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http://www.weeklypost.com/jp/040227jp/index/index1.html
<エディトリアルスペシャルPART1>連続スクープ第3弾
大新聞・TVが報じられない権力中枢の学歴詐称疑惑
小泉首相は、慶応大学をいつ卒業したのか
「ロンドン留学は単位ゼロ」に加え、「選挙公報に虚偽記載」が発覚
(1)「学位より経験」と開き直る
本誌は内閣総理大臣・小泉純一郎氏と自由民主党幹事長・安倍晋三氏に関わる留学経歴に対する重大な疑問を提示した。はっきりいうと、2人の留学の実態は、学歴詐称で民主党を除名された古賀潤一郎氏に匹敵する虚偽事実があると指摘したわけである。
安倍氏については後述するが、少なくとも小泉首相には、疑惑に対し、真摯かつ誠意ある応え方を期待した。なぜなら彼はこの国の最高指導者であるからだ。もろくも裏切られた。
小泉氏にしても、古賀氏のことを「嘘つきは泥棒の始まり」と決め付けた福田康夫官房長官にしても、自民党内に古賀疑惑を徹底究明する調査委員会を立ち上げると言明した安倍幹事長も、見据えるべき問題の本質をまったく取り違えていた。姑息にも、彼らの頭の中は、イラク自衛隊派遣の国民に与える政治的衝撃をいかにやわらげるか、ごまかすかだけに腐心していたと窺わせる。
総理大臣だの、幹事長だのといっても、詰まるところ、自分に火の粉が降りかかってくると、恥も外聞もなく裸の人間の弱さをさらけ出す。
小泉氏は、自らの経歴の中で、「ロンドン大学留学」を謳っている。小泉氏は首相官邸のホームページ(HP)でもそう載せている。本誌は留学の実態を知るために、ロンドン大学に問い合わせた。小泉氏が1968年9月30日から69年6月20日までの9か月間、パートタイムの学生として登録されていたことは事実で、外国人向けの経済学の特別コースを受講したが、単位は何も取っていないことが判明した。小泉首相自身、「留学は2年間」と語っていた発言は崩れた。
前号では「ロンドン留学は単位ゼロ」と報じて、大きな波紋を呼んだ。小泉首相は本誌報道を非常に気にしていたらしく、自民党代議士の笹川堯氏らと会食した席で、“留学疑惑”に触れた。毎日新聞(04年2月10日付朝刊)によると、小泉氏はこう語ったという。
<ロンドン大に留学記録が残っていて、学長から名誉フェロー(校友)を贈りたいと言われた>
そういう言い方で、疑惑を否定したかったらしい。さらに同紙は出席者の話として、小泉首相が次のように述べたと報じている。
<学位を取った、取らないではなく、経験が大事だ。ロンドン留学中に日本人の裁判の通訳を買って出たことがある。留学は見聞を広めるのにいいことだ>
確かに留学も遊学も意義がある。誰もそのことは否定していない。それにしても、小泉氏は公人としても私人としても、開き直ったり逆ギレした時の発想と論理は、同じであることを発見して驚いた。
不思議なのである。首相官邸HPの日本語版では、「ロンドン大学留学」と経歴を紹介しているのに、英語版では、その箇所がない……。
新たな疑惑が浮上した。小泉首相側にその見解を質そうとしたが、小泉事務所は、
「前回もそうだが、調べるのがそっちの仕事なのだから、勝手に調べればいいだろう」
とまくしたてて、一方的に回答を拒否した。
(2)「ドラ息子でトリックスター」
小泉首相の留学に関わる新たな疑惑の事実――。
小泉氏は今から35年前の69年12月の総選挙に初めて立候補した。ロンドン“留学”というか、滞在というか、2年目の時に、父の元防衛庁長官・小泉純也氏が死去したのを受けて帰国し、後継者として出馬したのだ。27歳だった。
その時の選挙公報がある。
選挙公報は、国政選挙の際に候補者の氏名や経歴、政見等が書かれた文書で、選挙ごとに1回、選挙管理委員会から有権者へ発行される。一般には、新聞に折り込まれて各家庭に配布される。れっきとした公文書である。
