もう亡くなった俳優の三船敏郎が開店したのがミュンヘンで最初の日本レストランであった。このレストランは内装にこり、間取りも人件費が高くなるような構造になっていて満員になっても赤字になるといわれた。
当時、私は中華料理屋へ行くたびに、「世界のミフネ」のステータス・シンボルを思い出して、あらためて中国人の経営感覚に感心した。当時から、ドイツ人は、どんな料理を注文しても同じ味で、塩辛い味か甘酸っぱい味かの二つしかないといっていた。これは、下ごしらえをして厨房での作業の合理化をするためと見なすことができるし、また味の区別のできないドイツ人に合わせたからと解釈できる。
料理の味付けも、おそらく商売も政治もすべてコミュニケーションで、相手の理解できる言語で表現するしかない。そうしないのはひとりよがりの「思い入れ」に過ぎない。
ドイツで人口二万人を超える町には中華料理屋があるといわれ、乱立気味である。中国人が日本料理をはじめたのもこのためで、私が10年近く前にザルツブルクで聞いたことは、現在多くのドイツの町で日常風景である。ミュンヘンに20軒以上の日本レストランがあり、そのうち日本人が経営するのは半分以下で、本当にたくさんの中国人やその他のアジア人がはたらいている。この光景を見て私は「大東亜共栄圏」というコトバを思い出して胸がゾクゾクするほどうれしくなる。
昔日本レストランをひらこうと思った日本人が、もうかりそうもないからといって、中華料理屋に転身はしなかった。そういう発想が私たちになかったのは、自国を代表するという意識あったからで、中国人にはこの意識がはじめから少ないのかもしれない。だからこそ、彼らは日本料理の国際化にこれほど貢献してくれた。私たちは、中国人にナワバリを荒らされたことを怒るべきではない。ドイツでもこの数年来、スシのブームであるが、これも日本人の板前さんだけなら実現しなかった。またコピーがないとオリジナルも存在できないことを考えるべきである。
外国のものを必要に応じて改造するのは日本人の強みでもある。私たちも「日本的中華料理」で商売すればよい。昔、私はケニヤ生まれのインド人の女性と親しくしていたが、彼女は私がつくる日本のカレーライスを絶賛した。もちろんこれは、彼女が料理がきらいだっただけかもしれないが、、、、、、
http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_tan/20040309.html