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(回答先: 【ペシャワールから沖縄へ】 (10)変貌の日本 [中村 哲] 投稿者 なるほど 日時 2004 年 2 月 12 日 18:06:32)
<2004年2月28日 夕刊 5面>
「沖縄9条連」(渡久山朝一事務局長)の代表ら六人は二十七日、外務省沖縄事務所に沼田貞昭沖縄大使を訪ね、憲法九条を「改悪」しないよう要請した。
渡久山事務局長は「沖縄が戦後、いち早く日本復帰を目指したのは、人権が保障されない米軍の圧政からの脱却と、憲法九条を持つ日本があったからだ」と述べた。
沼田大使は、自衛隊のイラク派遣は人道復興支援が目的とした上で、「世界平和のために、困難を乗り越え行動するのは、国際社会における日本の名誉ある地位につながる」との見解を説明した。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200402281700.html#no_7
難民救済のための物資を届けた日本の自衛隊が、受け入れ先のパキスタンで思わぬ“不評”を買っていたことが判明した。・・・
同国難民担当省の係官は、不愉快そうにこう語る。
「とにかく、日本側は自衛隊機の基地への到着時間や着陸スペースの確保など、あれこれ口うるさく注文してきた。例えば当初、『救援物資の荷降ろし作業を1時間で終わりたい』と言ってきた。できるだけ早く逃げ帰りたいという意向がアリアリ。輸送要員の安全を考えての要求だとしても、現在は戦時下であってその余裕はない。『当基地は日本政府の専用飛行場ではない』と突っぱねた」・・・
大手通信社の中堅特派員はいう。
「いくら交渉しても、『場所がない』『戦時中であって要求を受け入れられない』の一点張りで、最後には『それならば、別の広い飛行場に自衛隊機を移して撮影すればいい。大体、日本の支援など必要ない』と怒鳴りまくる始末。日本の難民援助がアテにされていないことを実感した」
この騒動について、「在イスラマバード日本大使館のまずい対応が原因だ」と指摘するのは、沼田貞昭パキスタン大使とも面識のあるマスコミ関係者。
「実は、これらを取り仕切り、パキスタン当局と折衝したのは日本大使館のA担当官。彼は、万が一、自衛隊機に事故が起こった場合、自分の責任問題につながることを恐れ、パキスタン当局にさまざまな安全確保の要求を突き付けた。それがパキスタン側の反発を招いてしまった」
基地取材を「10社限定」とパキスタン当局と勝手に決めたのもA担当官。もちろん、この背後には沼田大使や外務省の意向が働いている。つまり、パキスタン側を激怒させて「援助は不要」と言わしめたのは、すべて外務省の“独り善がり”の対応にあったのだ。
実は、外務省はエチオピア飢餓のときにも、似たような大失態を演じた“前科”がある。・・・
こうした教訓がアフガン支援にまったく生かされなかったことがよく分かる。ご都合主義の外交を繰り返している限り、日本の難民支援など永遠に受け入れられないだろう。(フリージャーナリスト・加藤昭)
http://www.zakzak.co.jp/top/t-2001_11/3t2001110206.html