小泉氏は、初出馬の際の選挙公報の略歴に、<慶応義塾大学経済学部卒業 ロンドン大学政経学部留学>――と載せている。「慶応義塾大学経済学部卒業」にも重大な疑問があるが、それはさておき、まず「ロンドン大学政経学部留学」は、明らかに虚偽記載である。
小泉氏は、初出馬では落選したが、2回目の72年12月の総選挙では当選した。その時の選挙公報にも「ロンドン大学政経学部留学」は記載されていた。3回目以降の選挙公報では「ロンドン大学留学中、父・純也の急死で帰国」と書き改められ、「政経学部」の箇所が消えている。
さて、どういう風に虚偽記載であったか。
小泉氏がロンドン大学の『ユニバーシティ カレッジロンドン(UCL)』に在籍した記録があるのは前出のようにわずか9か月間で、それも経済学の外国人向け特別コースのパートタイムの学生としてだった。実質的には単なる聴講生である。
ロンドン大学には、合計30のカレッジと研究所がある。小泉氏が選挙公報で記載した「ロンドン大学政治経済学部」といえば、『ロンドン スクール オブ エコノミクス アンド ポリティカルサイエンス(LSE)』を指す。ロンドン大学の複数のカレッジのなかでも名門であり、最難関とされる。
しかし、小泉氏が在籍したのはLSEではなく、UCLであり、そもそもカレッジが違う。そのUCLには「政治経済学部」は存在しない。明らかに学歴詐称ではないか。公職選挙法の時効は3年だから、小泉氏が告発されたり、罪に問われることはないが、日大法学部の岩井奉信教授(政治学)が厳しい見方を示す。
「当時の本人に虚偽記載の自覚があったかどうかの判断は難しいが、当選目的のために故意に経歴を改ざんしたということなら明らかに公選法に抵触する。何よりも、自分が通っていた大学名なり学部名を間違えたとすればそのほうがよほど不可解だ」
評論家の小沢遼子氏は、さらに容赦ない。
「留学は、若き候補者だけに有権者にはインパクトがあったはずです。当時は1ドル360円の時代であり、沖縄に行くにもパスポートが必要だった。外国に行くだけでもすごいことだったから、ましてや留学となれば有権者の投票行動にも大きく影響したと思われる。ただ実態は語学学校へ行った程度だったのだから、ドラ息子が遊びに行ったのと同じかと思うと、なんだという気持ちになる。彼はトリックスターですね」
トリックスターは、詐欺師、道化師と訳されている。
(3)「慶応大学5月卒業」の怪
仮にも一国の総理大臣の座にある政治家の大学卒業の事実にまで、疑問を差し挟むのは、正直ためらわれる。が、やはり、事実の検証の上では避けて通れない。小泉氏自身は選挙公報には前出のように、最初から「慶応義塾大学経済学部卒業」と記載している。首相官邸のHPでは「1967年慶応義塾大学経済学部卒業」と紹介されている。卒業後にロンドン留学に赴いたことになっている。
その時系列に疑問を生む2つの文書がある。第1の文書は、大学時代の小泉氏の恩師に当たる加藤寛・慶応大学名誉教授が、小泉氏の首相就任直後の隔週刊誌『プレジデント』01年6月4日号に寄せた『わが教え子 小泉純一郎君へ』と題した署名記事である。次のような記述がある。
<小泉首相が慶応義塾大学経済学部の学生のころ、私のところへ、2、3度質問に訪ねてきたことがある。これが、私と小泉君との出会いだ。もう40年ほど前のことで、質問の内容までは覚えていないが、あのころ私が担当していた経済原論の講義に関するものだったと思う。小泉君は慶応在学中にロンドン大学へ留学するなど、まじめで勉強家だった。(中略)のちに政界へ進んだ卒業生の中では、橋本龍太郎君と小沢一郎君も勉強家だった。彼ら2人と比べると、小泉君は勘を働かせてスイスイといくタイプで、試験などでも、勘が当たった時はすごい力を発揮した>(原文ママ)
加藤教授は、小泉氏が慶応大学在学中にロンドン大学に留学したと記憶していたようだ。首相官邸HPと加藤教授の記憶とでは、留学を軸に考えると卒業時期に齟齬が生じることになる。
小泉氏の卒業時期のあいまいさが、加藤氏の記憶にも影響を与えているのか?
