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狂牛病とアメリカ【田中 宇の国際ニュース解説】
http://www.asyura2.com/0401/it05/msg/752.html
投稿者 クエスチョン 日時 2004 年 7 月 12 日 19:34:49:WmYnAkBebEg4M
 

 その昔、僧侶は医者であり学者であり教育者でありマスコミ(情報発信
者)であった。大戦中、陸軍軍人より海軍軍人のほうが開明だったと聞く。
外の世界の情報に接する機会が多いからである。今、情報に多く接する者
と言えばインターネットをやる人々だろう。
 阿修羅の場合他の板からIT板にたどり着く人の方が、IT板→他の板
のパターンよりも圧倒的に多いとは思う。しかし、技術馬鹿になりたくな
い人は、下記のような記事を読むことはとても有益だろう。今現在、自分
たちがどういう世界に生きているかを意識することは、セキュリティにつ
いて考える時などとても大事なことだと思うからである。どういう世界に
生き、さらに外の世界への問題意識を持つかどうかで、同じセキュリティ
情報に接するにしても、気づきも理解の深さも全然違ってくるはずである。
これは、小生自身の体験と実感である。



狂牛病とアメリカ【田中 宇の国際ニュース解説】
http://www.tanakanews.com/e0706BSE.htm

2004年7月6日   田中 宇


 アメリカ東海岸のニュージャージ州に住むフリーランスライターのジャネット・スカーベック(Janet Skarbek)さんが、その「異常さ」に気づいたのは昨年、地元新聞の訃報欄で同じ町に住むキャロル・オリーブ(Carol Olive)という女性が死んだという記事を読んだときだった。

 記事によると死因はクロイツフェルト・ヤコブ病だったが、スカーベックの友人だった別の女性も3年前の2000年に同じ病気で死んでいた。スカーベックは、ヤコブ病は100万人に1人しかかからない病気だと聞いていたので、そんな奇病にしては自分のまわりで起きる確率が高いのではないかと奇異に感じた。

 死亡記事をさらに読み進むと、もっと奇妙なことに気づいた。ヤコブ病で死んだ2人は、同じ職場に勤めていたことがあるのだった。その職場は「ガーデンステート競技場」という地元の陸上競技場で、そこにはスカーベック自身の母親も勤めていたことがあったので、よく知っている場所だった。(ガーデンステートはニュージャージ州の別名)

 100万人に1人の奇病が、同じ職場から3年間に2人も出るのはおかしい。そう感じたスカーベックは、地元新聞の訃報などを使い、地元におけるヤコブ病での死亡を調べてみた。すると、さらに驚くべきことが分かった。ガーデンステート競技場の約100人の職員のうち2人、競技場の会員パス(一定料金で何回でも入れる常連者用の定期券)の保有者1000人のうち7人がヤコブ病で死亡していたのである。このほか、競技場内のレストランで食事したことがあるという人がヤコブ病で死んだケースも見つかり、合計で13人の競技場に出入りしていた人々がヤコブ病で死んだことが分かった。(関連記事

 こうした事実を突き止めたスカーベックは、競技場内のレストランで出した牛肉に狂牛病に感染したものが混じっており、それを食べた13人がヤコブ病にかかったのではないか、と推測した。13人はいずれも、1988年から92年の間に競技場のレストランで食事した可能性が高かった。

▼発生の歴史

 狂牛病(牛海綿状脳症、BSE)は、牛や羊などに発生する脳の病気で、動物の体内にある「プリオン」と呼ばれるタンパク質が突然変異し、異常プリオンが脳や脊髄で増えると発病すると考えられている。(異常プリオンは正常プリオンと合体して2つの異常プリオンに変化する)

 異常プリオンを含む肉や飼料を食べることによって、狂牛病の感染が広がっていくと考えられている。狂牛病にかかった牛の脳や脊髄、それらが混入したひき肉などを人間が食べると、異常プリオンが体内に取り込まれ、数年間以上の潜伏期間を経て、変異性のヤコブ病にかかる可能性がある。

