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http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040116/mng_____tokuho__000.shtml
ブッシュ米大統領の「戦争終結宣言」から八カ月。「言論の自由」の息吹に酔いしれたイラク国民の表情には、戸惑いも浮かび始めている。新旧の政治党派の暴力、占領下という現実、何より戦後の生活苦がのしかかる。与えられた自由は道徳の崩壊や意識の世代格差も露呈させた。自由とは何か。人々の暗中模索が続いている。 (バグダッドなどで、田原拓治、写真も)
「いま、こうして外国人記者のあなたと話せることだ」。汎アラブ紙「アルザマーン」バグダッド支局のムサンナー・タブカズリー副支局長は「言論の自由」をそう説いた。
タブカズリー氏は一九九八年、旧政権下では国内で発禁だった同紙の「秘密通信員」になった。当時、発信可能な隣国ヨルダンへ重い出国税抜きに往来できるのは運転手のみ。「そこでタクシー運転手になった。メモの携行は危ないので情報は頭の中にとどめた」
だが、二〇〇二年七月、運転手仲間の密告から捕まり、死刑判決。当人は否認したが、拷問を受けた長男が自白した。が、戦争直前の「全囚人釈放」の大統領令で間一髪、難を逃れた。
「このイラクで自分の名を記し、正直に記事が書ける。想像もできなかった」
■盗聴気にする時代終わった
息をする音まで当局に盗聴されてはいないか。そう思い悩む時代は確かに終わった。「以前は家族間でも政治の話はタブー。兄とそんな話題で口論になると母が顔色を変え、止めに来た」と外国通信社に勤めるカマール・タハ氏は語る。
「母は電気がない、油がないといまの状況に不平を言う。でも、そんな困難はたぶん数年。永遠に来ないと思っていた自由の獲得と比べれば、何でもない」
戦後、百五十を超す新聞が創刊された。テレビは連合国暫定当局(CPA)下の「アルイラーキーヤ」、米国系の「イラク自由放送」、キリスト教徒の「アシュールテレビ」、旧クルド反政府二派が衛星放送「クルドサット」「KTV」をそれぞれ開局した。
■占領本部近く写真撮影厳禁
ただ、完全な報道の自由があるわけではない。タブカズリー氏は「CPAから各紙に反米、特に抵抗運動を喚起する報道は禁じると通達があった」と明かす。
「アルイラーキーヤ」はCPA本部のあるバグダッドのアルラシドホテル地下にある。取材に赴いたが、付近一帯は写真撮影厳禁の「グリーンゾーン」。米軍の検問所で「取材申し込みは一週間前までに」と体よく断られてしまった。
■シーア派人物 護身銃ちらり
旧政権に近い立場だったバグダッド大のワミード・オマル教授(政治学)はこう憤る。「言論の自由? どこにある。下手に発言すれば新興の政治勢力に暗殺される。各派ともミリシア(民兵)を抱えている」
これがまんざら誇張ではないと知ったのは、シーア派組織の政治局員を取材したときだった。彼がふと背広をめくると腰に護身用の短銃がちらりと見えた。
■『結局頼りは口コミ』
多くの新聞には題字下に「ムスタキッラ(独立系)」と記してある。だが、実際は政党のひも付きが大半だ。「大きな独裁は倒された。その結果、絶対権力を握る占領者の下、小さな独裁者たちが乱立している」。カルバラで会ったシーア派聖職者ミサール・アルフスナーウィ師はそう評した。
旧政権下で情報統制されていた市民たちは、今どう世界を把握しようとしているのか。有力手段は解禁された海外の衛星テレビの受信とインターネットだ。
「息子はインターネットで、他の家族はテレビのチャンネルをあちこちひねって、各局のニュースから総合的に判断している」
一人のバグダッド市民はこう語ったが、同時に「一日数回、爆発音がするが報じられない。米軍も発表しない。昨日も帰宅後、妻に午後の爆発について何か知らないかと聞かれた。結局口コミに頼っている」。
信頼できる報道が乏しいので、うわさがうわさを呼ぶ。シーア派の多いサドルシティーで今月初め、一人の老人が米軍車両にひかれ死亡した。交通事故だったが、老人が施し活動に熱心だったため、地元では「シーア派弾圧のために殺された」という風評が流れた。
意外だったのは「アルジャジーラ」の人気下降だった。同局は旧政権に取り入っていたため、イメージが悪化。戦後、バグダッド支局の幹部ら現地スタッフを大幅に入れ替えたが、信用回復には至っていない。
自由化の波は言論に限らない。これが伝統的な道徳観を揺さぶっている。
■『爆弾酒』業者襲われ死者も
バグダッドのアルアバーヤ地区の市場では路上で「爆弾酒」を見かけた。いろいろな酒をボウルで混ぜ、コップ売りしている。「路上で酒」というのは、いくらイスラムの戒律が甘いイラクとて、戦前は見かけなかった。案の定、別の業者がイスラム主義者とみられる集団に襲われ、死者まで出たという。
米軍の下働き役でもあるイラク人の市民防衛隊(ICDC)では世代格差を垣間見た。四十代の隊員の一人は「米軍の犬になるのかと家族にも反対された。しかし、食べていくには仕方がない」とうつむいた。
■米軍の下働き 若者は『光栄』
しかし、二十代の隊員たちは「新たな秩序構築と治安回復という任務は光栄だ」と、旧軍の軍服の上に着た米軍支給の防弾チョッキを誇らしげに示した。
バグダッドの高級レストランでは、若い女性二人が食事をしていた。こうした場では、親か男兄弟が同伴するのがアラブで一般的な慣習。女性のみというのはまれだ。
「これも米国のいう自由化というやつだろう」。傍らの初老の男性がいちべつして顔をしかめた。
■自衛隊=「殺人をしない防衛力」
日本の自衛隊派遣でカタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」による小泉首相のインタビューが3日夜、イラク現地でも放映された。視聴した市民数人は遠慮がちに「意味不明」と感想を述べた。
紹介した番組は「ヒワール・マフトゥーハ(開かれた会話)」。一般市民は自衛隊を「ジーシュ・ヤーバーニー(日本軍)」と表現するが、番組では配慮してか「コーワ・ディファーイーヤ・ゲイル・キターリーヤ(殺人をしない防衛力)」と呼んでいた。
「戦いではなく、復興支援」「テロから身を守るため、自衛隊が行く」という同首相の主張にバグダッドの病院職員アリー・タミーム氏は「コイズミの話は矛盾している。事実は日本が米国の戦争をいち早く支持し、占領軍の一翼として軍を派遣すること。復興支援は言い訳だ」と批判した。
首相は番組で「イラクも国際社会と協力すれば、発展できる」と説いたが、別の市民は「国際社会って米国やイスラエルのことだろ」とばっさり。パレスチナ問題を熟知するアラブ人の間では、公正な国際社会などないというのが常識だ。
自衛隊派遣地のシーア派地域に影響力のあるイスラム革命最高評議会(SCIRI)の機関紙「アルアダーラ」編集長、アフマド・アルカリーム・アルジーザーニー氏は「復興への協力を歓迎する。派遣の形態は日本国民が決めたらよい」と述べつつも「ただ、武装して来る必要はない」。
SCIRIのライバルにあたるシーア派組織「ムクタダ・サドル師グループ」系の聖職者は「米国は将来もイラクを支配しようとしており、日本もその侵略の同盟者」と非難した。