もう一つの文書が財団法人・東京大学出版会が発行している『日本近現代人物履歴事典』(秦郁彦編)だ。小泉純一郎氏の経歴には、<昭35・3県立横須賀高校卒 昭37・4慶応義塾大学経済学部入学 昭42・5同卒 42・7〜44・8ロンドン大学政治学部留学>――と記載されている。
編著者の秦氏は、同書の『序』に記載の基準について次のように書いている。
<全分野から精選した対象者について、履歴を概ね切れ目なく辿り、記録する年譜方式を採用した。日付は原則として年月ベースとし、必要に応じ記録した。確実なデータを得られず、年のみにとどめたものもある>
改めて秦氏に小泉氏を含む政治家の記述の基準を質してみた。
「政治家の場合は、議員が国会事務局に提出している履歴や自伝など関連文献を確認して作成している」
とすれば、小泉氏の国会事務局等への提出文書には、記載項目のような内容が書かれていたと見られる。
この中では小泉氏は、5月に慶応大学を卒業して、2か月後の昭和42年7月から44年8月までの2年2か月間≪ロンドン大学政治学部≫に留学したことになっている。前出の「ロンドン大学政経学部」と≪政治学部≫の表記も一致しない。
(4) 安倍幹事長の語学学校在籍に疑問
問題は、卒業の時期が通常の3月ではなく、5月になっていることだ。小泉氏の他の経歴文書にも、首相官邸HPにも卒業の年が書いてあるだけで、月の記載はない。唯一同事典でのみ5月卒業と明記されている。
さても面妖な。慶応義塾大学総務部に5月卒業がありうるかどうかを尋ねた。
「現在はありませんが、昭和58年(83年)までは、病気もしくは何らかの理由で単位を落とした学生のために5月に追再試を行なっていたので、5月卒業は珍しくはない」
小泉氏の場合はどうか。
「小泉首相が5月卒業かどうかは個人情報にあたるので本人の許可がなければ教えられません。経済学部を卒業していることは事実です」
3月か5月かはともかく、卒業した事実は確認できたが、5月説については、前章の選挙公報虚偽記載疑惑とともに小泉事務所に確認すべく問い合わせたのだが、対応はニベもなく、小泉サイドによる真偽の確認はとれない。
小泉首相の留学詐称疑惑が発覚したからといって、安倍幹事長の“留学詐称”が晴れたわけではない。
こちらもだんまりを決め込んでいる。古賀氏の追及では安倍氏自ら「議員辞職が相当だ。党に調査委員会を設けて徹底的にやる」と、大ダンビラをふりかざした気負いと勢いは本誌の疑惑指摘以後、すっかり消え失せ、影をひそめている。ごく近いうちに、安倍氏が自分の留学疑惑の説明をすることがあることを信じて、もう一つ、その際の釈明項目を指摘しておきたい。
安倍氏は、後援会誌やホームページに自らの経歴を「成蹊大学法学部政治学科卒業、引き続いて南カリフォルニア大学政治学科に2年間留学」と書いていた。本誌は、同大学への在籍は1年だけで、政治学科在籍は虚偽だと指摘した。それに対して安倍事務所では、
「南カリフォルニア大学に入る前に、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の語学学校に通った」
と本誌に答えていた。しかし、当の語学学校(『アメリカン ランゲッジ インスティテュート』)に問い合わせると、
「シンゾウ・アベが当校に在籍したいかなる資料、記録もない」(同校記録係)
――“予想外の”答えが返ってきた。
この際、政権の屋台骨を担う小泉首相、安倍幹事長は、指導者らしく道義的潔白を証明するために、公の場で自らを語るべきではないか。