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「取り返しのつかない世界」 冷泉彰彦
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投稿者 エンセン 日時 2003 年 10 月 14 日 13:00:50:ieVyGVASbNhvI

 
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■ 『from 911/USAレポート』 第114回
   「取り返しのつかない世界」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』 第114回
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「取り返しのつかない世界」

シュワルツネッガー騒ぎが一段落したと思ったら、アメリカのTVはラスベガスの虎
騒動ばかりを大きく取り上げています。ロイ・ホーンという猛獣を使ったマジシャン
が、「パートナー」の虎に噛まれて瀕死の重傷を負ったというのですが、そのマジシャ
ン仲間の悲嘆にくれる顔が毎日のように三大ネットワークのニュース番組のトップに
登場しています。

9日の時点では、ロイ・ホーンが舞台の上で滑ってしまったのを見て驚いた虎が、彼
を助けようとしてパニックを起こし、結果的に愛する「トラ遣い」に大けがをさせて
しまったらしい、という美談(?)まで紹介されました。こうなると全米がロイ・ホー
ンの無事を祈っているというムードです。

本当はイラクや北朝鮮の問題を真剣に報道すべきなのに、財政赤字と産業再生の議論
をすべきなのに、貴重な電波を虎騒動に浪費するのは、不謹慎なのかもしれません。
それとも何かを隠すための軽い報道統制の一種なのでしょうか。911以降慣れてし
まったメディアを斜めに見るクセからは、そんな風に受け取ることも可能、それほど
の扱いぶりなのです。

とにかく、人々は真剣にロイ・ホーンの容体を心配しているのです。そして、ロイの
人柄を紹介し、虎との心の交流を説明しながら惨事に対して悲嘆にくれるマジックシ
ョーの相棒達の姿に、本当に同情しているのです。同情とまで行かなくても、興味が
尽きないのです。

これが、2003年10月のこの国のムードです。テロ警報や、防毒マスク、怪しげ
なテロリストの動向、「こわもて」のペンタゴンのお歴々・・・911以来TVに現
れた「おどろおどろしい」映像に人々は飽き飽きしています。一介の猛獣使いに同情
する人情は戻ってきました。同時に、明らかに傷を負った人の話でありながら、政治
的な背景の全くないエピソードを、何も考えずにボーっと見たいという心情もあるの
でしょう。

この事件にある「取り返しのなさ」も時代の空気に合っています。事件の影で、猛獣
を使ったマジック・ショー業界は真っ青になっています。一旦「危ない」というイメー
ジがついてしまっては、カジノ街の狭い舞台での「猛獣マジックショー」をわざわざ
見たいという客はもういないからです。ロイという苦労人風情のマジシャンの容体を
案ずると同時に、のん気な猛獣ショーはもう見られないかもしれない、そんな喪失感
が漂う辺りも、人々の心情に触れるところがあるのでしょう。

「取り返しがつかない」と言えば、イラク情勢は正にそうです。10月9日には、ア
メリカの公共放送PBSの『フロントライン』という番組が、イラク政策の無責任ぶ
りを一貫して告発していました。国務省にも、国防総省にも戦後体制の明確なプラン
がなかったこと、問題になっているイラクのWMD(大量破壊兵器)の存在について
は「ありそうだ」という判断材料を大袈裟に取り上げる一方で「現時点では開発はさ
れていない」という判断を導くような証拠は無視されたことなどを、現場のインタビ
ューを踏まえて追及したドキュメンタリーでした。

暫定統治の責任者として着任しながら一ヶ月早々で辞任した、ジェイ・ガーナー将軍
は「バクダットを制圧すれば、イラク軍とイラク警察は解放軍であるアメリカに全面
的に従ってくれると思っていた」と正直に告白していましたし、「通常の戦争では、
戦後処理計画と戦闘計画は同時に立てるものだが、今回は違った」と語っていました。

その一方で亡命イラク人の知的指導者であるカナン・マキーヤ氏は「早期にイラク人
による統治体制が必要とブッシュ大統領にまで直接進言したのに、私の警告は無視さ
れた」とため息をついていました。(事態が悪化する前の話ですが)国務省から、
「アメリカ人の自分たちで暫定統治をやるから知恵を貸せ」と言われて出てゆくと、
「バクダット制圧後のゴミ収集の詳細計画を作っているところだ」と言われて余りの
バカバカしさに帰ってきた、というエピソードまで紹介していました。

イラクの統治については、国防総省も、国務省も(お互いの暗闘のためでもあります
が)立ち行かなくなり、ついに、国家安全保障担当補佐官のライス女史を担当者に据
えて丸投げという状況です。加えて、バクダッドではシーア派住民の抗議行動が盛ん
になる一方で、クルド人の宿敵であるトルコ軍の駐留という話も浮上したり、混乱は
深まりこそすれ、収拾の方向性すら出てきていません。

では、イラク戦争の全体的な戦略が誤りだったからと言って、「戦前の状態」に戻す
ことはできるのでしょうか。独裁者サダムは除くとして、サダムに代わるスンニー派
のリーダーを据えて、戦前と同じような三派の力のバランスを取り戻して、地域を安
定させることはできるのでしょうか。