 世界の食肉業界では、とさつ(注)した家畜の体の部位のうち、肉など使い道がある部分を取り去った残りの部分(臓器や骨、脳など)を高温で溶かして獣脂(食品材料などに使われる)を採取する「レンダリング」と呼ばれる工程を行う。

(注:「とさつ」は漢字で書くと「屠殺」だが、この言葉は差別的な感じがするということになっているらしいので、役所の文書と同様、本記事ではひらがなで表記する)

 獣脂を採った残りは粉末(肉骨粉)にして、家畜の飼料や、子牛が飲む人工乳に混ぜること多かったが、1970年代の石油危機を受けてレンダリング工程の効率化が進んだ結果、狂牛病にかかった牛の脳などの異常プリオンがそれまでのようにレンダリングで分解(不活性化)されず、そのまま飼料や人工乳の中にまぎれ込んで他の牛に狂牛病が感染する事態になり、1980年代にイギリスで狂牛病の大量発生を招いた。

 イギリスでは狂牛病で100人以上の死者が出たが、感染したが発症していない人はもっと多いかもしれない。最近、手術で取り出されて保管されているイギリス人の盲腸や扁桃腺の細胞の中に異常プリオンがないか検査したところ、1万2千人分のうち3人分が以上プリオン感染していることが明らかになった。この確率をイギリスの人口に乗じると、イギリスではすでに4000人ほどの感染者がいる計算になる。(関連記事

(異常プリオンの存在を検査するには、体内の組織を取り出して調べるしかなく、遺体や、切り取った盲腸などに対する検査以外のやり方しかない)

▼当局は狂牛病原因ではないというが・・・

 ヤコブ病には、狂牛病が原因で起きる「変異性」のほかに「散発性」というのがあり、こちらは遺伝などいくつかの原因によって起きるとされるものの、まだ解明されていない。変異性と散発性では患者の脳波に違いがあり、発病する年齢も散発性は40歳以下ではほとんど発症しないのに対し、変異性は10-30歳代に多いという違いがあるが、両者は症状が似ているので誤診されがちだということが、最近の研究から分かっている。

 スカーベックが突き止めた13人の死因は、いずれも散発性のヤコブ病と診断されていた。散発性ヤコブ病は100万人に1人しか発症しないが、競技場の従業員や会員の発症率は、その何千倍という大きさだった。スカーベックは、13人は散発性ヤコブ病ではなく、レストランの牛肉から感染した狂牛病原因の変異性ヤコブ病で死んだのが散発性と誤診されたに違いないと考え、昨年夏ごろ、疾病対策予防センター(CDC)と農務省に自分の調査結果を伝えた。(関連記事

 当局からは何の返答もなかったが、昨年12月、アメリカ北西部ワシントン州の屠場で狂牛病の牛が見つかり、全米が大騒ぎになった後、スカーベックの調査は一気に米内外のマスコミの注目を集めるようになった。その後、CDCから依頼を受けた地元ニュージャージ州の保健局がスカーベックの調査について再度検証したが、その結果は「13人は全員が散発性ヤコブ病の症状であり、変異性ではない。アメリカでは狂牛病は発生しておらず、変異性のヤコブ病が起きることはない」というものだった。

 その間にも、スカーベックのもとにはマスコミでの報道を見て「ヤコブ病で死んだ私の家族も、あの競技場の通っていました」と遺族が報告してくるケースが3つあった。その1人はニューヨークの球団ジャイアンツの支配人だったジョージ・ヤングの妻で、ニューヨークタイムスの記事を見て「私たち夫婦も、あの競技場のレストランで食事をしました」と電話してきた。(関連記事

 スカーベックは、牛肉の流通範囲はかなり広いだろうから、自分が見つけたケースは狂牛病被害全体の氷山の一角にすぎないのではないかと考えている。問題の競技場は、経営不振のため昨年閉鎖され取り壊されており、レストランの過去の肉の仕入れ状況などを今から調べることは難しくなっている。

