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昨年11月29日昼ごろ、イラクのティクリート南方約30kmの高速道路上で、日本人外交官の乗った軽防弾型四輪駆動車が襲撃され、CPA(米英暫定占領当局)に派遣されていた奥克彦・在英大使館参事官(45)と井ノ上正盛・在イラク大使館3等書記官(30)、それに運転手が殺害された。
あの痛ましい事件は多くの日本人の脳裏に焼き付いている。あれほど熱心に、あれほど優しく、イラク人の心になって飛び回っていた外交官が、なぜ、襲撃され非業の最後を遂げたのか。とても忘れることはできない。
進まない政府の真相解明
あれから3カ月近い月日が流れた。にもかかわらず、日本政府の事件解明は遅々として進まない。捜査はイラク人任せ。銃弾の分析も終わっていない。証拠品の襲われた車はいまだにイラクにある。いったい何をしているのだろうか。何か隠さなければならない特別な事情でもあるのだろうか。
はじめから謎の多い事件であった。
これまでの外務省の発表によると、2人の日本人外交官はこの日、ティクリートで開催予定の復興会議に出席するため午前10時頃、バグダッドを出発した。その後、バグダッドの上村臨時大使と奥参事官が正午頃(外務省は12月の時点では11時といっていたが、1時間遅く訂正した)、電話連絡したことが確認されている。
午後6時40分、CPAからバグダッドの日本大使館に「ティクリート付近で日本人らしき2名と運転手が殺害された」との連絡があった。この時点では身元は確認されていなかったが、CPA、米軍が捜索の結果、深夜になってからパスポートが発見され、犠牲者が奥、井上両氏であることが確認された。両氏は会議には出席していない。事件発生は上村臨時大使と奥参事官が電話連絡を取った「正午頃」以降ということになるが、時間は特定されていない。
司法解剖の結果、奥参事官は左側頭部の銃創による頭蓋内損傷、井ノ上書記官は左上腕部の銃創による失血死が死因。銃弾の鑑定の結果、使用された銃は口径7・62mmで右回り4条の腔線を有する、といった点が明らかにされている。政府は、弾丸の痕跡が車の左側に集中していること、金銭などが奪われていないことからみて、「テロの公算が大きい」という見解をとっている。
こうした発表を聞いても、謎は深まるばかりだ。何点か挙げてみよう。
・米軍がこの事件を知った時間について、外務省は「午後3時45分に部族長から聞いた」としている。そして深夜になってからパスポートが発見され、身元が確認されたということになっているが、米軍が午後6時40分に在イラク日本大使館に連絡した時点で、どうして日本人とわかったのだろうか。
・そもそもCPAで一緒に仕事をしている日本人外交官が殺害されたのに、どうして深夜に至るまでわからなかったのだろうか、という逆の疑問もある。
・当初、米軍は「道路脇の売店で飲食物を買うために停車して車外で襲われた」と発表したが、この情報は後日(12月5日)訂正された。
・米軍は襲撃された車を押収して日本へ返還しようとせず、12月3日になって、車の写真をメールで外務省に送ってきた。
若林秀樹・参院議員の見解発表
多くの謎がありながら政府の真相解明は進まない。解明しようという熱意も感じられない。業を煮やした若林秀樹・参院議員(民主)は、2月5日の参院イラク復興支援・有事法制特別委員会で、独自の「推論」と断りながら、「米軍が不審者と間違えて重機関銃で撃ったのではないか」という見解を明らかにした。
若林氏の見解は、米軍が外務省に送った写真のうち次の3枚に着目している。
1枚目。車両左側面の写真は、30発前後の弾痕が集中している。これは狙撃車から窓を開けて撃てるような撃ち方ではない。
2枚目。車両右側面の写真は、まったく弾痕がない。いくら軽防弾車でも反対側からあれだけ撃たれれば貫通してなんらかの傷跡がつくはずだが、まったく弾痕がないのは、かなり高い位置から撃たれたに違いない。
3枚目。車両正面の写真は、ボンネットの中央先端とウインドーの真ん中に銃弾の跡がある。これは人を狙っていない。
これらの写真から若林氏は次のように推論した。
この日、奥参事官らの車に先行して、やはり同じ復興会議に出席するCPAの幹部が乗った車列がバグダッドからティクリートに向かっていた。この車列の最前部と最後部は、高い位置に重機関銃を装備した装甲車(ハンビー)が護衛している。この車列は時速100km以上では走れない。
一方、奥参事官らの四輪駆動車はスピードが出せるから、気付いたら追いついてしまった。そこで不審者と間違えられて、威嚇射撃(車両正面の弾痕)を受けた。奥参事官はCPAの人たちはよく知っている。右側の車線に出てヨコから説明しようとしたが、不審者と誤解されたまま、車両左側面から銃弾を浴びることになった。
口径7・62mmで右回り4条の腔線を有する銃は、カラシニコフをはじめ世界中で多種多様なものが出回っている。米軍も使っている。奥参事官らは米軍のハンビー型護衛車に装備された機関銃で撃たれたのではないか。これが若林氏が参院の委員会で明らかにした見解だ。
これに対して、川口順子外相は「先生のお考えはお考えとして承らせていただきましたけれども、政府としては真相解明が大事でありまして、真相の究明に一歩でも近づきたいと思っております」、小泉純一郎首相は「推論を伺っていましたけれども、私にはそういう専門的知識もございません。政府としては、真相解明に今後とも全力を挙げていきたいと思っております」と答えた。外相、首相とも、若林氏の推論を否定しなかった点が注目される。
実際問題として、同じような誤射事件は起こっている。昨年9月18日、イタリア外交官ピエトロ・コルドーネ氏の乗った車が、ティクリート近郊で、米軍の車列を追い越そうとして、米軍の銃撃を受け、同乗していたイラク人通訳が死亡した。この辺りは「死の街道」と呼ばれ、米軍も厳重な警戒体制をとっている。他の地域でも米軍の誤射で友軍国の兵士やイラク市民が死亡する事件が相次いでいるが、フランクス米中央軍司令官は「それが戦争だ」と発言したこともあるぐらいだから、日本人外交官が謝って撃たれることも当然あり得ることだ。
若林氏は民間会社から外務省に出向し、在ワシントン大使館で奥克彦氏と机を並べて仕事をした経験がある。それだけ奥氏に対する思い入れは強く、事件の真相解明に取り組んでいる。
日本政府が何かを隠しているのか。米国による情報支配までが進むなかで、若林氏の見解発表は国会議員とはいえ、かなりの勇気を必要としたはずだ。ただ、残念だったのは、この見解を報道したのはシンガポールの英字紙などごくわずか。日本語の新聞には見当たらなかった。
(高田士郎)
http://www.janjan.jp/government/0402/0402241420/1.php