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(回答先: 藤井総裁のイニシャル発言、石原国交相「調査せぬ」(朝日新聞10月21日) 投稿者 竹中半兵衛 日時 2003 年 10 月 22 日 12:23:15)
上記スレ、書いている最中にネコがキーボードを叩いたため、送信されてしまいました。自己レスします。
この大臣は政治技術も未熟だが、身辺にもやましいことがあったらしい。
道路公団の藤井総裁も、なんとかセイバツタイなどうろついているので、闇に葬られんよう気をつけてください(かといって味方してるわけではありません)。
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◇大新聞でボツになった石原伸晃議員の金銭授受疑惑; ◇青木幹雄参議院議員はなぜ小泉を推したか」 ( [ X-report ] No.163 号)
◇大新聞でボツになった石原伸晃議員の金銭授受疑惑
1999年7月、98年に破綻した長銀が貸し出した1兆5千億円以上の金
が不良債権と化し、焦げ付き企業が100社を越えていることが明らかになり、
特別背任など強制捜査を含む大きな事件になろうとしていた。
だが捜査が狭まった時に必ず起きるのが、重要証言者の死である。
5月6日には上原隆元副頭取が杉並区内のホテルで首吊り自殺を遂げた。そ
して5月17日には大阪支店長が自殺するなど、なんとも奇怪な自殺が続いた。
上原元頭取の自殺の現場は関係者に寄れば凄惨きわまりないとのことだった
し、支店長の自殺も凄惨であった。いずれも「自殺」と断定されたが、時期が
時期だけに警察の発表を疑ったものだ。
その同じ時期、某新聞記者は一大スクープになる政治家の金銭スキャンダル
を追っていた。
前年10月に破綻が明快になり国の管理下に置かれた長銀。その大口融資先
の一つの企業名はT・エステートという名だが、この企業が大物政治家にカネ
を出していたという情報をつかんでいた。
Z記者はこの焦げ付いた一社から政治家に金が流れたとの情報をつかんでか
ら熱心に取材を続けてきていた。
7月7日、大野木、須田が保釈された日、我々は帝国ホテルのロビーで落ち
合うと人通りの少ない場所を選び、人気のない小さな店に入った。
人に聞かれたくない話をするためである。
Z記者はT・エステートと石原伸晃との関係を取材してきた結果を話した。
「社長はTといい、平成2年に茶封筒や紙袋に入れて複数回にわたって現金を
手渡した。手渡した場所はT・エステート社で、石原は自分でやってきて受け
取って帰ったというんだ」
証言者は複数あり、一様に「茶封筒」「紙袋」に金を入れて手渡したと話し
たという。ただ証言はあるが物証は無かった。物証が有れば決定的だが、しか
し現金の性格上証拠を残すはずがなかった。この会社はこの時、融資先に支払
う利息すら滞納している状態にあったからである。いわば不正な支出金であっ
たのだ。
T・エステートは昭和61年、住総の会長だった原秀三氏の助力で設立され
ている。原氏は56年から62年まで住総の社長をつとめ、62年から平成3
年まで会長を務めた。
原氏は不良債権問題で住宅金融専門会社の承認として国会で、こう語ってい
る。
「私ども子会社の住総エステートサービスの取引先としていわゆる大洋グルー
プがございます。大洋グループには大洋興発と申しますか、あるいは大洋商事
といいますかそういう二つの会社がございました」
その原氏の手で新たにT・エステートが設立されたのは昭和61年のことで
ある。同社は住総から4分の一の出資を受けて設立された後、住専から次々に
融資を受けている。86年(61年)に683億円、87年(62年)138
3億円、91年(平成3年)にも721億円の融資を受けるなど住専の第三番
目の大口融資先になっていた。
同社はさらに長銀の関連ノンバンク・日本リースの大口融資先にも登場する。
日本リースの大口貸し出し先のナンバーワンである日本ビルプロジェクトに次
いで二番目に顔を出しているのだ。
住専の大口融資先であり、日本リースの焦げ付いた融資先となったT・エス
テートは、茨城県日立市に開発したゴルフ場や住専との土地転がしをやってい
たのだが、平成2年頃には経営が破綻状態になり、利子の支払いすら停滞する
ようになっていた。
T・エステートから石原に金が出たのはまさに同社が利子の支払いにも窮し
ていた時期にあたるのである。
石原は昭和56年、日本テレビに入社し運動部を経て報道部に勤務。報道部
では警視庁、運輸、外務、経企庁についたが63年に転身の契機となる仕事に
ついた。竹下政権のときだが、この時竹下の番記者となった。ここで政治に開
眼したのだろう石原は、翌年日本テレビを退社するや立候補の準備に入ったの
であった。
かくて平成2年2月の衆議院選挙で初当選を果たした。国会の赤じゅうたん
を踏んだ石原の胸には議員バッジが光っていた。
「石原が金を受け取ったのはこの議員になったあとからなのです。わざわざ本
人が出向いて受け取りにきたというのです。T社は毎回50万円を茶封筒に入
れるなどして複数回にわたって渡していたと証言している。時には紙袋の時も
あったとね。その総額はざっと計算すると500万円ほどになる」
Z記者は極秘裏に取材を続けてきたのである。
だが記事はついに日の目を見ることはなかった。つまり没になってしまった
のである。
石原伸晃も石原慎太郎も記事が出れば告訴してくるだろうとの予測もあり、
掲載には慎重に慎重さが求められた。決定的な証拠が必要だが、この場合は証
言だけが頼りだった。しかもその証言にも若干のぶれがあった。
「手渡したときの時間が少し違うところがあるんだよ。そこがつつかれたとき
にそこが弱くなる」
Z記者はそこを悩んでいた。
「会議に諮ったが、あのぶれが大きな焦点となった。やはり弱い、という結論
に至ったのだ」
物的証拠がないことに加え、「証言者の証言にほんの少しぶれがあった」と
いうのが落ちた理由だった。
Z記者の新聞は訴えられたときの事を恐れたが、それは週刊誌も同じだった
のである。
石原伸晃の金銭授受疑惑の記事はこうして闇に落ちたのである。
今日、石原議員は藤井道路公団総裁を解任する権力者の「立場」に出世し、
正義を演じているが、先の話からすればその身は決して清くはないと言わざる
を得ない。
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【噂の行方】
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◇青木幹雄参議院議員はなぜ小泉を推したか
自民党総裁選で、橋本派を割る事態まで招来して小泉支持を行った青木幹雄
参議院議員の名前が、藤井治芳道路公団総裁の口から出てきた。
道路公団の利権をむさぼって来た道路族の大物議員の一人として名指しされ
てるのだ。その真相は時間と共に明らかになるだろうが、ここにきてもう一つ
の疑惑が浮上してきた。
それは自民党総裁選の事である。
青木幹雄が橋本派を割る勢いで野中とも喧嘩状態になりながら、総裁選で小
泉支持に回った理由について、次のような話があるのである。
「今になって分かったことですが、青木は小泉に庇護を求めたわけですな。圧
倒的に優勢な小泉が総裁になると踏んだ上で、すり寄ったんでしょう。つまり
道路公団民営化が進めば自分の名前が出てくる可能性がある、そこで自分が小
泉に恩を売って置けば、救いもあると考えた節がある」
なんともせこい話だがさもありなんである。
竹下元首相の秘書として権力を強め、竹下元首相の利権を引き継いだ青木幹
雄参議院議員、そろそろ化けの皮が剥がされるときが近づいたようである。
次号は10月24日配信の予定です。
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編集・発行人:永島雪夫
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