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ドイツ語でバウムは木でクーヘンはお菓子です。だからバウムクーヘンは「木のお菓子」、、、なんて私が日本人に講釈する必要など絶対ないと思われる。
私が10年以上ドイツに暮らした頃だ。商売の関係上日本で多数の人に会うことになった。手ぶらでは行けないような気がしたので日本に電話して友人に尋ねると「本場のバウムクーヘンが最適」と助言してくれた。
私が当時親しくしていた女性にその話をすると「バウムクーヘンは目玉が飛び出すほど高価だ」と警告する。このときはじめて、私はドイツで暮らしながらそれまでバウムクーヘンなど見たことも食べたこともなかったことに気がついた。
彼女は、一度目は子供の頃祖父・祖母の金婚式、次は一番上の姉の結婚式、それから二番目の姉の結婚式と三度も食べたことがあると自慢する。私は自分がドイツへ来る前日本で数え切れないほど何度もバウムクーヘンを食べたのを思い出して、このドイツ人の女性に少し同情をおぼえた。
それから数年後、バウムクーヘンを三度食べた女性と私は結婚した。ドイツでは結婚式の食事代は花嫁の父親がもつが、彼女が4度目のバウムクーヘンを食べることができたのは私のお陰である。
こんな昔のことを私が思い出したのは、少し前にasahi.comで「バウムクーヘン食べて育った豚の肉、人気」という記事を眼にしたからである。この豚肉は大阪のデパートで開催された「宮崎物産展」で売り出され、豚は体重が50キロを超えたところで「肉に甘みを出し、やわらかくする」ために「天然酵母入りのバウムクーヘン」を食べさせてもらうという。
「豚に真珠」は聞いたことがあるが「豚にバウムクーヘン」なんて、、、私は記事を読みながら笑ってしまった。それ以来数日間私に出会った人はバウムクーヘンについての質問にこたえなければならなくなった。食べたことのあるドイツ人は少数で、それどころかどんなお菓子か知らないと率直に告白する人もいた。こうなると今度は「ドイツ人にバウムクーヘン」。
これは、私がベルリンでなくでアルプスが目と鼻の先にある南独のミュンヘンに住み、バウムクーヘンが北ドイツ・プロイセンのお菓子だからである。このお菓子は日本全国で有名になり豚肉の宣伝に駆り出されたのに、ドイツでは南のほうまで広まらなかった。こうであるのは、第二次大戦の敗北で「バウムクーヘンの本場」が「鉄のカーテン」の彼方に消えてしまったことや、またプロイセンのイメージが戦後すっかり悪くなってしまったことと無関係でない。
南ドイツの町でバウムクーヘン文化の欠如を嘆きながらもこのお菓子をつくる人には旧東独や東プロイセンから逃げてきたお菓子職人が多い。ニュールンベルクのお菓子屋さんのロッター・クネッヒェルマンさんもそうで、昔壁ができる直前に東ベルリンから逃げ出してきた。下の写真は彼がつくるバウムクーヘンで、心棒をくるくると回しながら生地をかけて焼き、その度に(パンでいえば)皮ができる。これが何度も繰り返されるために焼き上がったお菓子を切ると年輪があらわれる。
テオドール・フォンターネはドイツ写実主義の代表作家であるが、ベルリンを中心とするプロイセン王国・中核のブランデンブルクの郷土作家でもある。彼が晩年に書いた自叙伝の中に寡婦の料理女が出張してきてバウムクーヘンを焼く場面がある。彼は子供の頃の19世紀前半の郷土のバウムクーヘンと19世紀末の気取った大都市ベルリンのバウムクーヘンを比べる。
「、、、今のバウムクーヘンは退化したもので、水ぶくれして頬が蒼ざめた軟弱者だ。反対にあの頃のは、引き締まって硬く最高に焼き上がった奴はぱりっと歯ごたえがして、黄土色から白に近い黄色まで雑多な色を帯びていた」
フォンターネが21世紀のドイツのバウムクーヘンを食べたらもっと「退化した」と感じ、日本に来たら「水ぶくれして頬が蒼ざめた軟弱者」呼ばわりをするような気がする。
ドイツのスーパーマーケットで廉価版バウムクーヘンがときどき売られているが、バウムクーヘンを食べたことのある日本人は味が異なりやわらかすぎると感じるはずである。この相違はトンカ・ビーンなど値の張る香料がはぶかれていたり長持ちさせるために防腐剤が添加されたりしているからだ。
バウムクーヘンは締まっている同時にしっとりとしていないといけない。このように焼き上げるのは難しいのでバウムクーヘンはお菓子職人の卒業試験の課題になることが多い。宮崎で豚の飼料になるバウムクーヘンには天然酵母が添加されているが、これはドイツのお菓子職人なら邪道と思う。
ドイツのバウムクーヘンについて興味を抱かれる方には「フランクフルト便り」
( http://www.okada.de/ )をのぞかれることをお勧めする。
http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_tan/20040217.html