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(回答先: 「男らしさ・女らしさ」日本の高校生は意識希薄 [読売新聞]【ずば抜けた“進歩的価値観”?(笑)】 投稿者 あっしら 日時 2004 年 2 月 17 日 03:41:23)
★「「男らしさ・女らしさ」日本の高校生は意識希薄[読売新聞]」
http://www.asyura2.com/0401/bd33/msg/789.htmlについての読売新聞社説
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040219ig91.htm
「ショッキング」と見るか、「ここまできていたか」と考えるか。深刻な結果であることに違いはない。
日本青少年研究所が日本、アメリカ、中国、韓国の高校生に実施した調査で、「男は男らしくすべきだ」「女は女らしく」と考える比率が、日本の高校生は際だって低いことが明らかになった。
何を男らしい、女らしいと考えるのかは、民族、国、時代により異なる。
だが、他の三か国に比べ、あまりに特異な調査結果である。男性、女性であることをよりどころにするアイデンティティー形成を子供たちができるのか、不安を抱く人も少なくないだろう。
教育界で流行している「ジェンダーフリー」思想の影響を見て取ることができる。生物学的な性差に対し、社会的、文化的に形成された性意識を、すべて否定する考え方だ。
男らしさ、女らしさの観念を否定するためのチェックリストを作り、性別にとらわれた答えは減点とする啓発用冊子が作成された。男女混合名簿が学校で広く使用され、わざわざ「女男混合名簿」と言い換えているところもある。
運動会で男女一緒の騎馬戦を実施したりするのも同じ考えからだ。
過激な性教育も同根ではないか。小学校四年生の保健の時間に、男女が裸で抱き合っている絵を見せ、「セックスは気持ちいい」と教えた授業のあったことも報告されている。
男女が異性にあこがれるのは、自分にないものを持っているからだ。子育てに母親、父親による役割の違いがあることは、つとに指摘されている。性差の行き過ぎた否定は、不健全と言わざるを得ない。羞恥(しゅうち)心を無視した性教育も、性にまつわる文化を否定するものだ。
「男社会の女性支配構造」があるとして、性差そのものを否定しようという考え方が、背景にある。「性差」と「性差別」を混同した考え方だ。
性差による就職差別、家事や育児の女性への押しつけなど、社会に残る男性優位の構造は改めなければならない。男尊女卑などは論外だ。だが、性差別の解消と性差の否定とはまるで違うものだ。
男女の差異を認めない考えは、フェミニズム論としてもかなり古い。男性でも女性でもない「個人」の重視は、文化や伝統と切り離された「個」を絶対視する教育基本法改正反対論にも通じる。
調査結果は、倒錯した論理が広がったときの恐ろしさを示している。男女が互いに違いを認め、理解し合うことの大切さを子供に教えたい。
(2004/2/20/02:02 読売新聞 無断転載禁止)