現在地 HOME > 掲示板 > 雑談専用6 > 516.html ★阿修羅♪ |
|
(回答先: あっしらさんへ質問があります。 投稿者 小さな留学生 日時 2003 年 12 月 16 日 12:38:09)
小さな留学生さん、はじめまして。
ハチャメチャでイイカゲンな人生を過ごしてきた身としては、人生相談や生き方論を語ることは似つかわしくないと思っているので、ためらいがちに思うところを書きます。
米国で学ばれている水資源や土壌の問題は、今後、石油資源や金融理論よりもずっと切実なものになるだろうと思っています。
人類総がかりでもそうですが、一人の人間ができることはタカが知れています。
そうであっても、一人ひとりが何かをやることで世の中が動き歴史がつくられてきました。
重要なテーマでありせっかく選び取った道でもあるわけですから、一人の人間として水資源や土壌に関する捉え方や知識を豊かにしそれを活かしていくことを当面のテーマにしたらいかがでしょうか。
卒業して大学で得た能力を企業や公的機関で活かすようになったら、様々な軋轢もあると予想されますが、まずは自分(家族)の生活を維持していくことを最優先して判断していけばいいと思っています。
「できるだけ自分が日々楽しめるようなことを仕事にして多くの人々と出会えるような人生ならそれで十分なのかと今は思っています」という気持ちに優るものはありません。
多くの人がそのように考えれば、いい関係性ができみんなが日々を楽しめることになります。
ひとのためになんか役立ちたいという考えも貴重なものだと思っていますが、それが日々楽しめるものでもなければつまらないし、余計なお世話や恨み(こんなにしてやっているのにといった)につながってしまう可能性もあります。
小さな留学生さんには日本に帰ってきて欲しいなあと思っていますが、お世話になっている米国にとどまって仕事をするのも選択肢です。
>阿修羅掲示板を読むようになりました。阿修羅はとてもおもしろいのですが、ときど
>き鬱になります。
>僕は高校生の時から今の現実社会にほとんど希望を感じません。これから、世の中、
>さらに悪くなる一方なんでしょうね。僕ら若者はこの先何もできないまま世界の支配
>層の奴隷として生きていかなければならないでしょうか?
この間の世界の動きを見聞きしたりその背後にある仕組みを考えると、確かに、鬱になるかもしれません。
鬱になるのは、現実社会に希望を感じていないながらも、非現実のなんらかの可能性や希望を見出しているからだと推察します。
今後の世界は殺伐と困窮が広がっていくことになると思っていますが、それに絶望を見出してしまえば、絶望した奴隷や奴隷からおこぼれを貰う立場として生きていくしかないことになります。
まずは、少しでも楽しく日々を送る奴隷になればいいという覚悟を持つことです。
しかし、自分を楽しく生きる自由民だと錯誤しないことが肝心です。
「貧すれば鈍する」というのは、一人身でもそうなりがちで、家族がいればますますそうなってしまいます。
鈍することは絶望さえしっかり持てない状態ですから、他者から吸い上げてでもとは言いませんが、自分が貧しないことは何より大切です。
そのような日々のなかで、自分が何によって生かされているのか何によって楽しめているのかを知る
直接的にはお金のおかげのように思えるとしても、ちょっと冷静に考えれば、それがお金ではないことがわかるはずです。
100人の人間が絶望した奴隷になれば、101人目の人間も絶望した奴隷になり、世界支配層は格好の条件を手に入れることになります。
100人の人間が奴隷性を自覚しながらもそこから脱却する術を見出せば、101人目の人間もその術を身に付け、あれよあれよという間に世界が変化することになります。
(そのような100人が生まれない限り、どんなにあがいても世界は変わりません)
これまでの日本や米国の多数派は奴隷と思う必要もなかった条件のなかで生きることがてきました、
これは、世界支配層が支配の安定のために持ち出した市民や国民という観念が受け入れられる素地でもあったわけです。
今後の悪化は、そのような意識が揺らぐ人の増加をもたらします。
その過程で、奴隷性を自覚しながらもそこから脱却する術を見出す人が増えるのか、それとも、絶望した奴隷が増えるのかが、これから数十年(小さな留学生さんの人生)の世界の在り様を決すると思っています。
深刻な世界の現実を見据えながらも、時にはうつつを抜かして楽しむ余裕が、鬱を感じさせる深刻な世界がそこそこは楽しい世界に変わる力になると信じています。
今が大きな歴史的転換期にあることは間違いないと思っています。
せっかくそのような時代に生を受けた一人の人間としてその推移を楽しんでください。
眺めるだけでも、主体的に関わっていくことでも....