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人獣共通感染症連続講座(山内一也)(第152回) 2003.12.24
http://www.anex.med.tokushima-u.ac.jp/topics/zoonoses/zoonoses03-152.html
視点・論点「SARSを防ぐために」
12月17日夜、NHKの視点・論点で上記のタイトルの話をしました。たま
たま台湾の研究者でのSARS感染が報道された日に当たりました。10分
弱の時間内に一般向けということで、とくに目新しい内容ではありませんが、
転載いたします。
今年の春、突然出現したSARSは30カ国に広がり、推定8500人の患
者が発生し、そのうち800人近くが死亡しました。世界保健機関WHOを中
心とした国際協力により病気の封じ込めに成功して、7月5日にはWHOか
ら終息宣言が発表されました。
しかし、SARSの原因とみなされる新型コロナウイルスがいなくなった訳
ではありません。もしもふたたび出現した際に適切な対策がとられなけれ
ば、大きな広がりを示すおそれがあります。この冬にも出現の可能性は
否定できません。
今日はSARSの発生から終息までを振り返って、今後の問題などについ
て考えてみたいと思います。
これまでに得られた多くの証拠から、SARSは2002年11月に中国広東
省に最初に出現したと考えられています。 2003年3月中旬、WHOがSARS
の出現を発表し、国際的な制圧の活動を開始した当初、中国は発生につ
いての正確な情報を提出しませんでした。広東省での発生は制圧されて
いると主張している間に北京にまで広がり、最終的に5300人以上の患者、
530人あまりの死者が出て、経済的にも大きな打撃を受けました。もっと
早く正しい情報を伝えていれば、中国だけでなく、世界的な広がりもかなり
防げたものと考えられています。
ウイルスには国境はありません。発生の初期から情報を開示して制圧
に取り組むことが、グローバル化した現代社会では、きわめて重要です。
一方、原因ウイルスの解明では、これまでにない画期的な成果が得ら
れました。WHOはSARS発生を確認して直ちに国際的な研究ネットワーク
を作り、インターネット情報網などを活用して、研究成果の共有化をはか
りました。本来は競争相手のはずの研究者どうしが協力しあって原因ウ
イルスの解明にあたるという、これまでにない国際研究体制ができました。
その結果、研究を始めて1カ月あまり後には、原因が新型のコロナウイ
ルスであることをつきとめたのです。
研究成果の詳細は、国際学術雑誌のオンライン版で発表され、世界中
の研究者が研究の進展状況についての情報を入手することができました。
情報社会の利点が最大限に活かされたものといえます。この研究成果が、
SARSの制圧に大きな貢献を果たしたのです。
これからの研究としては、ワクチンや治療薬の開発がきわめて重要です。
そのためには、SARSという病気がどのようなメカニズムで起きるのか、こ
の点についての研究が欠かせません。
ところで、SARSコロナウイルスはどこから来たものでしょうか。ウイルス
は動物に寄生しなければ子孫を残すことができません。ウイルスの存続
のためには、寄生する動物と共存することが必要なわけで、このような動
物のことを自然宿主と呼んでいます。
自然宿主を探すには、その候補の動物について、ウイルスに感染してい
る証拠として、ウイルスの分離、ウイルス遺伝子の検出、もしくはウイルス
抗体の検出を行います。そのような検査の結果、ハクビシン、タヌキ、イタ
チアナグマでSARSコロナウイルス感染が見いだされました。しかし、これ
らの動物は動物市場に居たものでした。これまでの研究では、これらの動
物は自然宿主ではなく、さまざまな野生動物が詰め込まれている動物市
場で感染を受けた可能性が強いと考えられています。
この動物市場のような状態は中国に限ったものではありません。日本
でもペットショップには、ペットブームとともに、世界中から珍しい動物やご
く少数しか生息していないような動物も多く持ち込まれて雑居しています。
このような環境では、自然界では接触が起こらない動物の間で、SARSコ
ロナウイルスのような未知のウイルス感染が広がるおそれも考えなけれ
ばなりません。
人口が密集した中国に、自然宿主の野生動物は昔から生息していたは
ずなのに、どうして、これまでSARSが起きてこなかったかという疑問もあ
ります。しかし、20世紀終わりになってアメリカでは野ネズミから、オース
トラリアとマレーシアではコウモリから、突然、新型のウイルスにヒトが致
死的感染を起こす事態が起きています。そして、これらの野生動物とヒト
が接触する機会がさまざまな理由で増えていたことが分かってきました。
SARSコロナウイルスでも自然宿主が見つからなければ、この問題への
答えは得られません。
最後に、今後の問題について考えてみたいと思います。日本ではSAR
Sが疑われた例や可能性があるとされた例は見つかりましたが、最終的
にSARSではないと判定され、SARSの発生はなかったことになっています。
この理由については、さまざまな見解が出されました。しかし、いずれも科
学的な根拠はなく、私は単に幸運の一言につきると思います。
o
SARSコロナウイルスのような新しいウイルスに対して、人類社会には
免疫は存在していないため、ウイルスは容易に広がるおそれがあります。
現代は航空機により、ひとつの地球村ともいえる状況です。ヒトの間で容
易に感染が広がるウイルスが出現すれば、SARSのような事態は当然予
想されることです。日本が例外になることはありえません。
新しい感染症に対しては、社会を守るための集団防衛が必要です。昔
は伝染病予防法にもとづいて、ペスト、コレラなどの伝染病に対しては、
集団防衛のために患者の隔離が行われました。この明治時代に制定さ
れた伝染病予防法は、1999年に感染症法に改正されましたが、その際
には、ハンセン病などで起きた人権侵害への反省から、公共の利益のた
めに個人の自由を束縛する隔離には慎重な対応が求められ、感染症法
から隔離の言葉はなくなりました。これは、現代の価値観から考えて当
然の対応です。しかし、感染症法を制定した際、SARSのような事態は
想定されていませんでした。SARSは、人権を尊重した上での集団防衛
をどのように効果的に実施するのかという難しい問題を提起しているの
です。
これからも、SARSのような新しいウイルスがふたたび出現する事態が
起こることを念頭に置いて充分の備えをしなければなりません。SARSは
その予行演習になったと思います。
********************************
【抜粋】
人口が密集した中国に、自然宿主の野生動物は昔から生息していたは
ずなのに、どうして、これまでSARSが起きてこなかったかという疑問もあ
ります。しかし、20世紀終わりになってアメリカでは野ネズミから、オース
トラリアとマレーシアではコウモリから、突然、新型のウイルスにヒトが致
死的感染を起こす事態が起きています。そして、これらの野生動物とヒト
が接触する機会がさまざまな理由で増えていたことが分かってきました。
SARSコロナウイルスでも自然宿主が見つからなければ、この問題への
答えは得られません。
なぜ今まで起きてこなかったのか。自然と人との接触。
本当に「自然発生」するものなのか、追求して欲しい。