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2004年01月16日
「私は誰?」電子認証のリスクが自由を殺す
日経が15日付の紙面で「パスポート申請・確定申告...自宅からネットで、電子認証サービス まず4県で」という記事を掲載した。要するにインターネットを介して自宅から手続きが可能になるというものだ.このネット経由の申請は、2005年に本格稼働するといわれている電子政府構想の一環としての行政手続きのオンライン化で、最終的には21000種類の行政上の申請をネット経由で可能にするという。
このシステムは住基カードを使って本人認証を行うことが考えられている。ぼくは住基ネット・カードは、個人の市民的な自由を侵害しかねず、政府や一部民間企業による個人生活への監視技術になりうるから反対だが、いまここでは住基ネット問題についてというよりも、「パスポート申請」と書かれていることにこだわっておきたい。すでに、パスポート申請を住基ネットワーク経由で行えるような旅券法の規則改正は2003年3月に実施済みだ。(毎日2003・3・31)問題は、文字通りオンラインでの申請を可能にする条件が整うということがどれだけのリスクを僕たちが負うことになるかという点にある。
この記事ではパスポートが将来的にどのようなシステムになるのかについては何一つ言及されていない。総務省はそんなことは法務省に聞いてくれ、というのだろうか? 法務省は現在、旅券法の改正を検討している。それは、米国政府がビザ発行手続きを変更して、米国入国者のパスポートがバイオメトリックスデータを含んでいない場合には、従来はビザ無し渡航を許可していた国であってもビザ取得を義務づけるようになったからだ。(短期渡航は別)これに連動して、各国政府は自国のパスポートの仕様をみなおして、バイオメトリックスの組み込みが進められている。米国のいう市民的自由がいかに底の浅い排外主義的なものかを見せ付ける米国政府の対応だった。
さて、すでに進行しつつあるバイオメトリックス・パスポートへの切り替えを前提とした場合、こうしたパスポート申請をすべてオンラインで処理するには当然のことだが、バイオメトリックス情報のやりとりが必要になる。こうして将来のことだけでなく、現行の場合も決して便利にはならない。パスポートには顔写真が必要だが、現状の顔写真入り住基カード(Bタイプと呼ばれたりする)の写真は単なるアナログの記念写真でいいので、これをオンライン上で申請書に添付してパスポートの写真に使えるわけではないから、結局のところ旅券事務所に出向くという面倒な手続きは省けないことになる。とすれば、わざわざパスポートの申請のために住基カードを利用する人はいないだろう。
しかし、政府が宣伝してやまない住基カードの「利便性」を徹底して実現したいというならば、住基カードの顔写真をデータとしてパスポートにも利用でき、同時にバイオメトリックスデータを住基カードに組み込むことが必須条件となるだろう。パスポート申請を住基カードの連動させ「利便性」を実現させるには、必然的にバイオメトリックス情報の住基ネット・カードとの連動が避けられないと思うのだ。指紋には抵抗があっても顔認証ならやりやすいという思惑も見え見えだ。
このことにはさらに付加的なメリットが民間業界に発生する。言い換えれば僕らには付加的にプライバシーがさらに裸になり、いちじくの葉っぱすら残されているかどうか怪しくなるわけだが。どういうことかというと、いま国内の大手航空会社は航空券の発券にバイオメトリックスを導入するために実用化の実験をおこなっており(InternetWatch)、このバイオデータが住基のバイオデータと連動すれば「便利」そうだと思われるからだ。こうしてバイオデータは、官民が共用し、さらに国境を越えて米国も同一のデータを保持する。グローバルにバイオメトリックスによる個人の特定が可能になるというわけだ。
日経のこの記事は総務省によるパブリシティの色彩が強く、記事後段には、日経自身の評価として、住基ネットに接続されていない自治体では使えないサービスであることやカードの発行が300万枚という当初の予想に反して84万枚しか発行されていないなど普及に課題が残るとしている。しかし、基本的な問題はそんなところにあるわけではない。たぶん、住基カードの個人認証は今後長期的に見てかなり大きなリスクを背負い込むことになる。人間の寿命を80年として、80年の長期にわたってカードやら端末の機器などが維持できるわけではないし、暗号の強度もこのような長期を前提にしたらほとんど意味をなさないかもしれない。他方で、個人データや認証に穴があればあるほどこの穴を塞ごうとする無益な試みが繰り返され、その都度人々の自由やプライバシーが犠牲に供される。カードなんか持つべきじゃないのだ。
では、どうしたらいいのか。パスポートなんかなくたっていいじゃないか、なぜパスポートが必要なのか?ということをそもそもの問いとして据えておかなければならない。国内旅行と同様の旅行ができさえすればいい。それをさせないシステム、つまりは旧態依然たる国民国家の「国民」観念と役たたずのわりには我儘な資本主義のどん欲な個人情報欲望を抑えることだ。しかし、なぜ、こうも国境を越えることがややこしく、厳しい監視にさらされるのか?そのことをじっくり考え、いかにそれが理不尽なことがに思い当たれることがまず必要だ。
Posted by toshi at 2004年01月16日 13:27 | TrackBack
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内偵の道具としてのインターネット[No More Capitalism]
http://www.asyura2.com/0403/bd35/msg/364.html
「情報通信専門官庁」+「保安」=盗聴官庁 >Re: 「情報通信省」の創設検討、首相が指示
http://www.asyura2.com/0311/it04/msg/765.html
御投稿者 passengerさん 日時 2004 年 1 月 21 日