▼日本人も食べていたカナダ産の狂牛病

 スカーベックは医学や獣医学の専門家ではないので、この件だけを見ると、CDCや農務省の方が正しい可能性もある。だが、アメリカで起きている一連の狂牛病関連の出来事を見ると、米政府、特に農務省は、消費者の安全よりも牧畜業者など生産者の利益を重視していることが感じられ、米国内で狂牛病に感染した製品が流通していたのに、米当局はそれを看過していた可能性がある。

 たとえば昨年まで、狂牛病が発見されているカナダからアメリカに大量の生きた牛が輸入され、狂牛病検査がおこなわれることなくとさつされ、流通していた。(米当局は昨年5月からは、カナダ産の牛と牛肉の輸入を止めている)。

 今年2月、この状況を調べた国際専門家委員会は、カナダで狂牛病の発生が確認された1993年から、日本で狂牛病対策が採られた2001年まで、カナダ産の狂牛病の異常プリオンを含んだ食品が、アメリカを経由して日本にも輸入され続けていた可能性があると指摘した。2001年に日本で狂牛病騒ぎが起きたとき、日本の外食産業の中には「うちはアメリカンビーフだから安全」と宣言していたところがあったが、実は正反対だった可能性がある。(関連記事

▼業界に乗っ取られたアメリカの役所

 ニューヨークタイムスによると、農務省の広報担当責任者であるアリサ・ハリソンは、アン・ベネマン農務長官によって現職に任命される以前は、牛肉産業の業界団体である「全米牛肉協会」の広報担当部長をしていた。ハリソン女史は、牛肉生産者のために米政府による安全強化政策に抵抗したり、「アメリカには狂牛病は存在しない」と主張するプレス発表をおこなうことなどが仕事だった。(関連記事

 ハリソン女史は、農務省に入ってからも「アメリカには狂牛病は存在しない」とする発表資料を作り続けたが、農務省に入ることで、彼女は自らの主張を「業界」の主張から「国家」の主張へと格上げすることに成功したことになる。

 このほか、ベネマン長官のもとで政策を立案している農務省の高官たちの中には、畜産や農業の業界団体の戦略家から転進してきた人が多い。たとえば長官の首席補佐官をつとめるデール・ムーアは全米牛肉協会の首席ロビイスト(政府に圧力をかける担当)だった。農務省は、業界に乗っ取られている感がある。ブッシュ政権は、選挙時に政治献金をもらう見返りに、業界の戦略家が官庁に入って業界寄りの政策を立案することを許したのだと思われる。(関連記事

 こうした傾向は農務省だけの話ではない。電力自由化をめぐっては破綻したエンロンがホワイトハウスなどに対して大きな影響力を持っており、エンロンなど売電業界の主導で電力自由化が進められた結果、カリフォルニアなどで大規模停電が起きた。イラク戦争に際しても、チェイニー副大統領が以前経営していたハリバートン社や、共和党と結びつきの強いベクテル社など一部のインフラ整備会社が無競争で儲かる仕組みが作られている。(関連記事

 業界と政府が癒着するのは、ある程度ならどこの国にもある話だ。日本でも農林水産省などは、消費者より生産者を重視しすぎていると批判されている。だがアメリカの場合、業界の侵入の仕方がもっと本格的だ。業界の戦略家が役所の要職に就き、直接政策を作ってしまう。

 これは「自由化」「規制緩和」の名目で1980年代のレーガン政権時代から徐々におこなわれてきた流れの究極形である。役所には、業界が悪いことをしないよう、国民に代わって監督する役割がある。自由化は「業界には自主規制する自浄能力があるので、役所の監督機能をある程度低下させた方が、経済活性化には良い」という理論で拡大されたが、今のアメリカの役所は業界に乗っ取られ、監督機能が低下しすぎている。

