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「フィンク・フラミンゴ」 JMM[JapanMailMedia] 
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投稿者 エンセン 日時 2003 年 11 月 19 日 03:35:00:ieVyGVASbNhvI

 
「フィンク・フラミンゴ」

 今日の話題はヨーロッパのゴシップです。

 と、聞いただけで虫唾が走るような顔をされる読者もおられようか。わたくしもそ
れはよくわかります。わたくしも誰と誰がくっついたはなれたという話はあまり好き
ではないし、相手をしているヒマも、そんなにはない。

 しかしだ、わたくしの事務所の秘書ども(すなわちみんなヨーロッパ人なのですが)
はみんなそろいもそろってゴシップ好きである。昼休みになるとタブロイド新聞や週
刊誌を持ち寄って、世界の、とくにヨーロッパの芸能界、スポーツ界のうわさ話に花
を咲かせております。

 ヨーロッパでは、どこの街にいても、いながらにしてよその国の新聞雑誌が買える。
表通りのタバコ屋みたいなところで欧州中のメディアが手に入るのであります。そし
てどこの国にもわが国の『女性自身』や『週刊女性』みたいな芸能界、スポーツ界、
政界(ヨーロッパの政界もスキャンダルの宝庫である)の話題を満載した週刊誌があ
り、あるいはもっと露骨に『フライデー』『フラッシュ』みたいな写真中心のビジュ
アル系ゴシップ雑誌があり、秘書たちはそれぞれに Hello!, OK!(イギリス)Paris
Match(フランス)Hola!(スペイン)Bunte, Bild der Frau(ドイツ)などを買って
きてはまわし読みをしているのである。Prive, Story, Weekend などというからイギ
リスの雑誌かと思うと、これらはオランダのゴシップ雑誌であります。なんでオラン
ダ語でなくて英語のタイトルなのかはわかりません。それをいえば『フライデー』だっ
てなんで英語なんだろうね。
 
 欧州のゴシップは政財界、芸能界、スポーツ界に加えて王室とか社交界(こういう
ものがまだある)の話題が多い。そしてそれらがコンスタントにニュースになるので
あります。王室の話題となると、みんな膝を乗り出さんばかりに興味を示す。王室側
も、次から次へとヒット・ソングならぬヒット・ゴシップをひねり出す。人民にニュー
スを提供して退屈させないのも仕事のひとつであるかのようであります。

 すこし前までは、欧州王室のゴシップというとそれはモナコと決まっていた。あそ
こにはカロリーヌとステファニーという二人のプリンセスがおりますが、二人ともまっ
たくお転婆、といって不敬罪にあたるなら天衣無縫とでもいいますか、ゴシップ記事
の常連でありました。どっちがどっちだったか忘れましたが名うてのプレイボーイと
結婚したかと思うとすぐに別れ、つぎはボディガードと結婚したかと思うとまた別れ、
いまはサーカスの曲芸師とくっついているのではなかったか。ステファニー妃のほう
は一時は歌手になってフランスの歌番組に出ずっぱりだったこともあった。もっとも、
最近はご両人とも歳を取って落ち着いたのか、それともメディアが興味をなくしたの
か、あまり見かけなくなりました。

 かわりにいま一番の話題はイギリスの王室である。ポール・バレルというダイアナ
妃の執事がダイアナ妃の持ち物を盗んだという疑いがかけられたことがありましたが、
その裁判の最中に「王室のスタッフ(男)が王室の誰かと(こっちも男)(つまりゲ
イの)アフェアーをしている」という噂がどこからか生じ、話は込み入ってきたので
した。誰と誰なんだろうということでメディアの詮索が始まったのですが、あろうこ
とか、チャールス王子が「わたしのことではない」と言い出し、話が意外な方向へ展
開していったのでした。べつに誰もあなたがそうだとは言っていないのに、というこ
とで火のない(と思われる)ところに煙が立ってしまった。

 もっともこれは「攻撃は最大の防御である」という格言のとうり、チャールス王子
が先手を打ったのだとされ、翌日には煙も火も、とりあえず消えてしまっております。
一件落着なのかまだ灰が燻っているのか、そのあたりのことは、わたくしの秘書に聞
かないとわかりません。

 そのポール・バレル氏は最近執事としてダイアナ妃に仕えた経験を本にまとめ、そ
のなかでダイアナ妃は彼に宛てて「わたしはもうじき殺される」と手紙を残していた
と書き、この『A Royal Duty』という本はセンセーショナルに売り出されております。

