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「戦争/暴力を拒否する」とは何を意味するか?−イスラーム的ディスコースの枠組[中田考]
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投稿者 なるほど 日時 2004 年 1 月 20 日 13:27:47:dfhdU2/i2Qkk2
 

「戦争/暴力を拒否する」とは何を意味するか? −イスラーム的ディスコースの枠組
1.序
科学史の概念に「共約不可能性(incommensurability)」があるが、異なる宗教/文明間の比較、相互理解、対話にも応用が可能と思われる。「戦争/暴力」といった概念、あるいは更に遡って「拒否する」、「賛成する」、「反対する」、「善」、「悪」といった語が、それぞれの宗教/文明のディスコースの中において担っている「意味」は大きく異なっている。本発表の目的は、他文明/宗教におけるディスコースの枠組との差異を意識化させつつ、標準的なイスラーム的ディスコースの中で、戦争/暴力が如何に表象されるかを明らかにすることにある。
2.「拒否する」とは何を意味しうるか
「拒否するとは」とは何を意味するかは、「破門」概念、制裁規定(sanction)、現世・来世の区別の有無によって、根本的に異なる。「破門」概念が存在する場合、行為者を破門した場合、行為者が共同体から排除される以上、「拒否」は「論理的には」貫徹される。法的に明示化された制裁規定が予め存在する場合には、行為者に強い制裁が課されるほど、拒否の度合いは強いと考えられる。制裁規定の下位分類として現世・来世の区別がある宗教/文明では、現世での制裁の規定が無くても来世での制裁の規定があれば、行為者への拒否は意味を有する。
しかし上述の諸概念は文明/宗教間で共約不可能であり、そもそも比較、相互理解、対話が困難ではなかろうか。神道のようにそもそもメンバーシップが一義的に定式化されない宗教では、「村八分」、「人非人」、「ヒトデナシ」などのある意味で近似的な概念はあっても「破門」は存在せず、またイスラームには共同体からの法的な排除規定「タクフィール」は存在するが、そもそも「破門」を「公式に」宣告する「機関」が存在しない点で、カトリック教会を範型とするキリスト教とは大きく異なる。制裁規定の適用を拒否のメルクマールとする分析は、あらゆる行為が制裁規定を割り振られているとの前提を有さない文明/宗教
には適用できない。制裁規定が定式化されている文明/宗教においては、「拒否」のディスコースは多かれ少なかれ「法学的」になり、非−学者は排除され、多くの場合ある程度までは収斂することが期待される。制裁規定を持たない文明・宗教にこの枠組を当てはめると、ある行為を「私人」が拒否する場合、その「私人」はその「行為者」に制裁を課す意志があるのか、などといった不適切な(false)問題設定がなされうる。また来世の概念を有さない文明/宗教においては、来世における制裁の概念が意味を持つことは難しい。勿論、上記の区別は分析的であり、実際には入り組んでいる。人間の流動性の低い社会では「破門」はそれ自体が制裁として機能しえ、イスラームにおいては「タクフィール」は単なる「破門(excommunication)」ではなく、死罪にあたる。
3.戦争/暴力の拒否をめぐるイスラーム的ディスコースの枠組
イスラームは、教義を公認するいかなる「公式な」制度も存在しないにもかかわらず、時代と地域を越えて高度の統一性と安定性を有するが、それを支えているものが「イスラーム法」である。西欧において、道徳、法が、「善/悪」、「法/不法」の二分コード、二値論理の構造を有するのに対して、イスラームでは、イスラーム法が道徳を包摂し、あらゆる人間の行為を決議論的に「義務行為(wajib)」、「推奨行為(mandub)」、「合法行為(mubah)」、「自粛行為(makruh)」、「禁止行為(mahzur)」の5つの範疇に分類する五値論理の構造を有する。そしてこの5範疇は、それぞれ、「義務行為」とは「それを行わないことに(来世での)懲罰あるもの」、「推奨行為」とは「それをおこなうことで報奨を得るが、それを行わないことで懲罰を蒙らないもの」、「合法行為」とは「アッラーがそれを行うことも行わないことも許し給い、それを行う者も行わない者も懲罰も報奨も受けないもの」、 「自粛行為」とは「それを行わなければ報奨を得るが、行わなくとも懲罰が課されないこと」、「禁止行為」とは「それを行うことに(来世での)懲罰があるもの」と定義される。
