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ベトナム帰還兵が語る 本当の戦争 A「憲法9条はA美しい」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040205/mng_____tokuho__000.shtml
戦場のストレスからイラク駐留米兵の自殺率が高まっている。ベトナム戦争に従軍した元海兵隊員アレン・ネルソン氏(56)も、かつて戦争後遺症で自殺未遂を繰り返した。「本当の戦争はまだ始まったばかり」と惨劇の悪化を予測する。人を殺すことは簡単だ、とネルソン氏は語る。だが、殺した後に本当の地獄が待っているとも。来日中の「戦場の語り部」にイラク戦争、自衛隊派遣を聞いた。 (田原拓治)
「(イラクという)第二のベトナムはまだ始まったばかりだ。イラク人が占領を甘受できない以上、米国や連合国に勝利はない」
今月二日、東京・大東文化大。ネルソン氏の話はリアルだった。黒板には人間の絵。どこを撃つべきか、と約五十人の聴衆に聞く。
「頭は的が小さい。外れれば、反撃でこちらが殺される。腕や足、心臓でもない。正解はここ」。指したのは下腹部だった。「ここが最も当てやすく、相手が苦しむ。苦しみ抜いて死んだ同僚もたくさん見た」
意思を消し、殺人マシンになること。兵士に共通した宿命と彼は語る。
「人を殺すのはとても簡単だ。悩む暇なんてない。ただ、訓練で撃つのとは全く違う。殺した瞬間、一つの境界を越えて別世界に入らざるを得ない」
ベトナム派遣が決まった瞬間、うれしかった。何のための苦しい訓練だったのか、がもうすぐ分かる。自分の価値もこれで認められるだろう。同じセリフは、イラク派遣に加わる自衛隊員も口にしていた。
「撃った後、そこに死体がある。やつが殺そうとしたからだ、と自分を正当化しようとした。しかし、吐き気がこみ上げる。上官はそれを見て一人前とほめる。慣れようと、もっと人を殺す。終戦後、外国の傭兵(ようへい)部隊に志願した仲間もそうした心理からだ。人を殺すことで自分を殺していた」
ベトナム戦争で、米国は五万八千人もの犠牲者を出した。にもかかわらず、その後もグレナダ、パナマ、湾岸などを経て、イラク戦争を勃発(ぼっぱつ)させた。反戦運動にむなしさはないのか。
■外交より銃が先に出る米国
「戦争には複合的な要因があるとはいえ、米国が暴力的な国家であることは米国人の私が知っている。外交より、銃が先なのだ。ベトナムは間違いだったとみんなが思っている。そこでこう考える連中がいる。よし、今度は間違えずに帝国を樹立してやろうと」
「この発想は9・11事件を悪用して力を発揮した。私たちはこのグローバリズムという帝国の発想を否定する。かつてと違い、反戦運動もまた、米国の枠を超え、広がっている。民主主義という建前も幻想だ。欧米型の民主主義はイラクのようなイスラム世界で受け入れられようがない」
多くの帰還兵が戦争後遺症で苦しんでいるにもかかわらず、声を上げているのはネルソン氏を含めて一握りの人々にすぎない。
「ベトナムを語れるようになるまで十八年間かかった。帰国後、自分は変わっていないと信じていたが、他人には奇行が分かる。毎夜の雄たけび、いら立ち。妻は夜中、ベッドから出られなかった。夜になると、心がジャングルに逆戻りする私が襲いかねないからだ」
「退役軍人局は眠り薬をくれただけだったが、私はその後、名医に出会えた。ラッキーだった。しかし、多くの者はいまも麻薬や酒におぼれる。私の属する『平和のための帰還兵たち』の調査でも、全米八割の路上生活者がベトナム帰りだ。イラクにいる若者たちも早晩、同じ境遇を経験するだろう」
一九九六年にネルソン氏は、約三十年ぶりに沖縄を訪れた。昔、地元の女性やタクシー運転手を平気で殴った。でも、基地に一歩でも入れば逮捕されない。
■現地の人間はネズミと同じ
「基地の司令官は日本の当局に形の上では謝罪していたが、本音では“野蛮で理性のない理想的な海兵隊員に仕上がった”と喜んでいたはず。ジャップ(日本人のべっ称)もラッツ(ネズミ)と同じとみんな思っていた。ちなみにイラク人は“砂漠のサル”。人間以下という認識では同じだ」
その日本から第二次大戦後、初めて戦地に自衛隊が派遣される。
「日米同盟と小泉首相は言うが、それはただの勘違いだ。基地を見ればいい。同盟じゃない。日本は米国の占領地だ。彼は白人になりたいのかな。でも、それは無理な相談だ。米国しか頼りにできない? どうして中国や韓国、アジアとの関係を築けないのか」
■ブッシュの犯罪放置させない
「憲法九条は美しい。私は最初読んだとき、これはガンジーかキング牧師が書いたのか、と思った。九条は日本人を戦争から守ってきた。今度は皆さんが九条を守る番ではないか」
米国では大統領選が近づいている。日本の自衛隊派遣は最近、防戦一方のブッシュ大統領にとって再選へ向けての最大のエール、とネルソン氏は話す。
「ブッシュは再選するかもね。ただ、支持率ははるかに落ちてきた。私は戦場で人々を殺し、多くの戦友の死も背負っている。再選しようがしまいが、生き残った者として彼のような戦争犯罪人を放置させない義務を負っている」
AP通信によると、昨年自殺したイラク駐留米兵は二十一人で、十八人が陸軍、三人が海兵隊所属。自殺率は十万人当たり一三・五人で、二〇〇二年の陸軍全体の自殺率一〇・九人を大幅に上回る。
米軍は精神医療専門家からなる調査団を現地に派遣。米誌ニューズウィーク最新号によると、調査団は原因として戦闘のストレスや心的外傷後ストレス障害(PTSD)が広がっているうえ、身近に銃器がある環境も指摘。専門家は「非戦闘中の死者十−十五人をなおも調査中」としており、さらに多くの兵士が自殺している可能性もある。
深刻なのは、兵士の帰還後の自殺や家庭内暴力、薬物・アルコール依存症だ。ベトナム帰還兵のうち、自殺者は六万−十万人にも上るとみられている。
イラクに派遣される自衛隊にはどういう事態が予想されるか。軍事評論家の神浦元彰氏は「自衛隊員は戦闘の極限状態を想定した訓練を受けていない。例えば戦闘に巻き込まれた場合、激しく損壊した遺体をどう処理するのか。また米兵は負傷して痛みをこらえられなくなったときに備えてモルヒネを携帯しているが、それを持たない自衛隊員はどう対処するのか。訓練していないだけに、現地の状況が悪化した場合、自衛隊員が受ける不安とショックは米兵以上に大きくなることが懸念される」と話す。
アレン・ネルソン氏 1947年7月、ニューヨーク・ブルックリン生まれ。貧困家庭に育ち、高校中退後、18歳で海兵隊に志願入隊。翌年、ベトナム戦争の最前線に派遣された。70年1月に除隊するが、精神的後遺症に悩まされ、一時は路上生活者に。平和運動家の精神科医から治療を受け、18年間かけ回復した。平和主義のクエーカー教徒として「戦争と暴力」をテーマに講演活動を続ける。著作に「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(講談社)。長男と長女は独立し、ニューヨークで妻と2人暮らし?