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【語れ、回想よ】 川上徹
個々の人間の脳裏にあるさまざまな記憶たちの間には生き残りをかけた熾烈な競争があって、ただ自ら残ろうとする意志をもつ記憶だけが、ほかの回想に代わって残される権利をもつ。「私は、記憶というものを、一つのことを単に偶然に保有し、別なことを偶然喪失するものとは考えずに、意識しながら整理し賢明に無駄を省く力とみなしている」(シュテファン・ツヴァイク『昨日の世界』)。
私は本書を書き上げる過程で、私の中でしぷとく生き残った記憶たちの声を聞いた。彼らは、時によっては私から価値を認められず振り払われそうなことがあったにもかかわらず、じつに二五年の長きにわたって「自ら残ろうとする意志」を持続させてきた。彼らの生命。力に免じてその声を聞いてみると、それはようやく解き放たれた鬱憤を晴らすかのように、つい「昨日」のようにみずみずしく躍動していた。だが、彼らが話す内容は、単に私だけでなく他の人々(例えば読者)にも何らかの価値があるのだろうか。あるいは、息せき切って性急に語られる内容が誰かを不当に傷つけることになりはしないか。幾つかの逡巡があった。
だがそれでもなお、私は、今こそ彼らの声を聞きここにそれを紹介することにした。それは、ようやく私が平静な気持ちで、客観的にナマの記憶たちを理解し、これとつき合うことができるようになったからかもしれない。それに二五年かかったということでもあるのだ。ツヴァイクとともに彼らに声をかけよう。語れ、私の回想よ、私に代わって。私も君たちに対して言いたいことを言わせてもらうから。私は本書で、回想のカを借りながら、一つの「事件」体験とそれを通じたいくつかの「発見」について述べてみようと思う。
http://www.zorro-me.com/kawakami/samon/k0002.html