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中国社会科学院世界経済・政治研究所大学院 覃東海
中国社会科学院世界経済・政治研究所 何帆
要約
ここ2年ほど、国際社会から人民元に対する切り上げ圧力が強まっている。これは、徐々に台頭している発展途上の大国である中国が、国際経済の構図が変化している中で諸外国から注目されていることを反映している。同時に、世界経済の低迷を背景に保護貿易主義が台頭し、各国政府は国内の利益集団の圧力を受け、人民元の為替レートが適切でないことを口実にして攻撃の手を強めている。
本文では、日本、米国など各国政府、学界、金融界、国際機関の人民元に対する様々な視点をまとめ、人民元切り上げに対する各種世論の本当の動機と根拠を分析する。我々は、人民元切り上げに関する国際世論は根拠が乏しく、世界経済に対する中国の影響力を誇張していると考える。しかし、これらの世論は、我々に人民元制度改革の最良の時機と順序を真剣に検討すべきことを注意してくれた。
一、問題提起
つい1年前まで、国際世論は中国の統計を疑い、「中国は駄目だ」との話題に熱中していたが、1年後の今になってみると、「中国は脅威だ」という影に包まれている。こうした中、「人民元切り上げ」に対する外部からの圧力が次第に高まっている。人民元切り上げについて比較的早く言及したのは、2001年8月7日付けのイギリスの「フィナンシャル・タイムズ」の"China's Cheap Money"と、同年9月6日「日本経済新聞」の「人民元切り上げに対する期待−中国脅威論の高まり」である。その後、日本政府の官僚は様々な場面で人民元の切り上げを促した。
2003年6月と7月には米国のスノー財務長官と連邦準備制度理事会のグリーンスパン議長がより柔軟的な人民元を期待していると相次いで発言した。同年7月のASEM会議の財務閣僚会議では、欧州中央銀行のDuisenberg総裁および欧州委員会のProdi委員長も人民元切り上げの大合唱に加わった。欧米政府の公式介入により、人民元レートに関する議論が白熱化し、エコノミスト誌、ウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズなど、欧米の主要メディアが論争を展開した。国際通貨基金(IMF)、世界銀行、国際決済銀行(BIS)も相次いで見解を出した。マンデル、クルーグマン、マッキノンなど有名な経済学者も、評論や論文の形で意見を発表した。
突如として出現した人民元切り上げの外圧は二つの問題を反映している。一つは、中国経済が従来の自給自足から世界経済において重要な役割を担うようになったことがある。特に、中国は、台頭しつつある発展途上の大国として必然的に他の国からの注目を集めている。国際経済の構図の変化はこの問題をさらに複雑にした。もう一つは、近年、米国経済の弱い回復力、欧州経済の低迷、「失われた10年」の日本経済などに見られるように世界経済が低迷していることを背景に、保護貿易主義が台頭していることである。特に、国内の利益団体の圧力を受け、各国政府は人民元を口実に、国内の一部の利益団体と有権者の要求を満たそうとしている。
本文は、最近の人民元切り上げに関する国際世論を振り返った上、次の問題の答えを試みる。一つ目は、なぜ国際社会が人民元の切り上げを求めるか、その理由はどの程度の真実を含んでいるか、である。二つ目は、中国が世界経済に与える影響はどのくらい大きいのか、中国の影響は他の国にとって何を意味するのか、である。三つ目は、人民元はどうなるのか、人民元レートはどのような調整が必要なのか、人民元の為替制度はどのような調整が必要なのか、である。
二、日本の世論
日本政府は人民元の切り上げを呼びかけた急先鋒である。2002年12月2日、日本の黒田東彦財務官(当時)は河合正弘副財務官(当時)と連名でフィナンシャル・タイムズ紙に "Time for a switch to global reflation" (「世界はリフレーション政策に転ずるべき時」)という論文を寄稿した。2003年2月22日に日本の塩川正十郎財務相はG7財務相・中央銀行総裁会議でほかの6カ国に人民元切り上げを求める案を出した。2003年3月2日には、日本経済新聞も「中国がアジア諸国にデフレを輸出している」という記事をトップで掲載した。
