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http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2572dir/n2572_03.htm#00
2月16日
SARSやトリインフルエンザといった感染症が,今冬も問題となっている。検疫の最前線に立ち,「感染症もボーダーレスの時代」という岩崎恵美子氏に,日本が考えるべき国際感染症対策についてご寄稿をいただいた。
日本では,年間約1800万の人々が海外へ渡航し,海外からも約500万人の外国人が来日しており,この数は増える一方である。そのような中で,最も多くの日本人が訪れ,また,来日する人の数も多いのがアジア地域である。
アジア地域では,デング熱,デング出血熱,腸管系感染症や時には生命の危機も招くマラリアをはじめとする多くの感染症が日常的に流行しており,時にはSARS(重症急性呼吸器症候群)のような未知の感染症の発生もある。それらに罹患したまま帰国する日本人や,入国してくるアジアの人の存在も,決して少なくない。このようにして入ってきた感染症に対して,日本では「輸入感染症」として,国内で通常発生している感染症と区別して扱ってきた。
しかし,現代のように経済活動などが活発化し国際交流が盛んになっているボーダーレスの時代では,感染症を取り巻く状況ももちろんボーダーレスであり,海外で流行している感染症が,渡航する日本人によって,あるいは来日する外国人によって,日本国内へ流入し流行する可能性はますます高くなっている。まさに,2003年春先からアジアを中心に流行したSARSは,アジア,アフリカなどの発展途上国で発生した重篤で感染力の強い感染症が,短時間で世界中に感染拡大する可能性の高さを示す典型的な例といえる。そして,こうした感染症に対応するためには,地球規模で流行する感染症を「国際感染症」と認識し,世界共通の感染症対策に基づいて克服していく必要があることを私たちに教えてくれた。
再び見直される検疫
人類は地球上に誕生して以来,感染症に悩まされ続け,その中で,感染症が必ず人とともに移動することを学んできた。そして,人とともに移動し,侵入してくる感染症を阻止するために,国境である水際に検疫所を設置するなど,さまざまな工夫を凝らしてきた。
実際に検疫が行なわれるようになったのは,14世紀のヨーロッパでのことである。中世に入ると,船舶の大型化が進み,遠距離の航海が可能となった。その結果,ペスト患者が貿易船によってヨーロッパ各地に運ばれ,ペストがヨーロッパ中に蔓延することとなった。当時,ペストの死亡率は高く,多くの国が深刻な被害を受けたため,ペストの侵入を阻止することに躍起となり,水際で監視を行なうようになった。この監視が検疫のはじまりであり,ペスト流行地からの船を40日間,港の沖に留め置きし,ペスト患者がいないことが判明してから着岸の許可を出して,ペスト患者の入国を防いできた。英語のQuarantine(検疫)は,船を留め置いていた期間であった「40日」のラテン語を語源としている。
以来,検疫所は国境を越えてくる感染症を監視してきたが,時代とともに,経済発展が優先となり,手続きの簡略化が望まれ,水際での感染症監視は形骸化してしまった。しかし,重篤な感染症が発達した交通網に乗って世界中を駆け巡ることが,SARSの流行によって明らかとなった今,水際での感染症の監視が再び見直されてきた。
新たな感染症が生まれる地域
人類は英知を絞り,感染症に対するワクチンや抗生物質を次々と開発し,数々の感染症を克服してきた。しかし,そのような努力にもかかわらず,新しい感染症が次々と現れ,人類を脅かしている。その新しい感染症誕生の最も大きな原因が,人間が自ら行なってきた未開発地域の開発や交通機関の発達にあるのは皮肉なことである。未開発地域の開発は,そこに生息する動物と人の接点を作り,動物の感染症を人間社会に持ち込む結果を招いたのである。特に,未開発地域に生息する動物は,今まで人間が経験したことのない病原体を持っている可能性が高く,エボラ出血熱,ラッサ熱,マールブルグ病など死亡率の高い重篤な感染症のほとんどが,このような地域で生まれていることからもわかる。もちろん,SARSも動物の感染症が人に感染したものと考えられる。アジアにもこのような危険な病原体を持った動物が生息しており,今後もこのような感染症がアジアから発生する可能性を十分考えなければならない。
このような地球上での感染症の動向を考えると,感染力の強い感染症に対しては,もはや,一国や一地域だけでは対応できず,WHO(世界保健機関)などを中心に世界中の感染症の専門家が集結し,感染症の封じ込めや原因究明など,多方面からの支援が必要である。
