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題名:No.607 水素エコノミーの疑問
From : ビル・トッテン
Subject : 水素エコノミーの疑問
Number : OW607
Date : 2003年12月18日
日米など15カ国と欧州委員会が、水素エネルギーを利用する新たな経済システムの実現を目指して国際協力を推進することで合意したというニュースが報道された。「水素エコノミーのための国際パートナーシップ」と名づけられたこの枠組みを提案したのはアメリカである。
(ビル・トッテン)
水素エコノミーの疑問
ブッシュ大統領は今年初めの一般教書演説において、環境を大きく改善し、かつアメリカのエネルギー分野の自立を促進するために、“よりクリーンな”技術を開発し、国内のエネルギー生産を拡大する包括的なエネルギー計画を議会に提出したと述べた。それには“クリーンな”水素燃料電池自動車の開発で世界の先頭に立てるようにと12億ドルもの研究予算の提案が含まれる。
水素と酸素の化学反応から生まれるエネルギーを自動車の動力に使えば、温暖化の原因となる二酸化炭素が排出されなくなる。これによって大気の清浄化を進め、かつ輸入エネルギーへの依存度を大幅に削減することができるというふれこみだ。この話を聞いているとアメリカがいよいよ環境問題に真剣に取り組み始めたと誰もが思うだろう。
ブッシュのプードルと揶揄されているイギリスのブレア首相も2月にエネルギー政策を発表している。再生可能エネルギーの導入とエネルギーの効率化によって温室効果ガス排出量を2050年までに6割削減すると誓約したのだ。しかし地球環境のためだというエネルギー政策を発表した両国が、その翌月に地球の環境をもっとも痛めつける、究極の環境破壊行為である戦争を開始したことは皮肉以外のなにものでもない。
アメリカは大量破壊兵器を理由に始めた戦争に「イラクの自由作戦」と名づけ、空爆を開始した。エネルギー戦略においても、水素を燃料に燃料電池で走るという自動車は「自由の自動車(フリーダム・カー)」、そして燃料水素を「自由の燃料(フリーダム・フューエル)」と命名したときくと、自由という言葉の安売りに虚(むな)しさすら覚える。
日本の自動車メーカーはすでにハイブリッドカーを提供しているが、アメリカは現行の技術を改良しようともせず、巨額の税金を水素燃料の研究に投じるという。以前にも書いたがアメリカはとてつもない量のエネルギーを浪費している。未来の燃料に予算を投じるよりも温暖化問題に真剣に取り組む気があるのなら、まず自動車の燃料効率基準の見直しから着手すべきだ。
しかしこのブッシュ大統領の「水素エコノミー」の実現に向けた大規模プロジェクトが本当に地球温暖化に取り組む代替案となるのか、またはエネルギーの独立性を保証するものなのかは大きな疑問符がつく。
確かに水素は地球上に多く存在し、電気を作り出すときには水と熱しか排出しないため温室効果ガスの排出量は減るだろう。そして水素エネルギーへの移行が実現すれば19世紀の石炭や蒸気機関、20世紀の石油と燃焼機関のように世界経済に大きな影響を及ぼすことは間違いない。
問題はこのブッシュの水素エコノミーが本当にクリーンなものかということと、それだけの時間が残されているかということだ。水素は化石燃料か水かバイオマス(熱資源としての植物体および動物廃棄物)から抽出されるため、何から水素を作るかが大きな問題となる。つまり水素を石油や石炭、原子力から作るのであれば結局、今と何も変わらないということだ。
12月12日、180カ国以上が参加してミラノで開かれていた気候変動枠組み条約締約国会議が閉幕した。その中で世界保健機関(WHO)は、2000年に地球温暖化が原因で死亡した人は15万人に達しており、この傾向が続けば、今後30年間にこの数字が倍増する可能性がある、との見解を示した。科学者は現在の気候変動について、自動車や工場から放出される二酸化炭素などの温暖化ガスが原因としており、これにより、洪水や干ばつの頻度が増え、極氷冠の融解などが加速しているという。さらにWHOの報告は、気候変動により発生した疾患のため、550万人が健康な生活を奪われているとしている。
地球温暖化によって世界の気温が上昇し続けることで氷河が広範囲にわたって溶解し続け国土を失いかけている国もある。太平洋の島国、ツバルは平均海抜約2メートルのため海面上昇の影響をもっとも深刻に受けている。アメリカをはじめとする先進国が排出する二酸化炭素によってもっとも大きな被害を受けるのは先進国自身ではなく、ほとんどそれらを排出していない国なのだ。
ツバルをはじめ世界の人々が直面している緊急の課題の第一の対策は、アメリカが長期にわたる水素エコノミーの研究に巨額の投資をすることではなく、たとえそれがアメリカ経済をスローダウンさせることになっても自動車の使用や発電量を減らすことであり、それはすなわち習慣化した、便利な生活を見直すことに他ならない。
しかし石油業界との強いつながりを持つブッシュ政権は地球環境を守ることよりもまず自分たちの利益を優先させた。京都議定書からの離脱からイラク戦争まで悪い意味で一貫しているブッシュ政権の政策をみると水素エコノミーもクリーンなものになる可能性は少ないと私は見ている。