▼検査結果が出る前に7州に販売されてしまった

 1980年代にイギリスで狂牛病が大発生して以来、米農務省は「アメリカでは狂牛病は発生していない」と主張し続けてきた。だが、農務省は牛肉業界の圧力を受け、米国の狂牛病検査はごく限られた量しか行われてこなかった。狂牛病の確率が比較的高いと考えられる自力で歩けなくなった牛(へたり牛、ダウナー牛)のとさつ数の約1割にあたる年間2万頭前後に対してのみ検査が行われていた。全米で年間にとさつされる3500万頭の牛のうち0・05%しか検査していなかったことになる。

 毎年1000万頭が検査されるEUや、毎年120万頭の全頭が検査される日本に比べ、アメリカは検査に消極的だった。特に、大手の屠場の中には全く検査をしていないところもあり、昨年末に狂牛病の牛が確認された西海岸のワシントン州では、州内700カ所の屠場のうち、検査をしているのは100カ所以下しかなかった。米当局がアメリカで狂牛病が発生していないと主張していたのは、検査対象が非常に少なかったことに起因していた可能性がある。(関連記事

 昨年12月、ワシントン州でとさつ時の検査の結果、狂牛病の牛が見つかった。これはアメリカで見つかった初めてのケースだったが、農務省は、問題の牛は2003年5月に狂牛病発生が確認されたカナダのアルバータ州で育ち、その後アメリカに輸入されているため、米国内で狂牛病が発生したことを意味しないと弁明した。

 ところがその一方で、ワシントン州で見つかった狂牛病の牛の肉は、そのまま市場に流れ、米国内の7つの州とグアム島(米領)で販売されてしまった。本来なら、検査結果が出るまでとさつした牛を出荷すべきではないのだが、検査体制がそうなっておらず、狂牛病だと分かったときには、すでに出荷された後だった。

 自由化政策によって市場原理を重んじるアメリカでは、不良品を回収する判断は業界に任される傾向が強く、肉が狂牛病感染していると分かっても、当局は業界に強制的に回収廃棄させる権限を持っていない。回収が業界の自主的な判断に任された結果、狂牛病の牛の肉やその他の部位が広く流通してしまった。(関連記事

▼アメリカの検査態勢は世界最低?

 英ガーディアン紙によると、アメリカの獣医や食品検査官など関係者自身の間で、アメリカの狂牛病検査態勢は世界最低の水準であると考えられている。そして、昨年末の狂牛病発生について「発生自体は驚きではないが、当局がその事実を発表したことは驚きだ(当局は発生を隠すだろうと関係者の間では思われていた)」というジョークが流れたと報じている。(関連記事

 この記事によると、米農務省のある幹部は「(イギリスで狂牛病が発生した)1980年代以来(異常プリオン混入の可能性が強い食品の一つであるひき肉を使っている)ハンバーガーには触らないようにしている。小さな子供がハンバーガーを食べているのを見て、非常に危険だと憤りを感じた」と発言し、物議を醸したという。

 異常プリオンは、牛の脳や脊髄、目、腸の一部(回腸遠位部)に多く蓄積する半面、それ以外の肉や内臓には蓄積されない。牛肉の切り身やステーキなどを食べている分には感染しないが、ひき肉の場合、屠場などでの管理が不十分だと、異常プリオンを多く含む部位が混じる恐れがある。アメリカの新聞には「ひき肉を食べたいときは店で買わず、肉の塊を買ってきて自宅でひき肉を作れば安全だ」と勧める記事も出ていた。(記事によると、アメリカのひき肉は最大400頭の牛の肉の寄せ集めである)(関連記事

▼へたり牛の禁止で政治的手打ち

 昨年末、米ワシントン州で狂牛病が見つかった直後、日本や韓国など、世界の10数カ国が米国産牛肉の輸入を禁止した。日本では、2001年9月に国内で狂牛病が確認された後、国内でとさつする牛のすべてに対して狂牛病の検査を施している。アメリカで狂牛病の牛が発見されたことに対し、日本政府は即座にアメリカからの牛肉などの輸入を全面禁止にする措置をとり、日本国内で行われているような全頭検査がアメリカでも実施されない限り、アメリカからの牛肉や関連製品の輸入は再開しないと決めた。

