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11日午前11時ごろ、バグダッドの電気街通りでは、前後に機関銃を装着した米軍用車両「ハンビー(humvee)」2台が現れ、放送とともに「米軍第2旅団はラマダン(断食)を迎え、皆さんの平和と成功を祈願する」と書かれたチラシを配った。しかし突然の放送に、店の外に出た市民らの反応は共通していた。「冗談でしょ」、「カネでもくれるというのか。」
治安と雇用環境は少しずつ良くなってきているものの、米軍やイラク統治評議会(米軍政が構成した民族、宗教、政界の代表24人による委員会)、臨時政府に対する市民の反応はまだまだ冷ややかだ。
ある店の従業員 ナドゥル(40)さんは「米軍が家宅捜査しながら残り少ないカネとテレビまで盗んで行くのを見たが、一体何を期待するというのか」と話した。
イラク国立劇場で伝統舞踊を教えるムンティズ・ジャコブ(52)さんや、市内・カディミヤ地域の某高校で歴史を教えるファディラ(女/51)さんも同じような考えだった。「長官1人1人にそれぞれ米軍顧問官がついていて、米軍顧問官が予算や政策を指示している状況なのに、独自的な決定ができるか」、「イラク統治評議会と臨時政府の長官らは、イラクを米国の51番目の州に仕立て上げようとしている」と、批判的だった。
職業によっても米国に対する評価は分かれた。
アル・ケイダ街にある肉屋の主人 フセイン・アル・ウベイディ(54)さんは「泥棒が中東で一番うまいイラクの羊を盗み、サウジアラビアやクウェートで売った。戦前、1キロあたり3000〜4000イラク・ディナルだったのが2倍に跳ね上がった」とし、「1日に来客が1人でもあればいいと思うくらい」とした。彼にとっては臨時政府の長官も「名前だけで何をしているのか分からない」存在だった。
しかし、戦後の復興でカーテンの需要の多い、近くの絹糸商人 カシム・トゥイマ(55)さんは「米軍政は、スピードは遅いが誠実だ」とし、「臨時政府の長官らもイラクのために最善を尽くしている」と評価した。
アッバス(Abbas)ラティエフ(38)さんは、米軍政当局で通訳と大工として働きながら受け取った給料(日給25ドル)を稼き、最近新たな住宅を建て始めた。日給25ドルはサダム・フセイン政権時代、大学講師が受け取る月給に当たる金額だ。
彼は「臨時政府下で稼いだカネで、これまで使っていた70〜80年式モデルの車を、90年代半ばのモデルに買い替える人が多い」とし、「臨時政府の長官らがより独利的に、イラクのためになる決定をしようと努力する」と話した。
にもかかわらず、バグダッドとバスラで発行される最大手日刊紙「アザマン(Azzaman)」の編集副局長のナダ(Nada)ショカート(50)さんは「バグダッド市民の99%は状況も改善しておらず、臨時政府に託す希望もないと考えている」と説明している。
イラク人が冷ややかな反応を見せる理由について、英字週刊誌「イラク・トゥデイ」の編集長 ハサン(Hasan)パタさんは「 “待つこと”に疲れている大多数のイラク人は、正常化が非常に長い過程ということに気付き、さらに悲観的になった」と話す。「最重要な憲法制定やバット党(フセイン政権の執権党)の高位幹部の裁判をめぐる論議も始まったばかり」というのだ。
また、識字率(40.4%/2003年の米中央情報局のファクトブック)の低さも作用しているようだ。旧政権で専門官僚だった生物学者のサレム(Salem)アスワード・アリ(54)さんは「教育を受けなかった人々に客観的な評価が可能と思うか」と問い返した。
このような環境では噂ばかり飛び交うものだ。この日、バグダッド市内には「臨時政府の内務長官が3日前に政府の資金を横領し、家族とともにフランスへ逃走した」という風説が出回った。
「アザマン」のナダ副局長は「事実無根だ。サダムの追従者らが民心を霍乱させようと流した可能性がある」とした。しかし多くのバグダッド市民はこれを信じ込んでいた。
李チョルミン記者
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/11/12/20031112000065.html