月刊現代4月号　「自衛隊の撤兵を勧告する」立花隆氏より（P３８〜５２）

＜中略＞日本の先の戦争をあれほどひどいものにした最大の原因の一つは、私は報道機関
にありと思っている。軍と政府の側が、大本営発表と検閲によって、自由な取材、自由な
報道を制限したのに対し、報道機関の側は何の抵抗も批判もせず、唯唯諾諾と従った。そ
のため、戦争が続いている間、国民は事態が何ひとつわからない状況に置かれていた。そ
れどころか、途中から報道機関は真実を伝えるという、最も大切な自己の使命を忘れ、政
府と軍部の発表することがウソデタラメの羅列とわかっていても、それが事実であるかの
ごとく伝えてきた。それによって、日本の報道機関という報道機関が、単なる政府の宣伝
機関、戦意高揚機関と化していった。要するに戦争の片棒かつぎになってしまったという
ことである。

自衛隊の応援団と化した報道

いまそれに近いことが起きつつあるのではないか。
一月二九日の衆院イラク復興支援特別委員会で、横路孝弘委員は、自衛隊の報道自粛要請
にこう噛み付いた。「八項目ずっと見ますと、これだとほとんど取材できないということ
じゃないですか＜中略＞こちらが情報を提供したものだけを報道しろということでは、大
本営発表にしかならないわけですよ。これでは報道機関の使命が果たせない。これは撤回
すべきです」

その通りだが、日本の報道機関の最大の問題はそれ以前のところにある。私は杉尾アナの
愚にもつかない質問とレポートを見ながら、これは自粛要請に従っての報道だからと一瞬
いぶかったが、多分そうではあるまい。もともと日本のメディア（特にテレビ）は、たか
だかこの程度の骨なし根性なしの報道しかできないのである。いまごろ防衛庁の幹部たち
は、自粛要請なんかする必要がなかったといって笑いあっているにちがいない。日本の報
道機関は放っておいても、昔も今も自ら進んで戦争の片棒かつぎをするような組織なので
ある＜中略＞

６０年安保時代との比較

＜中略＞なぜ小泉首相は、日本が戦後はじめて海外に派兵するという重大な案件について
の国会の議論をあれほどはしょってしまったのか。一月三十日のイラク特別委における与
野党入り乱れて殴りあう強行採決場面をテレビで唖然として見ながら、これは安保特別委
員の強硬採決とそっくりじゃないかと思った。

そして、さらにそのわずか数時間後、法案が国会の本会議に一挙に上程され、ろくな議論
もなしで（与党のみの数分間の形式討論）、与党のみで強行採決しまう風景を見て、これ
また６０年安保のときとそっくりじゃないかと思った。あのときも、安保特別委の強行採
決で大騒ぎした後、ほんの数時間後の本会議に一挙に上程され、議論なしの強行採決によ
って、一挙に全案件を通してしまったのである。

大きなちがいは、安保のときは警官隊を入れての強行採決だったのに対して、イラク派兵
のときは、野党がボイコットし、与党の単独採決だったこと。そしてもう一つの大きな違
いは、安保のときは、マスコミがこの暴挙に怒り、大々的な批判報道をし、翌日から、暴
挙に怒った市民が続々と国会に詰めかけ、連日国会を包囲する大デモが一ヶ月にわたって
続いていたのに対して、今回は、それを暴挙と批判する報道もなければ、抗議のデモもあ
ったのかもしれないがその報道がまるでなかったことである。

はじめに指摘した報道機関の体質転換は、こういうところによくあらわれている。

自衛隊派遣は本当にベストが

もう一つ私が日本の報道機関に大きな憤りを感じたのは、イラク特別委強行採決の一日前
、一月二十九日の特別委審議の報道である。この日の委員会には、参考人として、日本国
際ボランティアセンター代表理事の熊岡道矢氏が出席して、イラクに自衛隊を派遣しても
、意義ある活動が全くできないばかりか、かえって危険でもある所以を、自分たちNGOがイ
ラクにおいて展開してきた活動経験から、縷縷具体的に説明した。

イラクには世界中から復興支援、人道援助ボランティアが入って多彩な活動を繰り広げて
いる。みな丸腰である。ガードマンを雇っているわけでもない。どうやって安全を確保し
ているかというと、世界のNGO関係者全員が守っているたった二つの原則によってである。
一つは自分たちが武装しないこと。もう一つは、軍隊ならびに武器を持つ人々に近づかな
いことである。二十年、三十年に及ぶNGOの活動経験から、武器を持つことは武器を呼んで
しまうから一番危険で武器を持たないことがいちばん安全につながるということを、世界
のNGO関係者はみんな知っているのだという。

だから、自衛隊のような武装集団が行って、自分たちの目的は復興支援、人道援助だといく
らいっても、危険なことに変わりはない。それに自衛隊が行って、自衛隊であるが故にでき
る特別有意義なことは何もない、という。

小泉首相は、イラクは危険な場所だから、自衛隊の諸君でなければできないことが沢山ある
、とあちこちでさかんに力説し、マスコミもその発言を繰り返し、繰り返し流したが、この
熊岡発言を伝えたメディアはどこにもなかった＜中略＞

聞けば聞くほど、自衛隊がイラクに行くことに全く意味がないことがわかってきた。しかし、
テレビはその発言を一切報じなかったし、新聞も朝日新聞がつまらぬことを十行書いた以外、
どこも何も書かなかった。そしてイラクの現地報道では、新聞もテレビも自衛隊の活動を微
に入り細にわたり伝え、それが現地の人にいかに有意義であるかを強調する報道を毎日つづ
けているのに、NGOが現に行っている多彩な活動など、どこもほとんど報道していない。ま
た、自衛隊派遣にかけられるバカバカしいほどの多額な費用のコストパフォーマンス面から
の批判などどこもやっていない。

日本の報道機関が政府広報機関と化してしまっているというのはこういう意味だ。

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