 日本政府からの全頭検査の要求に対して、アメリカの牧畜や食肉の業界からは「非科学的なので不必要だ」という反発が出た。狂牛病の感染は子牛の間に起きるが、その後潜伏期間があり、生後30カ月(2年半)以上にならないと発症しないケースがほとんどである。感染しても発症しないと狂牛病検査で見つけることができないので、生後30カ月以下の牛を検査しても意味がない、というのがアメリカ側の主張である。

 業界の圧力を受けた米農務省は、日本が出した全頭検査の要求を断った。その代わり、狂牛病の疑いが健康な牛よりも大きいへたり牛(ダウナー牛)を食肉として流通させることを禁じる規定を新たに設けた。食肉業界からは「へたり牛の中には、怪我をして立てなくなった牛もおり、それらは狂牛病とは関係ない。へたり牛をすべて禁じるのは無駄が多すぎる」という反発が出た。(関連記事

 米政府がへたり牛を規制することで狂牛病検査の対象を広げずにすませられると考えた背景には、こうした現実論とは全く別の要因があった。民主党の中に、へたり牛の肉の流通を禁じるべきだと以前から主張していた議員が多く、彼らを納得させる見返りに狂牛病の検査を広げず、この問題を共和党ブッシュ政権に有利なように解決しようとする政治的な駆け引きがあったようだ。(関連記事

 本来、米農務省はへたり牛の食用流通を禁じるのではなく、へたり牛に対する狂牛病検査を義務づけるべきだったが、そうした展開にはならず、問題は政治的に解決されるかに見えた。ところが今年2月になって、昨年末にワシントン州で狂牛病の牛はへたり牛ではなかった、という証言が出てきた。これは、へたり牛でなくとも狂牛病になっていることがある、という実証例だった。農務省は「問題の牛はへたり牛だった」と発表したが、問題の牛を屠場まで運んだトラックの運転手、屠場の作業者と経営者が「牛は自力で歩いていた。へたり牛ではない」と証言した。(関連記事

 さらに今年4月には、テキサス州で脳に障害があると観察されたへたり牛が検査なしでとさつされ、その肉が規制を無視して市場に流通していたことが報道で暴露された。当初、屠場の担当検査官はこの牛を検査した方が良いと考え、農務省傘下の研究所に送ったが、農務省の上級検査官が検査しなくても良いとする決定を下していた。そして、この上級検査官から現場の関係者に対し、へたり牛の肉が出荷されたことについて口外するなと示唆する電子メールが送られていたことまで暴露された。(関連記事

▼「科学的」と称する詭弁戦略

 このように米農務省は、米国内での牛肉の安全管理について、米国民の信頼を失墜させるようなことをいくつもやっているが、日本に対する主張も正しいものとは思えない。農務省は、日本が行っている全頭検査に対して「生後30カ月未満の牛を検査しても感染を感知できないのだから、日本のやり方は非科学的だ」と主張しているが、これは間違った指摘であると思える。

 日本では検査の結果、これまでに11頭の狂牛病が発見されているが、このうち昨年10−11月に見つかった2頭は、生後23カ月と21カ月で、これまで狂牛病に発症することはないと思われていた若い牛だった。(関連記事

 日本で見つかった狂牛病の若い牛の脳組織の一部は米当局に渡され、米農務省が検査したところ、狂牛病ではないという結果が出た。このためアメリカ側では、日本の検査体制に対する批判も出ている。ところが、この主張もよく見ると間違っている。(関連記事

 狂牛病の検査には何種類かの方法がある。それぞれ長所と短所があり、アメリカは2−3種類、日本は4種類の検査を組み合わせて判定する。アメリカが決め手の検査方法と考えている「免疫組織化学的検査」は、日本でも行われており、問題の牛の検査結果は日本でも陰性(感染なし)だった。だが、日本では行っているがアメリカで行われていない「ウェスタンブロット法」という検査の結果が陽性で、そのために日本側は問題の若い牛を狂牛病であると判断した。(ウェスタンブロット法はEUで採用されている)(関連記事

