現在地 HOME > 掲示板 > 国家破産33 > 858.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
ダニエル・マギン(ボストン)
「君の仕事は実際どうやるんだね。書き出してもらえないか」――上司にこんな質問をされたら、どんなオフィス労働者も要注意だ。
バージニア州の銀行でシステム管理の仕事をしているハンク・ウィリアムソン(49)はそれを、自分の仕事が国外に移転される兆しと受け止めた。行き先はおそらくインドだ。現地の技術者たちが、彼が書き出す仕事を10分の1の賃金で引き受けるのだろう。
「この職場では、雇用の安定はないに等しい」と、ウィリアムソンは言う。年収6けたの仕事がなくなる日にそなえて、彼は履歴書の準備を始めている。
それでもテキサス州のリサ・ピノー(46)よりは運がいい。大型コンピュータのプログラマーだった彼女は2002年にクビになる前、彼女の仕事を奪うことになる外国人の訓練をさせられたのだ。
転職先を探したが、彼女のようなハイテク技術者の求人はごくわずか。会計や医療事務の仕事も検討したが、それもまた国外に移転されそうで怖い、とピノーは言う。「コンピュータで処理できる仕事はみんなオフショア(海外)に行ってしまう」
ピノーは、次は国外に奪われない仕事を選ぼうと考えている。同じハイテク技術者の夫とともに、サンドイッチの店を開くという。
彼らのつらい経験は、いま米大統領選の争点に急浮上しつつある複雑な経済問題の一断面だ。景気は回復しても雇用状況が改善しない「ジョブレス・リカバリー(雇用なき景気回復)」である。
専門家によれば、アメリカの雇用が回復しないのは低賃金のアジアに仕事を奪われたせいというより、企業が従業員を前よりハードに働かせることで新規雇用を抑えているせいだ。それでも、仕事を国外に移す「オフショアリング」は現にアメリカ人の職を奪い、さらに数百万人の雇用を脅かしているとあって、風当たりは強い。
アメリカの景気は2001年11月に底を打った後、順調に拡大を続けてきた。だが、景気に少し遅れて回復しはじめるはずの雇用が、今回はいまだによくならない。株価は上がり、企業業績は好調で、金利も低いままなのに。「企業には潤沢な資金がある。だが、雇用を増やす動きはまだ見られない」と、エコノミー・ドット・コムのマーク・ザンディは言う。
その最大の原因とみられるのは、生産性の上昇だ。多くの労働者は、労働時間は長くなり、仕事の密度は濃くなったと感じている。既存の労働者の効率が上がるほど、企業は人を雇わずにすむ。
またジョージ・W・ブッシュ米大統領の経済担当補佐官スティーブン・フリードマンは、好況期にハイテク機器を買い込んだ企業が、その後の不況期に使い方を学んだのではないか、と言う。「ハードやソフトを買ってから、それを最大限に使いこなすようになるまでには時間がかかる」
1400万人が失業する
専門家の大半は、生産性の向上もいずれは限界に達し、企業も雇用を増やしはじめるとみる。ブッシュ陣営としては、その日が一日でも早く来てほしい。「雇用はまだわれわれの望む段階には達していないが、正しい方向には向いている」と、フリードマンは言う。
しかし、新たな不安材料もある。インドや中国に仕事を奪われたと訴えるリサ・ピノーのような失業者の台頭だ。
国外に流出する雇用の規模は推定で年間30万〜60万人。1億3000万人の労働市場全体からみればごくわずかだ。だが、全体にほとんど仕事が増えないなかでの雇用流出は、数字以上に痛みを伴う。
国外移転が今後急速に拡大するという不安感も強い。ハイテク調査会社のフォレスター・リサーチは一昨年、2015年までにハイテク技術者330万人分の雇用が国外に流出すると予測した。だが、昨年秋にカリフォルニア大学バークレー校が試算し直したところ、その数は一気に1400万人にふくらんだ。
職を失う労働者には多くのホワイトカラーも含まれる。そのなかには、より高度な専門職も含まれる。レントゲン技師や会計士、エンジニアのように長年のトレーニングを必要とする仕事ほど、裏切られたという怒りは強くなる。
国外移転に聖域がなくなり、次にどの仕事が失われるかわからないことも不安を増幅している。
看護師や外科医の仕事でさえ例外ではないかもしれないと、オハイオ大学の経済学者、アルフレッド・エケスは言う。国内の医療費高騰や航空運賃の下落も手伝って、アメリカの患者が手術のためアジアへ空輸される日が来るかもしれない、というのだ。「誰もが子供たちの将来を不安に思っている」と、エケスは言う。
後から振り返れば、大げさだったという話になるかもしれない。現に、オフショアリングに失敗して仕事を国内に戻す「インショアリング」を始めた企業もある。
それに、労働者は驚くほど柔軟だ。国外移転が進めば、彼らはより専門性の高い仕事にシフトするだろう。過渡期はつらいが、20世紀には膨大な数の農業労働者が工場労働者に転換した例もある。
政治家がこの流れを食い止めようとしても、口で言うほど簡単ではない。自動車や鉄なら、高い関税で輸入を食い止めることもできる。だが高速の通信回線を通して輸入されるサービスには、関税をかけるのがむずかしい。
せっかくの教育も水の泡
労働者の不安は当分続きそうだ。ハイテク労働者の不満の声も、今後ますます大きくなるだろう。
「親は子供のために金をためて学費を払い、やっとハイテクの仕事に就かせたのに、その仕事がなくなってしまうというんだから」と、シアトルのワシントン技術・通信労働者連盟のマーカス・コートニー会長は言う。
それは、民主党の大統領候補指名を争うジョン・エドワーズ上院議員が必ず言及する「ルールに従って」頑張ってきた人たちを罰するようなどんでん返しだ。
先週、ニューヨークでエドワーズの支援集会に出席した元繊維労働者のリンダ・ムラー(60)は、繊維工場の閉鎖が相次いで、労働者がハイテク工場に列をなした時代を思い出したという。今はそのハイテクの仕事さえ危ないと聞いて「どうしてそんなことに」と、彼女は言った。
その無念さが、大統領選を動かすかもしれない。
ニューズウィーク日本版
2004年3月3日号 P.34