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外交官殺害:イラク人運転手「日本人との仕事に誇り」
【バグダッド福島良典】イラク北部ティクリート付近で11月29日、日本人外交官2人とともに武装グループに襲撃され、死亡したイラク人運転手のジョルジース・ズラさん(54)は25年間、在イラク日本大使館の運転手を務めたベテランだった。持ち家を手に入れるのが夢で、「日本人と働くのを楽しみ、仕事に誇りを持っていた」(家族)という。だが、虫の知らせか、出発の朝、「今度は戻って来れないかもしれない」と家族に最後のことばを残していた。
バグダッド西部ハイ・アル・アマル地区に住む家族が悲報を知ったのは事件から一夜明けた30日。カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」のニュースだった。日本大使館の臨時運転手をしていた長男のファルカドさん(23)が病院に駆けつけた時、父は既に霊安室に入っていた。
ジョルジースさんはイラク北部モスル北郊のカラムレス村出身。若いころから車の運転が好きで、75年から2年間、日本企業の運転手を務めた後、運転技術を見込まれて日本大使館に移った。
妻のサミーヤ・ノアさん(47)との間に3男2女をもうけ、独学で英語をものにした。「父がいないと思って捜すと、いつも書斎で本を読んでいた」と二女のナファラさん(25)は話した。
事件の約10日前、ジョルジースさんは賊に襲われかけたことがあった。イラク・クウェート国境に館員を送った帰路、イラク南部バスラで2、3台の車に追走され、運転技術を駆使して振り切った。殺害事件との関連は不明だが、事件当日の29日午前9時30分、ジョルジースさんは何らかの危険を予感したのか、「今度は戻れないかもしれない」「子どもの面倒を見てくれ」と言い残して出勤したという。
キリスト教徒のジョルジースさんの自宅前には、十字架の描かれた服喪の幕がかかる。ジョルジースさんは3年後には引退し、ファルカドさんに日本大使館の運転手の職を継がせるつもりだったという。
ジョルジース家のアルバムには奥克彦大使、井ノ上正盛書記官が仲間たちと写った写真がある。「夫の死同様、お二人の死を悲しく思う」と語った後、ノアさんは「運命がすべての計画を止めてしまった。でも夫が日本大使館で働いていたことを悔やんでいない。それが夫の望みだったのだから」と口にした。
[毎日新聞12月17日] ( 2003-12-17-13:00 )
http://www.mainichi.co.jp/news/selection/20031217k0000e040058000c.html