 多くの場合、狂牛病の感染は、牛が幼いころに起きている可能性が大きい。プリオンは高分子のタンパク質の一種だが、正常プリオンを含む一般のタンパク質を食べた場合、胃で消化されて酵素によって分解されるが、狂牛病の異常プリオンは酵素で分解されない。牛でも人間でも、大人の場合はプリオンのような高分子タンパク質は、胃で分解されなければ腸を素通りして便として排出されるが、幼い時期には免疫力を作るため回腸からタンパク質を体内に取り込んで抗体として利用する機能を持っている。このメカニズムが働くと、異常プリオンが体内に取り込まれてしまう。人間の変異性ヤコブ病と牛の狂牛病は、いずれも子供の時期に感染することが多いと考えられている。(関連記事

 免疫組織化学的検査は、脳のサンプル組織を正常プリオンと異常プリオンが異なる色になるように染め上げて顕微鏡で観察するのに対し、ウェスタンブロット法は正常プリオンと異常プリオンの大きさの違いを利用して分離して確認する検査方法だ。狂牛病は子牛のうちに感染しても、発症する牛の99・95%は生後30カ月以上の大人の牛である。感染していても発症していない若い牛の場合、免疫組織化学的検査で陰性、ウェスタンブロット法の検査で陽性と出るのではないかと思われる。(関連記事

 感染していても発症していなければ、異常プリオンの量は少ないだろうから、そうした牛を食べても問題は少ないかもしれない。そのあたりが米側の「科学的」の根拠であるようだ。だが、狂牛病の感染・発症過程は解明されていないことがあまりに多い。子牛は発症しなくても感染している場合があるのなら、子牛に対しても検査をした方が良いと考えるのは間違っていないし「非科学的」でもない。

 一般に、内実が複雑な環境や衛生の国際問題は「政治」を「科学」にすりかえて論争に使うことが多いので注意が必要だ。「科学的」と主張されると真実のように思ってしまうが、実は政治的な策略に基づいて、自分たちに都合のいい説がつまみ食い的に持ち出されているだけだったりする。

▼「検査するより日本が折れるのを待て」

 昨年末以来、日本への輸出ができなくなったアメリカの牛肉生産者の中には、日本が求める全頭検査を行っても良いから日本への輸出を再開したいと思うところが何社も出てきた。米国内市場だと1ポンド(450グラム)あたり1ドルでしか売れない牛肉が、日本では6ドルで売れるため、日本向けの肉は検査コストをかけても十分に儲かる。そのため2つの牧場が米農務省に対し、自費で検査を行いたいと申請したが、却下されてしまった。(関連記事

 農務省は、自分たちが行っている狂牛病検査は、一頭ずつの牛が狂牛病ではないことを証明するための検査ではなく、狂牛病が米国内で流行していないかどうかという全体的、統計的なことを調べるための検査であることを、却下の理由として挙げている。農務省に頼らず、民間で検査を行う方法もありえるが、アメリカでは役所が行った検査だけが正当なものであるとする法律があり、民間が勝手に検査を行うことが許されていない。(関連記事

 米国内で唯一検査の権限を持っている農務省に「一頭ごとの持ち込み検査は受け付けない」と断られた業者は、検査を行える道を完全にふさがれてしまった。一頭ごとの牛が安全かどうかを調べる検査を行わないというのは、消費者のための検査は行わないということである。日本は輸入禁止にしたからまだ良いが、国産牛肉を食べないわけにはいかない米国民は、悲惨な状況に置かれている。

 アメリカの牛肉業界団体と大手4社の生産者は、日本向けだけに狂牛病検査を認めると、米国内の消費者も検査を求めるようになり、やがてすべての牛を検査しなければならなくなり、膨大な費用がかかるとして検査に反対している。農務省は彼らを意を受けて、できるだけ検査を行わない戦略を採り、検査をやりたいという一部の生産者に対しては「今年秋には日本政府と政治的な折り合いをつけ、検査を実施せずに対日輸出が再開できると思われる。もう少し辛抱すれば、検査費用なしで日本に輸出できるようになる」と説得している。