日本が人民元切り上げを要求した主な理由は、中国が世界にデフレを輸出していると考えていることである。黒田・河合の論文はこのような見方を示した代表的なものである。彼らは文中で次の3点を強調した。第一点は、中国や東南アジア諸国など新興市場国家が国際貿易システムに参入し、大きなデフレ圧力をもたらしたことである。新興市場国家の参入により、国際市場では供給能力が拡大され、工業国家の物価が急落し、企業と家計の実質債務が増え、金融システムが不安定化し、政府財政が厳しくなった。そして、総需要の低下により物価下落への圧力が一層強まり、デフレ・スパイラルを引き起こす危機を大きくしたと主張している。
第二点は、中国はデフレを輸出しているだけでなく、その影響が隣国以外にも波及しているということである。輸出の急増、国内価格の低下、米ドルへのペッグ制により、中国は全世界にデフレを輸出していると彼らは考えている。
第三点目は、グローバル・デフレに対応するために、米国、欧州、日本はそれぞれリフレーション政策をとったが、そろそろ中国も対策を採るべきだということである。中国は最大の新興市場国家であり、世界経済の安定のために貢献することも中国の利益につながる。中国政府は輸出を厳しく制限することができなければ、国内のデフレ局面を転換させるための拡張的な通貨政策あるいは人民元切り上げといった政策を採るべきであると述べられている。
では、実際に中国は世界にデフレを輸出しているのだろうか?経済学の理論と計量分析から導き出された結果は否定的な見解を示している。まず、現在の国際通貨システムの一つの大きな特徴は、米ドル本位の下での「中心−周辺」という構造であり、「中心」国家の通貨が世界通貨の信用の基準となる制度になっている。このようなシステムの下では、物価上昇と物価下落の伝達メカニズムは金本位制と全く異なり、「中心」国家から「周辺」国家に伝達するのみである。
マッキノンとシュナーブル(2003)では、次のような指摘がなされている。金本位制の下であれば、中国経済の高成長とベース・マネーに対する需要は、1870年代から1896年にかけて米国とドイツの高成長が世界的なデフレを引き起こしたのと同じように、世界中の金を消耗しなければ世界的なデフレを引き起こすことにならない。
(転載者注:金の消耗が何を意味しているのか微妙だが、「世界の金準備が増加しなければ、世界的なデフレを引き起こすだろう」という意だと思われる)
しかし、現在、国際金融システムは米ドル本位制であるため、米連邦準備制度理事会(FRB)がベース・マネーを減らさなければ、貨幣不足になることはない。このため、世界的なデフレ圧力は、米国経済のバブル崩壊と米国のデフレ圧力に由来する。また、中国の主要貿易相手国である日本とEUは変動相場制を採用しているため、国内価格に対する中国の物価の影響は為替レートの変化を通じて大半は相殺される。
さらに、中国の輸出の多くが加工貿易であるという要因もある。中国の輸出の世界シェアは3%で、中国の日米向け輸出も日米それぞれのGDPの1〜2%を占めるにとどまっている。中国の主要輸出製品は、軽工業製品、繊維、ローエンドの電子製品であるのに対し、国際価格の下落は主としてコンピュータ、通信機器、半導体の価格下落による。中国の貿易規模および貿易構造から見て、中国は国際市場価格に大きな影響を与えることになっていない。
Rogoff(2003)は、世界貿易に占める中国のシェアは高まりつつあるが、中国がデフレを輸出していることを証明する根拠としては十分でないと指摘した。中国とその貿易相手国の価格関係を計量的に分析した結果、台湾と香港に与える影響が最も大きく(但し、ほかの国に比べて大きいということであり、絶対的な影響力はそれほど大きくない)、その次はシンガポールで、マレーシア、タイ、インド、インドネシアなどはほとんど影響を受けておらず、米国と日本への影響は特に小さい。
関志雄(2003)は、日本のデフレについて、日本のGDPに対する中国からの輸入の比率は非常に小さく、また、貿易における中国と日本の競争の度合いは極めて低いため、中国のデフレ(あるいは人民元切り上げ)が日本の物価に与える直接的・間接的な影響は限られている、と指摘した。さらに、中国のデフレは日本と同じ水準であり、中国が日本のデフレの原因であるなら、中国のデフレは日本によるものという見方もできる。
日本のデフレを解消するには日本国内において痛みの伴う改革が必要である。人民元切り上げは、日本にとって害があっても利益はない。日本の人民元切り上げ要求は、「他人を損させながら自分は得しない」、あるいは「自分が損して他人が得する」行為である。IMF(2003年)の日本経済の困難に関するレポートの中では、日本のデフレは、低い経済成長と需要の転換の遅れを特徴とする日本経済の脆弱な一面を反映しており、外部からの供給面の衝撃は日本のデフレの要因ではないと指摘している。さらに、同レポートでは、金融部門の改革、企業のリストラ、財政政策、労働力市場の構造変化、失業保険と社会的セーフティ・ネットなどに関する政策提言を行った。