注意を要するのは、イスラーム法は一義的にアッラーと人間の関係を律する規範体系であり、その妥当性(validity)は、来世での制裁によって担保されており、現世での制裁が規定されている場合は、窃盗、強盗、飲酒、姦通、姦通誣告、殺人、傷害、背教など、むしろ例外であることである。イスラーム世界での物事の評価を知るためには、現象的な国家行為のみを見て判断してはならず、人々による来世での審判への期待を考慮しなくてはならない。
イスラーム的価値評価のディスコースは基本的に上述の5範疇で行われるが、その他にその一線を越えるともはやイスラームの内部の議論ではなくなることを宣言する「タクフィール≒破門」(法学と神学の境界的範疇)が存在する。従って、イスラーム的ディスコースが、西欧的な「善/悪」、「法/不法」、「真/義」、「正/不正」、「賛成/反対」、「承認/拒否」、「敵/味方」といった二分コード・二値論理で行われているのではないことを理解し、二分コード・二値論理に誤って翻訳してはならないのである。
4.イスラームにおける戦争/暴力
以上の議論から分かるように「イスラームは戦争/暴力を承認するか、拒否するか」といった問題設定は、そもそも意味を有さない。
問われるべきは、他の宗教/文明において、「戦争/暴力」として表象される行為が、イスラームにおいて、上記の5、あるいは6つの範疇のいずれに分類されているか、である。
イスラーム法は(1)生命、(2)財産、(3)名誉、(4)血統、(5)宗教という5つの範疇の法益に不可侵性(hurmah)を付与し、それらに対する侵害は認めないため、それらの法益の侵害に当たる暴力一般が原則的に禁じられる一方、それらを護るための暴力は例外的に承認される。個人の法益を護るための暴力行使は正当防衛として私人にも認められているが、侵害された権利に対する応報のための暴力行使は私人には認められない。現世での応報は刑法によって行われ、裁判と刑罰の執行は公人(カリフとその代理)の職権である。
戦争は、公人(カリフとその代理)の専管事項であるが、強盗団との戦闘は義務であるのに対し、叛徒に対する戦闘は義務ではなく、むしろ帰順させることが推奨される。正当性を有するカリフ以外の権力闘争の戦争、内戦は禁じられる。神のための異教徒との戦争が、法学用語としての、ジハードである。ジハードは連帯義務であるが、その発動には一定の条件を要し条件を満たさない場合の戦闘は禁じられ、その判断と執行はカリフの専管事項である。ただし個人の法益を護る正当防衛の暴力行使が私人にも認められたのと同じく、イスラーム世界(daru-l-islam)が侵略を蒙った場合には、その土地の戦闘員(成人男子)は、カリフの命令を待つことなく、侵略者との戦いがジハードの義務として課されることになる。
以上が、戦争/暴力をめぐるイスラームの標準的なディスコースであり、「聖戦(holy war)」などという概念は、欧化主義者の一部のデマゴーグの扇動以外の何物でもない。
5.結論
以上、「戦争/暴力」といった概念を、イスラーム的ディスコースの枠組から切り離して、別の宗教/文明の枠組で理解することの問題性を明らかにしたが、それは異なる宗教/文明の間の比較、理解、対話の不可能性を意味するものではない。それはいかなる宗教、文明といえども静止した不変の固定したものではなく、内在的に、あるいは他の宗教/文明との交流の中で変容する動的な存在だからである。確かに我々が自らの認識の枠組を変えていく用意、覚悟なしに、他の宗教/文明を理解することは不可能である。しかし我々に自ら替わろうとの意志があれば、もはや明日の我々は昨日の我々ではなく、明日の世界自体が変わることによって、認識の地平融合(horizontverschmelzung)が実現し異なる宗教/文明が共生する新しい世界が生まれることも不可能ではないのである。

http://homepage3.nifty.com/hasankonakata/sakusaku/4_1.htm

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