 実は狂牛病の検査費用は高くない。日米とも、最初に行う検査は一度に数十頭を検査できる「エライザ法」で、この検査だけでほとんどの牛は狂牛病ではないと判断されるが、この検査の一頭あたりの費用は3000円前後(15−30ドル)で、牛肉100グラムあたりの検査費用は1円ほどになる(1頭で300キロの肉と計算)。(関連記事

 検査をやりたがらない農務省に反発し、消費者運動の強いカリフォルニア州の議会上院では、州内の牛肉生産者が狂牛病の検査を行えるような新法が民主党から提案されている。この法律が実現すれば、農務省の方針と真っ向から対立することになる。逆に牛肉生産者が多いワシントン州の議会上院では、民間の狂牛病検査を許すなと提案する共和党議員がおり、政治的な利権臭に満ちた話になっている。(関連記事

▼信用できない米牛肉業界の自主規制

 昨年末以来、日米政府が続けている交渉の状況を見ると、農務省の予測通り今秋には、生後20カ月以下の牛に限定して、再び日本が狂牛病検査をしていない米国産牛肉の輸入を解禁する可能性が出ているが、これは安全性が確保されたからではなく、政治的な決着であり、米国内における狂牛病の危険性は何も変わらないままである。米国産牛肉の輸入が再開されれば、日本の外食産業の中には「アメリカ牛は安全です」とまた言い出すところが出てくるだろうが、それを信じない方が良い。安全性は向上していない。

 牛肉の貿易問題は以前から政治色が強い。2001年に日本で狂牛病が確認された際、アメリカは日本からの牛肉の輸入を禁止し、その措置は日本が全頭検査を実施しても変わっていない。日本の牛肉はアメリカの何倍も高いので、日本にとっての経済上の悪影響は少ないが、アメリカでは今も日本からの牛肉の輸入は禁止されている。

 アメリカでは狂牛病検査の対象を年間2万頭から20万頭に増やすと発表されている。このアメリカのやり方は、狂牛病が発生していないことを前提にしたモニタリング検査を拡大したもので、日本やEUのような一頭ごとの狂牛病の有無を確認する検査体制とは違う。日本では年齢を問わず、EUでは生後24−30カ月以上の牛を対象に、全頭検査が行われている。アメリカ(やカナダ)では、へたり牛など症状が出ている牛に対してのみ検査が行われており、感染しても発症していない牛に対しては、対策が採られていない。

 とはいえ、これによって割を食っているのは米国内の消費者だけで、日本が輸入する牛が生後20カ月以下に限定されれば、EUからの牛肉輸入とだいたい同じ条件である(EUでも生後24カ月未満の牛は検査されていない)。ところがアメリカの場合、他にも問題がある。日本に輸出される牛が本当に20カ月以下だけに限定されているかどうかは、業者の「自主規制」に委ねられ、公的に確認する作業は行われないだろうという点である。

 イギリスでの狂牛病発生後、アメリカ政府は、牛の肉骨粉を混ぜた飼料を牛に食べさせてはならないという規則を作ったが、2002年に米議会の調査部門(GAO)が調べたところ、この規則はあちこちで破られており、規則自体を知らない牛肉生産者も多かったという報告が出ている。(関連記事

 すでに書いたように、アメリカの屠場の多くは、狂牛病検査そのものをやったことがない。狂牛病に対する危機感は薄く「うちの牛は大丈夫だろう」という意識の生産者が多いと思われるだけに、米業界の自主規制は信用できない。

▼危険なのはアメリカだけではない

 とはいうものの、狂牛病が危険なのはアメリカだけではない。たとえばフランスではこれまで、過去13年間に900頭の狂牛病が発見されたとされていたが、最近の調査では、実は同期間に30万頭の狂牛病がフランスにいた可能性が指摘されている。それらはすでに仏国民の口に入ってしまった。(関連記事