漠然と米英主導の駐留を続けていって、危ない中を「人道支援」なるものを増やして
いき、やがてインフラの復旧が始まれば反抗が落ち着くのでしょうか。それまでの反
抗を全て「テロ」の烙印を押しながら、大金を投入して警官を武装させて給料を払っ
ていけば、戦火は止むのでしょうか。そうは思えません。サダムの政府は限りなく非
道であったのでしょうが、それはそれとして「イラク」という「国のかたち」を壊し
てしまったという事態は、私にはもう取り返しが付かないのではないかと思えてなら
ないのです。

現在のイラクで米英のやっていることが正しいかどうかは、敵と味方では賛否が分か
れる、そんな性格ではないようです。現在の占領には無計画と無責任しかなく、日々
やっていることが、誰の目から見ても「失敗だった」ということが明らかになりつつ
あります。

その意味では、この先、仮に「米英の撤兵」という事態になっても収まりはつかない
ように思います。最悪の場合は、民族別、宗派別にイラクを三つに分けて分割占領、
そして国連主導で治安を回復、三地区ごとに自由選挙で自治権を固めていって、改め
て平和裏に連邦制へ移管する、そんな気の遠くなるようなシナリオを描く必要も出て
くるのではないでしょうか。

北朝鮮に関しては、今週7日の火曜日にプリンストン大学に、ジョージ・ワシントン
大学のデビッド・モチヅキ教授が来て「北朝鮮危機に対する日米韓の外交」に関する
分析のレクチャーがありました。民主党寄りの政治学者である氏は、90年代の「危
機」以来の三カ国の対応を詳しくレビューしていましたが、この2003年の時点か
ら振り返ると実に興味深いレビューでした。

94年から98年の核危機に際しては、日本は小渕内閣や加藤紘一氏ラインによるコ
メ支援など「ソフト」対応で一貫、これに対して韓国の金泳三政権は日本は北に甘す
ぎると「ハード」路線、クリントン政権はその「中間」という三カ国の枠組みの中か
ら最終的にKEDO合意が編み出されたと教授は指摘しました。

その一方で、98年以降の、特に2000年以降の流れは全く逆になったというので
す。小泉政権の下で急に「ハード」へと転じた日本、反対に韓国では二度の政権交替
で「ソフト」路線が定着、アメリカでは大統領の訪朝直前まで行ったクリントン末期
の「ソフト」路線から共和党の「ハード」路線へと変わったというのです。

モチヅキ教授は「ハード」か「ソフト」について三カ国それぞれに根深い対立を背負っ
ていること、与野党の対立だけでなく、日本の福田VS安倍であるとか、アメリカで
は国務省対国防総省など、政権内部もバラバラであることを指摘しました。

それだけではなく、北朝鮮問題に関して大きな政策転換が起きるのは「決定的ではな
い理由」が多いと言うのです。フロリダの開票の結果「外交は何でもクリントンの反
対をやる」という政権が登場してしまったアメリカ、拉致とテポドンに驚いて感情的
に流された日本、そのどちらにも「ハード」に転じなければならない深刻な理由は無
かったのだとモチヅキ教授は断罪していました。

モチヅキ教授のレクチャーは、最終的には六カ国協議の継続の中から、米国による何
らかの安全保障をして重油の援助を再開する中で、北の自由化を促進するという極め
て常識的なシナリオに基づいていました。過去の経緯を丁寧に確認しながら、粘り強
く内外の交渉を支えようという政治学者らしい姿勢には違いありません。

見事なレクチャーに感銘を受けての帰り道、しかし私には一つだけ引っ掛かるものが
ありました。ここにも「取り返しのつかなさ」があるのだと。仮に日米が「ソフト」
路線に戻ったとして、経済的援助を再開しても北朝鮮社会はそれほど持たない、ので
はないかと。既に政権の失政と犯罪行為は明白です。人権弾圧も並外れたものがある
のは事実でしょう。

エネルギーと食糧で「持たして」おいて、穏やかに変化を待つ、そのためにも一旦こ
の「危機」を収拾して元に戻す、そんなシナリオで大丈夫なのでしょうか。私には、
日米韓三カ国には、いやこれに中国とロシアを加えた五カ国には「金正日政権がいつ
崩壊しても大丈夫」な準備をしておく必要があると思うのです。

具体的には、(1)北の崩壊は「イコール韓国による吸収合併」であり、それ以外の
選択肢はないこと、(2)統一韓国はFTAは勿論のこと日本の最友好国となるべき
こと、(3)旧北の復興費用はこの五カ国に更に欧州諸国、東南アジアなどからも資
金を募ること、日本は戦後補償見合いとなる額の金は出すが、各国の拠出に混ぜて同
時期に同じ方式で出し、しかもそれで補償問題の「後腐れ」は無くすること、という
辺りが基本政策になるでしょう。

