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健康帝国ナチス
ロバート・N.プロクター[著]宮崎尊[訳]
出版社:草思社
価格:2,310円(税込)
The Nazi War on Cancer
本紙掲載2003年10月12日
くっきり浮かび上がる「生かす権力」
健康を保つことは、いまや国民の責務である。この春に施行された「健康増進法」の第2条にそう定められている。
「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない」
どうにも嫌気の差す法文だが、一体どこに悪心(おしん)を催してしまうのかはっきりしない。国が民に健やかであれと命じて何がいけないのか。
本書によれば、ナチス・ドイツは国民の健康にずいぶんと気を配る政権であった。
例えば大規模な反喫煙キャンペーンを展開した。衛生教育、広告規制、喫煙場所の制限など様々な手段を総動員して「煙害」を封じ込めようとした。
例えばアスベストの高い発がん性を逸早(いちはや)く認め、対策を講じた。これによる被害を世界ではじめて労災と認定したのもナチスだ。また放射性物質や化学物質の危険性の認識についても先取的だった。
ホメオパシー(同毒療法)のような民間療法、菜食主義、自然食や生薬、ミネラルウオーターの普及にも熱心で、アルコールなどの嗜好品(しこうひん)、食品添加物の規制に力を注いだ。
あたかも至れり尽くせりのユートピアを思わせるが、実際は国民衛生重視の裏面に、人種主義や優生思想が張り付いていた。有害物質に曝(さら)される危険な仕事は「劣等民族」や「国家の敵」に強制するという解決に落着しがちだったし、強壮な国民、頑健な労働者の「規格」から外れた身体障害者や精神病患者、高齢者は排除されていったのである。
生かす権力、生権力というものがある。ミシェル・フーコーは近代的権力の新しい性質、作用をそう名付けた。だが、生権力は、死なせる権力、殺す権力に比べて、どうも直感的に把握し難いところがある。然(しか)るに、本書が描き出す「健康帝国」の前景の奥には「生命に対して積極的に働きかける権力、生命を経営・管理し、増大させ、増殖させ、生命に対して厳密な管理統制と全体的な調整とを及ぼそうと企てる権力」(『性の歴史1 知への意志』)の像がくっきり浮かび上がっている。
著者はナチス医学に積極的な側面があることから目を背けるべきではないと繰り返し強調する。公衆衛生や予防医学の分野だけではなく、自然保護や動物愛護においても、ナチスは時代に先駆けていた。その点をはっきりと認めよう。ナチスの罪を減じるためではもちろんない。「奴(やつ)ら」と私たちとを隔てる壁はそれほど高くない、むしろ気味の悪い共通点が少なくないことを忘れないために、だ。
生権力はいまも静かに作動し続けている。福祉や安全の名の下、科学的合理性を装いながら。
評者・宮崎哲弥(評論家)
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宮崎尊訳、草思社・355ページ・2200円/Robert N. Proctor 54年生まれ。米ペンシルベニア州立大教授。
http://book.asahi.com/review/index.php?info=d&no=4451