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イラク南部サマワに入った陸上自衛隊先遣隊の行動について防衛庁は広報しない姿勢をとり続けている。同地域に派遣されているオランダ軍が、陸自先遣隊について広報を代行している状態だ。防衛庁は「報道規制」の理由を隊員の安全確保と説明する。だが、陸自が戦闘状態の続く「戦地」に派遣されるのは初めて。経験豊富な他国軍にもない「広報なし」が安全に寄与するのか−。
■防衛庁『カンボジアでは弊害』…実は事実誤認?
「…報道により派遣される部隊及び隊員等の安全確保を含めた防衛庁の円滑な業務遂行を阻害すると認められる場合は、爾後(じご)(それ以降)の取材をお断りすることになります」
今月九日、防衛庁が、本紙など報道各社向けに出した文書には、そう記されている。別紙には九つの報道自粛項目(表参照)が記載され、現地の状況は「防衛庁のホームページで知らせる」としている。要するに何も取材するな、報道するなということらしい。
幕僚長らの会見を減らし先遣隊の行動を広報しないのも、この方針からだ。現地サマワでオランダ軍が陸自先遣隊について取材に応じていることについても石破茂防衛庁長官は二十日、「調整を図りたい」と述べ同国政府に報道自粛を求める考えまで示唆した。
すべては「安全」のためというが、取材・報道のせいでどのような危険が生じるのか、防衛庁の具体的な説明は少ない。十九日になり守屋武昌次官は、現地取材に消極的な理由として、一九九二年のカンボジアでの国連平和維持活動(PKO)を例に挙げた。「自衛隊員と同じ数の報道関係者が集中したことによる弊害があった…」。大勢の報道陣が押し掛け、現地の情勢が混乱したという意味のことを言いたかったようだ。
しかし、当時、カンボジア・タケオで取材に当たった本紙社会部記者は、次官の発言を「事実誤認に基づくもの」とした上で、こう話す。「取材は国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の基準に従い行われており、現地報道によって自衛隊員に危険が及ぶようなことはなかった」
延べ三カ月間取材に当たった当時の本紙マニラ特派員も「報道機関は日本の自衛隊だけの取材に集まったわけではない。停戦監視活動をするドイツ軍やオーストラリア軍など、分散して活動するほかの国の部隊の取材も同時に行っていた。混乱なんかなかったし、取材は整然と行われていた。自衛隊員自体も個別の取材に応じていた」と証言する。
■『ネット時代に無意味』
では安全を損なう取材・報道とはどんなものか。
軍事評論家の神浦元彰氏は「自衛官の安全を損なう報道はない。陣地の形が変わっても、自衛官の顔が分かっても、自衛隊の安全には関係ない。その程度の情報なら、一般市民に紛れたスパイでも入手できる情報だからだ」と断言する。
「プレスが外観からみて分かる範囲も、軍事機密に当たらない。インターネット情報がブロードバンドで行き渡る情報社会では、隠ぺい行為は無意味だ。それに、今回は、市街地周辺での戦闘が多く、市民は各国軍が何を食べているかまで知っている」
■官邸、安全よりメンツ
逆に、神浦氏は、情報を隠す方が危険性が高まると警告する。「自衛隊は、戦闘員としてイラクに派遣されたわけではなく食料補給や医療援助、市民代表との交流など『人道支援』を堂々と公表すれば“国際貢献する日本”のPRになる。逆に、情報を隠ぺいすることで、自衛隊が何をしているか分からず、テロリストを疑心暗鬼にさせる」
それでは、安全のほかに報道規制する理由はなんなのか。神浦氏は「福田康夫官房長官は自衛隊員の犠牲が出た場合を恐れている。その際の報道によっては今夏の参院選で惨敗は免れないからだ」と推測する。
自衛隊員からの情報漏れを防ぐ意味も指摘される。実は、守屋次官が「弊害」として挙げた「カンボジアの例」も、こちらにあるようだ。神浦氏は「九二年のカンボジアPKOで、隊員交代時、『ポル・ポト派が攻めてくる』という情報があり、現地は混乱した。自衛隊幹部はテレビ取材に『何が起きても仕方ない状況でした』と正直に答え、それがそのまま茶の間に流れ、安全性を信じていた国民に動揺が走った。それを問いつめられたPKO責任者の柳井俊二・国際平和協力本部初代事務局長は『テレビを見ていないので分からない』と答え、ひんしゅくをかった。今回も自衛官の発言で隠したい真実がばれることを恐れているのだ」
■先輩の米・韓・蘭は取材対応きっちり
派遣の先輩に当たる他国軍の広報対応を見ても、防衛庁のやり方は異例だ。イラク駐留米軍は二十四時間電子メールの取材申し込みを受け付け、各国記者に随時部隊への同行取材を認めている。オランダ軍も本国を通じて取材申し込みに対応している。韓国政府も報道機関に現地での取材活動を認めている。
軍事ジャーナリストの鍛冶俊樹氏はマスコミに裁量権を与える米軍の対応について「情報統制の失敗に学んだもの」という。
「自由に許したマスコミ報道の影響で混乱したベトナム戦争の反省で、湾岸戦争では情報統制を厳しくした。しかし、マスコミを敵に回して世論の支持を得られず当時のブッシュ大統領は選挙にも落選している。イラク戦争以降は部隊が記者をつれて歩くことで、世界を味方に付けることにある程度成功している」
これに対して、福田長官は派遣命令日や出発日が報道機関に漏れたことを理由に、その日程を変更する指示に出た。鍛冶氏は「自衛官の安全より国内政治対策と福田氏のメンツが優先された結果だ」と批判する。
■制服組、積極的報道望む
防衛庁関係者によると、イラク先遣隊派遣に関し、いわゆる「制服組」は、むしろ積極的に報道されることを望んでいる、という。「今の自衛隊は国民の理解がなければ、活動できないことを知っている。むしろ“背広組”の防衛庁幹部や官邸の報道対応が下手だと感じている。ましてや制服組トップの各幕僚長の定例会見をやめましょうなんて誰も考えていない」
前出の防衛庁関係者によると、各社を一斉に集めた会見がなくなることで、取材・報道活動がなくなるわけもなく、逆に個別取材が増加し、その対応に防衛庁幹部が追われ、より混乱することになるという。
■「自分たち守る会見やめ愚か」
この件に関し政治評論家の森田実氏は「会見で一斉に取材に応じることで、結果として政府や防衛庁は、情報を操作し自分たちを守ってきた。それをやめるとは、言論の自由に関する是非を論ずる以前の問題として、愚かなことだ」と指摘した上で、こう語る。
「米国の要請でイラクに軍隊を派遣している、いわゆる『民主国家』で、ここまであからさまに報道統制をする国はない。自衛隊の安全以前の問題として、世界の笑いものになると思ったほうがいい」
■防衛庁が報道機関に取材・報道の自粛を要請した9項目
(1)部隊、装備品、補給品等の数量
(2)部隊、活動地域の位置
(3)部隊の将来の活動に関わる情報
(4)部隊行動基準、部隊の防護手段、警戒態勢に関わる情報
(5)部隊の情報収集手段、情報収集態勢に関わる情報
(6)部隊の情報収集等により得られた警備関連情報
(7)他国軍等の情報(当該他国軍等の許可がある場合を除く)
(8)隊員の生命及び安全に関すること
(9)その他、部隊等が定める事項
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040121/mng_____tokuho__000.shtml