関志雄(2003)は、中国発のデフレは、「悪いデフレ」と「良いデフレ」の両面を兼ね備えていると指摘した。すなわち、中国製品の価格の低下によって、日本の国内外市場において、一部の日本製品が中国製品に取って代わられる(需要曲線の左シフト)一方、中国から輸入している日本企業にとっては生産コストの低下を意味し、その結果、生産はむしろ増加する(供給曲線の左シフト)。中国と日本の経済関係は競争的よりも補完的であることを考えると、人民元切り上げによる需要拡大のプラスの影響よりも、生産コストの上昇による企業収益と生産の減少のマイナス影響の方が大きい。このため、日本の人民元切り上げ要求は、「他人を損させ、自分が得する」ことにはならず、むしろ「他人が得して、自分が損する」という逆効果になるかもしれないと主張している。
表1 日本の主要マクロ経済指標
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年
GDP (%) 0.2 2.8 0.4 0.2 2
個人消費 (%) 0.2 0.9 1.7 1.4 1.1
住宅投資 (%) 0 0.9 -5.4 -4.8 -2.4
非住宅投資 (%) -4 9.7 1.1 -4.6 6.2
政府消費 (%) 6 -9.8 -4.2 -4.9 -7.8
輸出 (%) 1.4 12.4 -6 8.1 7.7
財政収支/GDP (%) -8.7 -8.5 -6.3 -7.8 -7.6
GDPデフレーター (%) -1.5 -1.9 -1.6 -1.7 -2.5
CPI (%) -0.3 -0.7 -0.7 -0.9 -0.3
失業率 (%) 4.7 4.7 5 5.4 5.5
円ドルレート 113.9 107.8 121.5 125.2 116.5
(資料)Burton and Lipschitz(2003)
また、表1の日本の主要マクロ経済指標から分かるように、日本では消費と投資が減少しており、輸出だけが堅調である。また、財政赤字も深刻で、デフレが進行し、日本経済の直面している苦境は改善していない。このような状況下で、人民元切り上げを呼びかけることは、国民の関心をそらし国内からの圧力を緩和する一方、日本の輸出競争力を強め、輸出を増やし経済を刺激することができるため、日本側の姿勢はすべて「悪意の嫉妬」によるとは言えない。フレッド・ウー(胡祖六、2003)は、日本が人民元切り上げを呼びかけているのは、日本政府当局が国内経済問題に手も足も出せないため、円安という一本の稲穂に期待を寄せているのだと指摘した。関志雄(2003)は、人民元切り上げ期待という論調は、冷静に分析した上の戦略的考慮というより、むしろ経済政策が袋小路に入ったことによる対症療法に過ぎないと理解した方がいいとの見解を示している。
三、米国の世論
2003年6月と7月に、米国のスノー財務長官と連邦準備制度理事会のグリーンスパン議長は、人民元のドルペッグ制は最終的に中国経済を損なうため、より柔軟的な人民元制度が望ましいと発言した。その後、米商務長官と労働長官も同じような見方を発表し、人民元切り上げの圧力の源は日本から米国にシフトした。製造業の業界団体などによって組織されているCoalition for a Sound Dollar (健全なドルのための連盟)を始めとする米国の一部の利益団体は、人民元レートの調整に対する要求を積極的に行い、この姿勢は9月のスノー長官訪中時に最高潮に達した。
米国が人民元切り上げを期待している主な理由は、中国の通貨コントロールが米国製造業に深刻な失業をもたらしたことである。そのロジックは、中国が人民元レートを極めて低い水準に抑えているため、中国の製造業に大きな競争優位をもたらしたが、米国の製造業を萎縮させ多くの企業が破産し深刻な失業問題を招いた、ことである。米国の経済学者や一部の機関は、様々な推計を行い、人民元が15〜50%過小評価されているとしている。
また、2003年6月から、Coalition for a Sound DollarはAsian Currency Manipulation Monitorという月刊誌を出版し始めた。同誌の6〜8月号には、中国、日本、韓国、台湾では深刻な通貨コントロールが存在し、米国製造業の失業の主因になっているという記事が毎号掲載された。Coalition for a sound Dollarの会員である米国繊維協会(ATMI)、米国林業および製紙協会(AF&PA)、全国製造業協会(NAM)、製造業技術協会(AMT)も同じように証言している。