これに続いて、(4)北の政権当事者の断罪は旧東独方式、(5)日韓の拉致問題や
脱北者への暴力などはこの時点で改めて真相究明と実行犯の特定を行って断罪、(6)
北の住民の名誉と経済的権利の保障も旧東独方式を参考にする、(7)中国、ロシア
との国境線は未来永劫一切変更しない、(8)竹島問題は統一とは無関係なので棚上
げ、などということも外せません。

そんな辺りが常識ではないでしょうか。いずれにしても、イザ政権崩壊、国境が開い
た、というときに、ソウルにいる日本人観光客「救出」に船を出したり、本当の難民
を怖がってトラブルになってケガをさせたりしたのでは大変です。有事に備えるとは、
ドンパチやれば良いというものではなく、地域に起きた変化の波の中で、無用な混乱
を避けて毅然とした姿勢を貫き、地域の「次の体制」においてもソフトな発言力を維
持するための細かな施策を決めておくことなのでしょう。

911からイラク戦争まで、暴風のように時代が流れて行きました。そして今、風は
あわてて向きを変えようとしています。ですが、クリントンの昔にも、バブルの昔に
も戻れないのです。まして冷戦型の均衡という過去の枠組みに戻れるような地域はあ
りません。

アメリカに話題を戻しますと、今週は、『ボウリング・フォー・コロンバイン』でア
カデミー賞を受賞したマイケル・ムーアが『・・・間抜けなアメリカ白人』がベスト
セラーになった余勢を駆って『そこの田舎のオッサン、俺達の国はどこへ行っちまっ
たんだい?("Dude, Where 's My Country?")』という本を発売しましたが、反ブッシュ
の風に乗って出版社は大変に強気です。

出版元のワーナーでは、今日9日のNYタイムス文化面の最終ページにオールカラー
の全面広告を出しました。宣伝コピーも「親愛なる・ミスター・ブッシュ、あなたは
終わることのないイラク戦争を開始し、史上最大の財政赤字を垂れ流し、2千700
万人の職を奪いましたね。そこで、一つだけ質問です・・・・」という具合ですし、
その肝心の "Dude..." の表紙には「ブッシュの銅像に鎖をつけて引き倒しているマ
イケル・ムーア」という具合で、やりたい放題です。

私は『コロンバイン』は見事な映画だと思いますし、ムーアと言う人も尊敬していま
す。多少宣伝になりますが、『コロンバイン』の日本版DVDには解説を書かせても
らってもいます。この本(まだ入手していません)も悪い本ではないと思います。で
すが、風向きが変わっただけで手のひらを返すように、今度は「リベラル」を金もう
けの材料に使うメディアには呆れるばかりです。

拝金主義とか節操のなさを非難しようと言うのではありません。ただ、911からイ
ラクまで、好戦的な政権の巧妙な世論操作に乗せられた人々は内心傷ついているのだ
と思うのです。本当にテロが怖いと思い、初めて銃を買い込んだ人、アフガンでのタ
リバン潰しに喝采を上げた人、イラク攻めもサダムの息子殺しも「これで良いんだ」
と支持していた人々は沢山います。そうした人々の全てが愚かなわけでも、悪人であ
るのでもありません。

そうした人々にとっては、風向きが変わり、これまで信じていたものが崩壊する、そ
んな中では、再び社会に無気力や病的なものが蔓延しないか、私には気掛かりです。
ムーアが映画で訴えたこととも重なりますが、この間アメリカが恐怖と憎悪にまみれ
て戦争に訴えていった背景には、単なるテロのショックだけではなく、ITバブルや
グローバル経済に「落ちこぼれた」地方の主として白人中産階級の疎外感があったよ
うに思うのです。今、再び景気が底を打ち、言論の自由が戻り、リベラルな言動が突
然主流に復帰しつつあります。でも、それがクリントン時代の再現にはなるはずはあ
りません。

いやそうであってはならないのです。分裂ではなく和解を、特定の産業や地域だけで
はなく全体の繁栄を、そして意味のない左右対立の政争は避ける賢明さ、そんなリー
ダーシップを人々は望んでいます。ムーアの本は売れるでしょう。それは悪いことで
はありません。ですが、実際に国の再建を託す人物には「ブッシュへの怒り」だけで
は足りないと思います。

現実の民主党候補達は、9日のディベートでは「以前はブッシュもイラク攻めも支持
していたクラーク候補が、一転して全否定に変わった二枚舌」を他の候補達が総攻撃
するという醜悪ぶりを示す一方で、スーツの上着を脱いで候補者達がシャツにネクタ
イの姿で「親しげに」TVの向こうの有権者に対して媚びを売ったり、安っぽい演出
ばかりです。そんなカリスマも何もあったものではない空虚な政争を見せつけては、
折角ブッシュ再選阻止だと勢いづいた支持者達にも水を差してしまいます。

ムーアの本が売れ、PBSではイラク政策批判の番組が堂々と放映されるようになり
ました。民主党の大統領候補たちに取っても、ブッシュ批判で気勢を上げていれば話
題になった日々はもう終わりです。具体的にイラクをどうするのか、財政をどうする
のか、取り返しのつかない事態の中で、それでも次の手を誠実に訴えることのできる
候補が最終的には勝ち残って行くのでしょう。


冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm05-22

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