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フリージャーナリストシバレイは2004年2月8日からイラクに入り、大手メディアからは伝わらない現地の生の状況をわたしたちに伝えてくれている。 シナプスでは、現地からリアルタイムで届く、彼のジャーナルを独占公開中である。
2004/02/23 (月) シバレイ@サマワ その2
昨日、サマワから戻った。防衛庁の取材規制が厳しく、フリーランス である私はハナからシャットアウトされていたので、自衛隊の取材は できなかったのだけど、なかなか意義深い訪問だったと思う。
サマワでは、イラク戦争での空爆被害者に会って話を聞いた。詳し いことは、新聞や雑誌の記事で書こうと思っているけど、サマワでは 4月3日に、かなり激しい空爆があったそうだ。実際、街のあちこち で、破壊された家があったし、サマワに二つある工場のうち、一つは その半分が爆撃で破壊されていた。今回の訪問で出会ったベッサム くん(14)は、腹部に重傷を負い、大きな傷跡がまだ残っている。彼 の父親のムハンマドさん(48)は、ベッサムくんと一緒にナシリアの 病院に運ばれ、さらにクウェートの病院に運ばれたらしいが、その 行方が今もわかっていない。今回、サマワを案内してくれた現地人権 団体「イラク・ヒューマンライツ」のサーレ・マフディーさん(28)も、弟と 家を空爆で失った。サーレさんは自衛隊のサマワ入りに批判的だが、 「今のサマワでは自衛隊や日本への批判することは危険だ」と言う。
サマワでは他にも空爆で被害を受けた人々に会い話を聞いた。自 衛隊派遣に関して、日本政府は「復興」だとか「国際貢献」とか、言っ ているが、全くおこがましい。自分達が支持した戦争によって、多くの 人々が殺され、傷ついたのをわかっているのか。「復興」だの、「国際 貢献」だのきれい事を言う前に、今だ大量 破壊兵器もみつからない 中で、政府のイラク戦争支持が間違っていなかったか、問うことから 始めるべきではないか。ベッサムくんの母、ムンタハさん(36)はこう 言っていた。「もし日本が私達を助けてくれるのなら、まず、夫を探し てください」。
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2004/02/19 ファルージャ 行政機関襲撃事件について
今月14日、バクダッド西方60キロにある街ファルージャで、反米勢力と見られる武装集団70人以上による行政機関襲撃事件が発生、イラク人警察官など22人が死亡、35人が負傷した(ロイター伝)。これ程大規模な襲撃は最近のイラク情勢でも珍しい。
17日、ファルージャを訪れ、話を聞いた。ファルージャは、米兵やその他の外国人を狙った襲撃事件が相次いでいるため、人道支援を行うNGOすら訪問をためらう街だ。
また、イラク戦争前、多くの秘密警察やフェダイーン(サダム親衛隊)がこの街から登用されたことでも知られる。ファルージャではバグダッドのような大きな建物は見かけず、モスクが多い以外、何の変哲もないところに見える。襲撃現場近くの自動車用品店の店主は「襲撃者達は二手に分かれ、警察署と市役所を同時に襲った。銃撃戦は30分くらい続いた。怖くてずっと伏せていたが、大きな爆発音も聞いた」と話す。
戦闘で負傷したイラク警察官、フセイン・アリ・ムハンマドさん(23)にファルージャ総合病院で会うことができた。 「襲撃者は200人はいた。マシンガンやRPG(ロケット砲)など新型で強力な銃火器を持っていて、我々の持っている旧式のカラシ二コフ銃では太刀打ちできなかった。 連中は米国製の強力な爆弾も使っていた」。
ムハンマドさんも両足と右手に被弾、病院のスタッフによると死者は24人になっていた。襲撃者は何者だったのか。
「わからない。我々は無線で米軍に応援を頼んだが、応答がなかった。だが、米軍は襲撃と同時に道路を封鎖した。負傷者を病院に運ぶことすらしなかった」。
その場にいた家族や親戚達は口々に「奴らは米軍の仲間だ!」と叫ぶ。
ムハンマドさんは「(現場で)エジプト訛りのアラビア語や、ペルシャ語などを聞いた」と言う。同様の話は、昨年6月にファルージャの隣、ラマディで取材した時も聞いたが、イラク国外からの反米勢力が事件に関与している可能性がある。いずれにしても、今回の襲撃で負傷したイラク警察官やその家族らの怒りは、襲撃者より米軍に対して向けられているようだ。
ファルージャでは、米軍による掃討作戦や、治安維持の役割が米軍の手からイラク警察に移ったことなどにより、全体の襲撃件数自体は減少傾向にある。しかし、取材中も通 りで「外国人は出て行け!」と怒鳴られたなど、外国人に対する住民の怒りや不信感が消えたわけではない。ピリピリとした雰囲気が張り詰めるファルージャを後にした時、私は大きく息を吐いた。
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2004/02/18 (水) シバレイ@ファルージャ
米軍に家を荒らされたと怒っていたアブドゥラさんの家に行ってきた・・・のだが、何と酒を飲んで酔っ払って 寝ているという。おいおい、それでいいのか、イスラム教徒!