2003年7月、米国の上下両院議員はスノー財務長官とブッシュ大統領に、人民元切り上げに関する書簡を連名で提出した。書簡での主張は以下の4点にまとめられている。まず、米国の失業率はすでに絶えられないところまで来ており、2003年6月の米国の失業率は6.4%に達し、そのうち90%が製造業の失業である。次に、米国の製造業が競争優位を失ったのは、中国の労働コストが安いことと人民元が過小評価されていることによる。第三に、米国の対中貿易赤字は98年の570億ドルから2002年の1030億ドルに拡大しているのに対し、中国は過去数年間で世界最多の外貨準備を蓄積し、2003年6月時点で3450億ドルに達している。第四に、中国は米国の景気減速と失業増加に対し責任を取らなければならないため、政府は中国政府により大きな圧力をかけるべきである。
しかしながら、米国製造業の失業問題は、発展途上国の競争にもたらされたものではない。60年代以降、多くの先進国では総雇用者数に占める製造業の雇用者数の割合が急速に低下し、「脱工業化」(deindustrialization)と呼ばれる現象が生じた。特にこの現象は米国、欧州、日本において顕著であり、米国の総雇用者数に占める製造業の雇用者数の割合は1965年の28%のピークから低下しつづけている。発展途上国の製造業はまだ脆弱だったため、人々はこの低下の理由をオートメーション(自動化)のせいにし、機械が労働者に取って代わったと責めた。
しかし、発展途上国の製造業が台頭してから、先進国の世論は途上国の競争力を責めるようになった。今、米国は東アジア諸国、特に中国の通貨コントロールを強調し、このような「不公平な」競争は中国の製造業に余分な競争力をもたらしたと言っているのも、このような考え方の延長である。
このような「脱工業化」の要因を研究、分析したRowthorn(1997)とRamaswamy(1999)では、「脱工業化」は、製品からサービスにシフトした需要構造の変化、サービスに比べて製造業の生産性の相対的な向上、製品価格の大幅な下落など、主に国内要因によるものであるとされている。途上国の製造業の競争力という外的要因の、「脱工業化」に対する寄与は5分の1にも満たない。これに基づけば、米国の輸入に占める中国の割合は10%にも満たず、中国の競争力は米国製造業の失業問題への寄与度は2%にすぎないことになる。
表2 米国の業種別雇用状況
(単位:%)
1970年 1980年 1990年 1995年 2000年
雇用全体に占める農業の割合 4.4 3.39 2.71 2.75 2.44
雇用全体に占める製造業の割合 26.4 22.1 18 16.4 14.7
雇用全体に占めるサービス*業の割合 25.9 29 33.1 35.2 36.8
製造業の失業率 **10.9 8.5 5.8 4.9 3.6
(注)*サービス業は金融、保険、不動産、販売、交通・運輸、通信を除く。(転載者注:除かれる業種が曖昧だが、おそらく、交通・運輸、通信を除くと思われる)
**1975年の値。
(資料)Statistical Abstract of the United States, US Census Bureau.
米ドル安および強いドル政策の調整の中、米国は人民元切り上げによるドル安圧力の緩和および貿易赤字の解消を期待している。90年代後半、米国は強いドル政策を採用してきた。米連邦準備制度理事会の統計によれば、1995年5月から2002年2月の間、貿易ウェイトで加重平均した名目実効為替レートは44%上昇し、価格効果を除いた実質実効為替レートは34%上昇した。しかし、2002年以降、米ドルは減価し始めた。2002年2月から2003年6月の間、名目、実質の両実効為替レートはともに9%減価した。
強いドル政策転換の背景には3つの要因がある。第一に、ニュー・エコノミーによるバブルの崩壊以降、米国経済は調整期に入り、ニュー・エコノミーでは景気サイクルがもはや存在しないという神話が崩壊し、強いドルを支える経済基盤が崩れたことである。第二に、強いドル政策は金融業にとって外資をひきつける効果があったものの、一方で輸出価格の高止まりを招き、米国の製造業団体の利益を損なったことである。したがって、米国の製造業団体はずっと米ドル政策を変更させる努力をしてきた。第三は、貿易赤字が雪だるま式に膨らみ、2002年に4880億ドルに達し、米国GDPの5%に相当する規模となったことである。すなわち、経常収支の不均衡が米ドル安の圧力をもたらしたのである。
