現在地 HOME > 掲示板 > 戦争42 > 160.html ★阿修羅♪ |
|
(回答先: 「日本の援助に群がる人たち」 2003年11月06日 中東TODAY 【佐々木良昭氏嫉妬?】 投稿者 なるほど 日時 2003 年 11 月 07 日 03:34:37)
これは、わが編著で指摘した「中東通」の中東蔑視の実情の一端でしかない。
佐々木某は、湾岸戦争当時から最も下品な商売人だったが、見かけは上品でも、それだからなおさらのことに、ころりと騙される心情左翼という不勉強な権力主義を秘めた連中を増殖させるから、「偽の友」としての罪が重い連中も多い。要注意!
この件に関しては現在、わが愛用の試金石は、「ホロコーストの大嘘」と「911自作自演謀略」である。この2つの試金石で、本物か偽物かを見分けるべきである。
いわば宮本武蔵の二刀流じゃな。昔なら、いざ、真剣勝負!
刀も抜けない連中ばかりである。抜けば竹光かな、呵々大笑。
以下は、2002.40.25.発行、木村書店、木村愛二編著『9・11事件の真相と背景』(副題:「テロ」か? 自作自演の戦争挑発謀略か?アメリカ=イスラエル=世界支配構想の核心を突く)からの抜粋である。
第6章 「イスラエル・CIA説」から逃げた「中東通」の中東蔑視
判断の歪みの原因は、基本的に、その判断の根拠となる基本的な状況の認識の歪み、情報の流れ方の歪みにある。ではなぜ、それが歪んだのであろうか。
実は、他のあらゆる「業界」におけると同様に、一般にはあまり知られていない「中東業界」の内部でも、恐るべき事態、いわゆる腐敗状況が、密かに進行していたのである。
簡単に言えば、近年のいわゆる反体制派の「貧すれば鈍する」状況に加えて、中東情勢に関する状況認識の日本における主体となるべき専門筋の「中東通」の間には、右も左も区別なく、中東蔑視があり、いわゆる右の体制べったりは当然としても、いわゆる左も似たり寄ったりの体制依存、共生状況に成り果てていたのである。
[中略]
日本国内で、モサド・CIAの謀略を疑う意見を、「陰謀説」として退け、または逃げ、無視したのは、いや、それどころか、その無視と言論抑圧の論調の先頭に立ち、しかも、アラブ情報を歪めさえしたのは、何と、「中東専門家」として飯を食っている連中だったのである。私の手元には具体例の資料が山ほどある。
要するに、日本という世界第2の「経済大国」、成り金国家の「第三世界」への態度の典型の一つでしかないのである。欧米の物真似、右手で「搾取」し、左手で「慈善」を施す金持ちの傲慢さが、滲み出ているのである。古今東西、「善人面」の慈善家ほど、傲慢で、慈善を施す相手を「蔑視」している連中はいないのである。
日本の戦後初期のアラブ・イスラム研究者たちは、いわゆるアジア・アラブ連帯の立場から、アラブ・イスラム圏に接したはず(これも実は怪しい)である。ところが今では、彼らの弟子たちが「就職」する「業界」は、中東向けODAの金の生る木の商売になったのである。
この現象は、世界史の実例と比較すると、別に珍しいことではない。貧困から身を起こした耶蘇教(当時の日本人の表記)の宣教師が、遙か極東の果ての日本にまで来たりして、植民地化のための情報収集の先兵をつとめるようになったようなことである。彼らが「アラブ世論」を歪めて伝えるようになるのは、当然すぎるほどの帰結なのである。
しかも、すでに私は、「慈善家」という言葉を使ったが、いわゆる連帯とか救援とかの運動にも、残念ながら、別の意味で、その気がある。これまた、宗教やら社会主義やらの運動にも、「大衆蔑視」が付き物だったことを思えば、まったくもって不思議な現象ではない。「救援」する相手は、飯の種ではないにしても、運動の種なのである。これまた運動と言えば運動だが、「中東業界」と私が呼ぶ分野には、日本赤軍そのものや、心情的支持者がいて曖昧模糊の関係を持ち、ますます状況を複雑にしている。そのそれぞれに流儀の違いはあり、理論的には混乱の極みなのだが、「民族解放闘争の戦術としてのテロ」を容認したりして、実質的には9・11を「テロ」と認める立場となり、私の分類では、結局、9・11事件「テロ」呼ばわりの仲間に加わっているのである。
[後略]