日本の「国際感染症対策」
日本での感染症対策の基本となる法律は,感染症の変遷に伴って改正され,平成11年の抜本的な改正に続いて,平成15年12月には,その一部が改正された。その結果,SARSのような新しい「国際感染症」に対しても,また,現在,憂慮されている天然痘テロによって引き起こされる感染症に対しても対応可能となった。重篤で感染力の強い感染症が流行した場合には,実際の感染症対策を実施する各自治体間の差をなくすことも必要となることから,国が関与するもとで均一の感染症対策が実施できるようにもなった。
もちろん,国際感染症対策の大切な役割を果す「検疫法」も改正され,検疫所が対象とする感染症はペスト,コレラ,黄熱,ラッサ熱,マールブルグ病,エボラ出血熱,クリミア・コンゴ出血熱,SARS,天然痘,デング熱,マラリアとなった。
実際,これまでの水際での患者発見は,感染症の潜伏期の問題や検疫所へ虚偽の申告などから,ほとんど不可能であった。そのため,入国者に入国後の健康状態を検疫所へ報告することを求め,これまで不十分であった水際での感染症監視を補足し,患者の早期発見に努めることとなった。また,検疫所の医師による診察も積極的に実施し,水際での検疫の強化も盛り込まれた。
臨床現場における国際感染症への対応
日本では,多くの臨床医は熱帯の感染症や,現在,海外で流行している感染症についての十分な知識を持っていない場合が多い。そのために渡航歴のある患者や外国人への対応では大きな戸惑いがある。
実際,患者から渡航歴の申告がなければ,積極的に問わない医師も多い。重症マラリアで高熱,意識障害の患者を前に,抗てんかん薬,解熱剤の投与のみで,MRIをはじめ多くの検査を実施したにもかかわらず,マラリアの検査を実施していないために診断ができず,そのまま無責任な転院を強いるなど,医療人として恥ずかしくなるような例も,この種の感染症分野では少なくない。
マラリアのように人から人に伝播しない感染症では,誤った初期対応が患者の生命にかかわることがあっても,感染拡大を引き起こすことはないため,社会に対する影響はほとんどない。しかし,熱帯で発生する感染症の多くは感染力が強いため,医療機関での初期対応が,その後に大きく影響することは言うまでもない。
このような地球上の感染症の動向を考えた場合,感染症患者の診察にあたっては絶えず,「国際感染症」を念頭に置いて,患者に対応する必要が出てきている。
1)感染症患者の問診では,海外渡航歴を尋ねる。また,渡航歴がある場合には,渡航先での患者の行動などの聞き取りをルーチンとして行なう。
2)特に,渡航歴がある場合には,渡航先での病人との接触の有無を尋ねる。病人との同室での滞在や病人の世話,あるいは医療施設への訪問などは感染のリスクを高めると考えるべきであり,その有無を尋ねることが大切である。多くの感染症では,潜伏期間などの症状のない時期の患者からの感染の可能性は極めて低く,症状が現れてから感染力が高まることを考慮し,症状を有する人との接触が感染の可能性を判断するうえで重要となる。SARSにおいても流行地で患者との接触のない人や病院への訪問などの既往のない人への感染はほとんど見られていない。
3)いかなる感染症患者でも,診察や検査にあたっては,常識の範囲内での標準予防策に基づいた感染防御が必要である。すなわち,診察後の手洗い,咳のある患者の診察ではマスクの着用,採血時の手袋の着用,患者の手の触れる部位のこまめな消毒などを行なう。このことは,特殊な感染症患者への対応だけでなく,日常の臨床現場でも当然必要となる。これらが十分に実施されていれば,たとえ感染力の強い感染症患者に知らずに対応していても,ある程度の感染防御は可能である。
おわりに
SARSの流行は「国際感染症」を日本の医療関係者に強く印象づける役割を果たした。すなわち,いつ何時,感染力の強い感染症の流行に襲われるかもしれないという現実を実感させ,また,感染症では病院内感染が大きな問題であることを肌で感じたのは,このSARSの流行であると言えよう。
今はまだ,日本の医療関係者の多くは,SARSのような感染症に対して,恐怖心だけが先行し,それらから逃れることで精一杯であり,冷静に受け止めることができていないのが現状である。しかし,実際に,このような感染症の流れは,もはや止めることはできない。国民の健康を守るのは医療人である私たちである。日本の医療人たちは一日も早く,感染症に対する冷静な姿勢を取り戻し,感染症から決して逃げずに,細心の注意をはらいながら正面から立ち向かい,感染症を克服するという自信を取り戻してほしいと思う。