 アメリカ産は危険だがオーストラリア産は安全だというのも、まだ発症が確認されていないだけかもしれないと考えれば、確信できるものではない。オーストラリア政府は、自国には狂牛病は存在しないと宣言し、モニタリング型の検査だけをやっている。これは、アメリカやカナダの政府がとっていたのと同じ態度である。

 牛肉を食べないという手もあるが、肉そのものを食べなくても、肉以外の獣脂や肉骨粉などが回りまわって混入しているかもしれない食品はたくさんあり、それらのものを完全に回避するのはほとんど無理である。

 狂牛病の異常プリオンは、脳や脊髄、目、腸の一部(回腸遠位部)に多く蓄積されるだけで、切り身の肉や牛乳には混じることはない。ひき肉やソーセージ、サラミなどは、牛のどの部分が混じっているか消費者が見ても判断できないので、これらの製品を食べないようにすれば、異常プリオンの摂取は、ある程度は防げるかもしれない。(関連記事

▼米経済自滅作戦と狂牛病

 もう一つ、的外れかもしれないが心配なのは、アメリカの狂牛病発生は、もしかするとアメリカ上層部に自国経済を自滅させようとしている勢力がいることとつながっているのではないか、という懸念である。これまでに何本かの記事に書いたように、911事件後のアメリカでは、ウソをついてイラクに単独侵攻して占領の泥沼にはまったり、無意味な間違いテロ警報の乱発や財政赤字の急拡大、技術力の要となる外国人研究者に対するビザ制限、ドルの権威を揺るがすアジア共通通貨の推進など、自国経済にマイナスになるような政策や外交戦略が相次いで打たれている。(関連記事

 私はそれらの動きを「米中枢に国際協調体制を作りたい勢力がいて、彼らは自国を衰退させ、EUや中国、ロシアなどを勃興させようとしている」ということと関連づけて考えている。狂牛病騒ぎの場合、アメリカで初めて狂牛病の牛が見つかった時期が昨年末のクリスマスシーズンで、ちょうどフランスなどからアメリカに向かう飛行機にテロリストが乗っているとして米政府が飛行禁止を命じ、数日後に大間違いと分かったのと同時期だった。このとき私が感じたのは「間違ったテロ警報で、米当局がクリスマスの消費増に冷水をかけたのと同様、狂牛病が見つかっても検査をしないことで、米国産牛肉が海外で売れないようにしたい勢力が米中枢にいるのではないか」ということだった。

 イラク侵攻のケースを見ると、国際協調派は、米中枢の軍事産業やイスラエル系の勢力など、他の利権集団が希望していたイラク侵攻を、換骨奪胎して失敗する形で実現し、自国を弱体化させている。北朝鮮との関係も、アメリカは強硬姿勢を貫くことで、中国や韓国が北朝鮮とアメリカ抜きで仲良くし始める状態を生んでいる。これらと同様、狂牛病に関しても、検査に強く反対している牛肉業界の意を受けて強硬姿勢をとりつつ、実は日本などの輸入先がアメリカから牛肉を輸入しない状態を続けさせようとしているのではないか、と思われる。

 この見方が正しいとすれば、日本が米国産牛肉の輸入を再開すると、再びアメリカで狂牛病が起こり、日本側が輸入を止めたくなる事態になるかもしれない。ただし、私のこの見方は、他の問題に対して米政府が行っていることからの類推で考えたものであり、明確な根拠のある分析ではない。


●関連記事など

むぎをの夜話 アメリカ産牛肉の輸入と狂牛病(BSE)

BSEとアメリカ産牛肉輸入禁止問題

国産牛肉の安全性に関する講演会

日本のBSE(ウシ海綿状脳症)リスク分析(吉川泰弘)

Ill Texas Cow Killed Before It Was Tested

USDA did not test possible madcows

Feds may investigate Canadian beef imports

Don't trust USDA about mad cow

A Strange Ban on Testing Beef

Blossoms over beef: The ban remains the same

Mad Cow Case Casts Light on Beef Uses

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