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下記は、カルト問題サイトを作った経緯。
裁判所よりも兄弟姉妹。
そして、良識ある宗教者に検討してもらうのが第一。
後の事は後に。
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<事件 1>
1988。
ドイツで働いていた頃。
あの国は、日曜日になると、町全体が休日の雰囲気になる。
私の店も、店休日になるのが多かった。
私は教会に通い始めた。
・・・・・・・
私の職場には、創価学会員と、反創価の派閥の対立があった。
ある日、私は先輩(創価学会員)に、教会に行っている事を話したら・・・その日から態度が変わった。
その先輩は、何かあるたびに{おまえが悪い。全部おまえが悪い! と。}イジメるようになった。
反創価の先輩に聞いたら・・・あの組織の連中は、{狙いをつけた者を、イジメぬいて・・・その後、飲みに連れて行って・・・優しくして・・・組織員にさせてしまう。}との事。
卑怯な連中だ!
当時は、そうだった。
私は屈しなかった。
<事件 2>
1991、日本に帰国して後・・・。
徹底的にモルモットにされた。
私は、未熟な異言者だった。
狂わされた?新婚だった。ショックで、記憶が断片的だ。
その後の職場でも、あの組織の女性上司から、いろいろ言われた。{あなたと私は黒い糸で結ばれている。とか、一生面倒みる、とか・・。}当時は、何を言われているのか分からなかった。
妻もいた。
記憶が断片的だ。
・・・家庭は崩壊した。
記憶を取り戻したのは、崩壊後、1995年 5月だった。
私は戦い始めた。
SGI はあらゆる手段を用いる。
くの一も。
でも、所詮・・・闇の力
<事件 2 その後>
1995、再度、創価学会に集中的にモルモットにされていた時・・・。
創価に、寄ってたかって{マロとかチンとか言ってみろ!}と言われた。
私がウメボシと言われる者だからだ。
私は生き証人だ。
私は、キリスト教徒だからあまり気にしない。
むしろ、上手な仕事を考える。
<事件 3>
あれは、カナダで働いていた時の事。
1997より。
どの職場にも、日本人スタッフに、創価学会員・SGI がいた。
常に流言蜚語・陰口に苦しめられた。
カナダ市民も洗脳していくカルトの策略。
虜になるべき者が虜になるのか!?
私は、証しを蓄積していった。
証しの手紙を、各方面に大量に送付して後、2001年 帰国した。
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私は、誰が何を信じようが自由だと思います。
自分の信じるものを堂々と名乗って、皆と協調して生きて行くのが国際社会。
そのはずです。
<自由共和党> 更新 1月6日
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