 オランダにも、ゴシップ週刊誌が喜びそうな話が最近ありました。オランダの王室
には3人王子がおりますが、その次男坊ヨハン・フリーゾ王子が最近婚約を発表しま
した。本来ならたいへんにおめでたい話であるが、ところがその彼女というのがどう
にもイカガワシイという話になった。

 メイベル・ウィサスミットという35歳の女性であるが、彼女はどうも王子と知り
合う前にオランダのドラッグ・ディーラーと交際していたという話がでてきたのです。
このディーラーはオランダでも名うての悪漢で、なんど投獄されても脱獄を繰り返し、
最後は1991年にアムステルダムの路上で抗争の相手方に射殺された。

 その後、彼女はベルナール・クルシュナル氏のオフィスに勤務して国連のバルカン
平和維持を手伝い、その後はヨーロッパに戻って投資家ジョージ・ソロス氏のチャリ
ティ事業の責任者となった。さらにはその間にウィサスミットさんはボスニアの外務
大臣で国連大使だったモハメッド・サシルビ氏と付き合ってもいたという。サシルビ
氏は、ボスニアの国庫金を盗用したという疑いがもたれてもおります。

 オランダでは王室の結婚には内閣の承認(すなわち国民の承認ということになりま
すね)が必要なのですが、バルケネンデ首相はお相手がどうにも怪しげなので承認で
きかねるといい、それに対してヨハン・フリーゾ王子は、じゃあいいよとばかりに王
位継承権を放棄して野に下ってしまった。

 たった35歳にしてあのベルナール・クルシュネルと国連の仕事をし、あのジョー
ジ・ソロスに仕事を任され、麻薬王や外務大臣と付き合ったあと王子と恋に落ちると
いうのは、どんな人生であろうか。まるでローラーコースターに乗っているみたいな
人生は、ジュディス・クレンツかジャッキー・コリンズ、ハロルド・ロビンスの小説
そのままだ。そのように、ヨーロッパの王室がらみのゴシップはその規模や内容から
してわたくしなんぞの理解を超えております。

 ゴシップを扱うジャーナリストをパパラッチ paparazziとか、フィンク fink とか
言いますね。Finkとは「内通するひと」とか「ちくる奴」などを意味する、あきらか
な蔑称である。フランク・シナトラがうるさくまとわりつく女性レポーターを評して
「ブスのフィンクに追っかけられるのだけは、かなわんね」と言っていたことがあり
ますが(このモノローグはシナトラの数少ないライブCDで聞くことができます
(「Frank Sinatra,Dean Martin,Sammy Davis Jr. at Villa Venice, Chicago live
1962. Vol. 1」Jazz Hour JH1033)。たしかに、同じモノを書かせてもフィンクの書
くものはときに扇情的でときに下品である。

 ニュースとゴシップの違いはなんだろうかということを、友人のジャーナリストと
話したことがある。彼の答えは簡単で、違いは文章のスタイルとか表現ではなく、書
く動機の違いであるというのです。フィンクとよばれるジャーナリストたちはただ単
におカネのために書いている、それだけの違いさ、と彼は言う。

 この友人はつい数年前までアメリカの経済雑誌『Fortune 』の副編集長をしていた
が、ずっと昔、マンハッタンでわたくしとアパートをシェアしていた頃、ポルノ雑誌
のレポーターをしたことがある。もちろん匿名でやったのですが、ポルノ雑誌とかゴ
シップ雑誌はカネになるんだよと話していた。つまり、アメリカの出版界にはまだ、
なんというかピューリタン的な精神が残っており、一度ポルノ物をやるとまともな出
版社には一生堅気扱いしてもらえなくなるらしい。フィンクに成り下がることはでき
てもフィンクから成り上がることはできない、だからゴシップ系はペイがいいのだと
いうことでした。

 まあ、あの頃はオレもカネが欲しかったし、つづり方の練習にもなったからね、だ
からポルノもんをやったのだ。オレはフィンク・フラミンゴだったのさと笑った。フィ
ンク・フラミンゴというのは彼の即席の造語ですが、アングラ映画『ピンク・フラミ
ンゴ』をもじったもので、映画のグロテスクさを思えば、なかなかうまい造語であり
ます。

