★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > 国家破産33 > 755.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
経済学のいかがわしさを考える(谷口智彦・日経BP社編集委員室主任編集委員)
http://www.asyura2.com/0401/hasan33/msg/755.html
投稿者 passenger 日時 2004 年 2 月 27 日 22:02:23:eZ/Nw96TErl1Y
 


日経の某メルマガに下記の如き随想を発見……

谷口サン、次回は日本経済新聞社のいかがわしさも考えてね。w

----------------------------------------------------------------
The Opinion
経済学のいかがわしさを考える
            谷口 智彦(日経BP社編集委員室主任編集委員)
====================================================================

 今回と次回、社会科学は科学かという話を書いてみようと思う。

 こういう問いを立てる場合答はあらかじめ決まっているのが常で、社会科
学は科学「デハナイ」。それではなんなのということを今回経済学について、
次回は社会科学の大御所中の大御所のさる業績について、エイやと論断して
しまおうという心算である。

 経済学は社会科学の「女王」とか、「華」とか、ほかならぬ経済学者自身
が言うのをお聞きになったことがあるだろう。女王がいて華があるなら、ハ
シタメがいてウラナリがあるはずである。既にしてここに、経済学者たちに
年来はびこる劣等感、と言って悪ければ、骨がらみの序列意識が滲出している。

 科学なるものを一段高くみていることと、有象無象の社会科学分野を自分
より下に見ていること。これら両方が心の機制にない限り、出てこないものの
言い方だからだ。経済学は科学に限りなく近い「名誉白人」なのである。

 実は経済学というもの、説得の弁論術であって、修辞の体系ではあるかもし
れない。しかし物理学が科学であるという意味において、科学であり得たため
しはない。今後も、ない。

 定義があって公理があり、次に定理があって法則があるというように、経済
学も組み立てだけは一応整っている。説明には微積分、とりわけ微分が便利で、
論文にはやたらとギリシャ文字が出てくる。

 So what? それがどうしたのという問いに、自分でも取りつかれてしまった
経済学者が面白いことを書いている1。

 学際研究で有名なアメリカ・サンタフェ研究所でのこと。物理学者の証明が
数学的に「なっていない」といって、経済学者がとっちめたというエピソード
だ。経済学が使うヒヨコ数学なんぞよりよっぽど高度な数学に習熟し、仕事に
多用している物理学者をつかまえて、そりゃないぜと著者は言っている。ただ
しこの学者、今は女性なので(性転換した)、そりゃない「ぜ」とは言わなか
っただろうが。

 物理学者はあきれたらしい。形の純粋さを追求し、事実の複雑さを畏敬しな
いのは数学者だけかと思っていたら、どうやら経済学者もそのようだ。「証明
は」と来た。にしちゃあ、数学、こいつたいしたことないんだがなあ…。

 本来道具に過ぎなかったはずの数学が、経済学ではそれこそ女王の地位に上
り詰めた。いまや経済学者になりたければ数学ができなくてはお話にならない。
例えば東大経済学部大学院は夙にシカゴやMITの予備校と化しているけれども、
米国の大学へ行ってPhDを取ろうと目論む学生たちの成績は、おおむね数学ので
きる順になっている。

 しかし人間、無理をし過ぎるといけない。もともとそう得意でない数学(得
意だったら数学、物理学、天文学といろいろやるものはある)に、若い美空で
きっと時間をかけ過ぎた反動だろう、これはなにも日本に限った話ではないが、
経済学という本来あくまで現実につくべき学問に、現実的妥当性は二の次、数
学的完結性が最善という転倒した風潮が持ち込まれた。物理学者をつかまえて
「証明は」と迫る奇怪な社会科学者は、こうして世にはびこる。なんでも、事
実に拘泥しては筆が汚れると、純文学作家風の言をなし、経済統計なんて見な
いのを自慢する輩さえいるらしい。

 ちなみに一時期まで我が国経済学界を牛耳ったマル経は、社会主義幻想の崩
壊によって破れ、数学によって最終的に息の根を止められた。四則演算しか出
てこないマルクス経済学をやっても、あんまりアタマよく見えないのである。

 先に経済学をレトリックの体系と述べた。修辞を数式で代弁させたところで
本質は変わらない。そしてある論理の通用力とは、経済学の場合、おおかた現
実の権力関係を前提の中にこっそりしのびこませて成り立っている。ここらが
経済学のいかがわしいところだ。

 米国で一時流行した経済理論に、「マサチューセッツ・アベニュー・モデル」
なるものがあった。「2割の円高を2年続ければ、米日経常収支インバランスは
2割改善する」と説くもので、命名者は、頭もいいが「売れる」という意味で
文体はもっとよい、かのポール・クルーグマンである。Mass. Ave.は、首都ワ
シントンとマサチューセッツ州ケンブリッジの双方にある。この理論を信奉す
る学者たちの多くは、Mass. Ave.沿いにある機関で仕事をしているからという
わけだった。

 だがちょっと考えればわかる通り、この理論には「誰が」と「どうやって」
が欠けている。2割円高にするというけれど、誰がどうやって実現するんですか。

 米国の強い意思が、というのが正答である。その意味でMass. Ave. Modelと
は、経済理論である以上に実のところ心理学的セオリーだった。為替レートを
決定するものが、経済学教科書のあらゆる記述にかかわらず、市場参加者の集
団心理以外でありえないことを踏まえた理論だったからである。

 事実クリントン政権(1993年〜)にこの「強い意思」があるのを確信したマ
ーケットは、バブルが弾け経済の足腰が弱っていた日本の通貨を、とうとう1
ドル79円台にまで上げてしまった。そして結果としては、理論通りの現実を作
り出してしまった。2年も痛めつけられると、日本の貿易構造は変わらざるを得
なかったからだ。中国を始めとするアジア諸国への生産移管が滔々たる流れと
なって定着したのは、本格的にはこの時以来のことである。

 現実観察から理論を抽象するのでなく、権力意思をまとった理論が、逆に現
実を作り出す機制がここにある。経済学は政治学だったり心理学だったり、他
のなんであり得ても、およそ科学ではあり得ないゆえんだ。

<参考文献>
1 ディアドラ・N・マクロスキー著、赤羽隆夫訳
 『ノーベル賞経済学者の大罪』(2002年、筑摩書房)

日経BP社編集委員室主任編集委員 谷口 智彦

----------------------------------------------------------------

 次へ  前へ

国家破産33掲示板へ



フォローアップ:


 

 

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。