しかし、大家族なので、家にいた人たちに話を聞くことができた。事件は昨年9月のこと。深夜2時に突然、家 が20台の戦車に包囲され、上空のヘリから、米兵が突入。
家にある引き出しという引き出しを空け、テレビとかの家電製品は壊す、現金は盗む、とやりたい放題だったと のこと。
しかも一家の男性らはその場で拘束され、そのまま収容所にブチ込まれたとのこと。
子どもたちが、警察署の前で「お父さんを解放してください」と書いたバナーを広げデモを行ったりして、やっと解放された らしい。
結局、「テロリストではない」と米軍も認めたらしいが、補償するどころか謝りすらしなかったそうだ。
何とまあ、荒っぽいことこの上ないが、昨日、バグダッドから西に60キロほどのファルージャ郊外のアメリア村 で村議が米軍に惨殺されたという。
殺された村議の家に行ったところ、家にミサイルを撃ち込まれたらしく、中は滅茶苦茶に破壊されていた。また、今月14日の警察署襲撃事件で負傷したイラク警察官達にも会ったが、米軍にSOSを出したのに、助けてくれなかったと憤っていた。
想像以上に米英の占領はとんでもない。復興といっても所詮は米英の占領下にあるわけで、そんなところに、 ノコノコと自衛隊が行くことが「国際貢献」なのだろうか?
どうしても国際貢献をしたいのであれば、まず、米英の占領を何とかしないと、結局、莫大な税金を使ってイラク人やイスラム圏を敵にまわすだけに終わるかもしれない。
何が本当の国益なのか、日本政府は考え直す必要がある。いや、マジで。
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2004/2/16
約8ヶ月ぶりに訪れたバグダッドは以前と全く異なり自爆攻撃を防ぐためのコンクリート壁があちらこちらに立ち並ぶ物々しい雰囲気になっていた。
米兵達も以前はストリートチルドレンと談笑している姿があったが、今は基地などの中に篭っていて、装甲車やハマーに乗って移動している時以外は街でその姿を見かけることはほとんどない。
この時期、イラクでは結婚式が多く、祝砲ならぬ、祝射でよく銃声聞こえるが、それを聞いて米兵達はいちいち慌てている。
10日にイラクについてから、まず自衛隊の派遣について街で聞いてみた。
イラクではテレビや新聞で自衛隊派遣のことが大きくとりあげられたらしく、皆、自衛隊派遣のことについて知っていた。
私が聞いた範囲でのことだが、サマワでの熱狂的な歓迎ぶりに対し、バグダッドではかなり冷めた意見が多かったのが印象に残った。
バスドライバーのサファさん(22)は「自衛隊が来るのは、アメリカを助けるためだろう。アメリカは世界中を支配しているから」と語り、仕立て屋のハッサンさん(65)も「たくさんの国々から軍隊がイラクの復興を約束して来ているが、何も変わりはしない。日本だろうが、どこの国だろうが軍隊はあてにできない」と言う。
バグダッドは今日も停電。
「日本の技術力を尊敬するがそれは軍隊のテクノロジーではない。ピースなテクノロジーが必要なんだ」とジブリさん(51)は言ったが、確かにその通 りかもしれない。
それにしても今夜はやけにたくさんの米軍装甲車がホテルの前をうるさく通 る。
巻き添えはゴメンなので、あまりホテルの近くに来ないで欲しいのだが。
明日は、米兵に家を荒らされ、老いた母が暴力を振るわれた、と怒っていたアブドゥラさんの家をたずねる予定だ。
彼の話を聞けば、何故、バグダッドの人々が心底米軍を嫌っているのかわかるかもしれない。
http://www.synapse-fp.jp/siba01.html