 わたくしは、誰と誰がくっついたりはなれたりというゴシップは読後にどうにも徒
労感が残るせいで、膝を乗り出してまでフォローする元気はありません。大方は話の
途中で関係者の幸せをお祈りして投げ出してしまうのですが、そのくっついたりはな
れたりが政治がらみの話となると別である。陰謀くさい話には自然と聞き耳を立てて
しまうのです(そうしてこちらの話を書くジャーナリストはフィンクとは呼ばず、一
般には investigative reporter と呼んで区別しますね。『野蛮な来訪者』を書いた
ブライアン・バーロウとか『ライアーズ・ポーカー』を書いたマイケル・ルイスなど
をこう呼びます)。

 たとえば先週、上述のゴシップが出回り始めた頃、アメリカがイラクに攻撃を仕掛
ける直前の3月に、実はイラクが戦争を避けようとアメリカに対し、秘密裏に交渉を
持ちかけたという話がでてきた。このニュースの主役はリチャード・パールというネ
オコンの重鎮であるが、「ヘラルド・トリビューン」の報道によれば、レバノンのビ
ジネスマンがサダム・フセイン政権の代理としてパール氏に会い、ブッシュ政権と土
壇場で戦争回避の交渉をしたいと言ってきたというのであります。パール氏は民間人
でありながら国防委員会のメンバー(少し前には議長もしていた)でもあって、当時
は防衛問題に発言力があった。ともかく会って話だけは聞いてやろうという事になっ
て、CIAのクリアランスを取った後、パール氏はこのビジネスマンとロンドンで会っ
たというのです。

 ただ、このパール氏が同じ頃に、南仏でアドナン・カショーギとも会っていたとい
う話があって、わたくしは???と思ってしまった。カショーギ氏は知る人も知るサ
ウジアラビアの政治ブローカーで、過去25年、きな臭い匂いのするところには必ず
彼の影が見えたという武器商人であります。

 パール・カショーギ会談はイラク戦後(!!)にどういう協力ができるだろうか、す
なわちお互いにどれくらいの利益をあげられようかという相談だったと「ニューヨー
カー」紙の3月17日号は報じております。その頃のカショーギはイラクの灌漑事業
に興味があり、パートナーを探していたというから、当然いっしょにやらないかとい
う話だったろう。ロンドン会談(つまり南仏の後)ではパール氏はハナから戦争回避
の仲介をするつもりなんかなかったんじゃあないか。話を聞きながらもパール氏の頭
の中には灌漑事業の$$$マークが踊っていたのではないか……。

 この話だけでも、アメリカがイラク攻撃を急いだ理由の一面が見え隠れするし、戦
後になって、暫定占領当局が復興事業を私企業(とくにアメリカの)に下ろしている、
これはイラクの主権を無視したもので国際法違反だという批判がありますが、なるほ
どこういうところに下りていっていたのかねとも理解できてくるのです。

 まだまだこういう話がポロポロ出てくるだろうが、それらをつなげてみると、ジグ
ソーパズルのように絵が出来上がるのですね。これを学校の研究室でやると外交史の
研究、現代政治の研究ということになるのですが、ゴシップとして自宅で新聞を読み
ながらやってもなかなかおもしろい謎解きであります。

 最後に、わが国にはゴシップは載せないというポリシーで出版された週刊誌があっ
たのをご存知でしょうか。1964年に創刊された『平凡パンチ』がそれであるが、
たしかに初期の「パンチ」はおもしろかった。読んだ後、なにか得をした気がしたも
のである。あの頃のわたくしどもは、芸能人のゴシップなんかよりももっとおもしろ
いことをやって遊んでいたのであります。

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『A Royal Duty』 Paul Burrell著/Michael Joseph刊
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0718147200/jmm05-22
『野蛮な来訪者〈上〉』ブライアン・バロー/ジョン・ヘルヤー共著/NHK出版
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140051612/jmm05-22
『ライアーズ・ポーカー』 マイケル・ルイス著/東江一紀・訳/角川書店
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047911852/jmm05-22
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春(はる) 具(えれ)
1948年東京生まれ。国際基督教大学院、ニューヨーク大学ロースクール出身。行
政学修士、法学修士。1978年より国際連合事務局(ニューヨーク、ジュネーブ)
勤務。2000年1月より化学兵器禁止機関(OPCW)にて人事部長。現在オラン
ダのハーグに在住。
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