Bergsten(2003)は、強いドルが持続できず、ドルが1%ポイント上昇すれば、2〜3年後に100億ドルの経常赤字をもたらすと分析した上、過去20年間の経常赤字の累積で、米国の国際投資はネットで3兆ドルの流出となり、しかも年間20%の速さで増加していると指摘した。経常赤字と資本流出を補うためには、年間1兆ドル、1営業日当たり40億ドルの海外資金を導入しなければならない。このような状況は明らかに長く続けられるものではない。Bergstenはさらに次のように提案した。まず、貿易ウェイトで加重平均した米ドルの為替レートを10〜15%切り下げ、次に、ドル安という「第二の波」はユーロではなく、主に中国、日本、韓国といった東アジア諸国の通貨に対するものであるべきである。
さらに、BergstenとWilliamson(2003)の主編する本の中に収録された13の論文ではより精緻な分析がなされている。この中でJim O'Neill、Michael RosenbergとCatherine Mannは、ドルの均衡レートからの乖離および持続可能性の問題について検討した。Martin Baily、William ClineとDaniel Grosは、米国、日本、欧州の3つの主要通貨のミスアラインメントの経済への影響について分析した。Kathryn Dominguez、Edwin TrumaとErnest Preegは通貨コントロールなど外為市場における介入行為について分析した。
輸出競争力は総合的な概念である。人民元切り上げは米国の消費者にとって損であり社会厚生の低下をもたらす。ほかの条件が一定である場合、自国通貨の上昇により、自国では生産する製品の価格も上昇する一方、外国製の競争的製品の価格が低下するため、自国の製造業の輸出競争力は低下する。しかし、自国通貨の下落あるいは外国通貨の上昇が自国製品の競争力を高める見方は偏っている。輸出競争力を左右する要因はほかにもたくさんある。天然資源の賦存量、国内の補助金、税制や規制の違いなどは一国の輸出競争力により大きな影響力をもつ。
これについて、Tatom(1992)は次のように述べた。1985〜90年の間、欧州の通貨はおおむね上昇していたが、製造業の競争力はむしろ上昇した。米国製造業の労働コストのベースが高く、しかも上昇しつづけている。雇用コスト指数で計算すれば、米国製造業の一般労働者の雇用コストは1990年の107.2(1989年=100)から2001年に154.6となり、44%上昇した。これに対し、中国製造業の労働コストのベースは低い上、余剰労働力の供給も無限に近いため、労働集約型製造業は優位をもっている。中国のこのような優位は、人民元切り上げあるいは米ドルの切り下げで相殺できるものではない。たとえ米国が米国市場から中国製品を退けても、インド、マレーシア、メキシコなどで代替品を探すため、結局、米国の消費者は年間数百億ドルを余分に支払うことになる。
米国の人民元切り上げ期待は利益団体の争いと政治的圧力による側面の方が強い。ひとつ理解しがたい現象は、多数の人が損し少数の人が得する政策は常に政治的に勝ち取ることができるのに、少数の人が損し多数の人が得する政策はかえって政治的な支持を受けることができない。今の米国の状況はまさにこの通りである。人民元の切り上げにより、多くの米国消費者が損をこうむることになり、一部の製造業だけが得をする(さらに、どのくらい得するかも疑問である)。
Kiley & Co.(2003)の調査によれば、75%の人は製造業の雇用増加が大統領の内政上の最優先課題と考え、68%の有権者が「製造業の雇用創造」を第一目標とする大統領を選ぶのに対し、「減税」を第一目標とする大統領を選ぶ人は23%に過ぎない。製造業の雇用創造について、ブッシュ大統領にプラスの評価を下した人は36%で、マイナス評価を下した人は55%である。では、なぜ人民元切り上げの主張が政府および大衆の支持を得られるのだろうか。
Mancur Olsonはその有名な著書「集団行動の理論」の中で、集団行動の問題は規模が比較的小さな群あるいはよく組織された団体の中で解決されると指摘した。国際貿易政策において保護貿易主義を主張する利益団体が政策により大きな影響力をもつのに対し、消費者は人数が多くしかも保護貿易主義から損を被りやすいが、集団行動の難点を克服しにくいため、彼らの利益は無視されやすい(クルーグマン、オブズフェルド、2002)。このため、Coalition for a Sound Dollarのような一部の主張が政府の支持を得ることができ、さらに世論や宣伝を通じて大衆の支持を得ることができた。
政府当局者にとっては、国際間の交渉は「二つのゲーム」に直面しているようなものである。執政者側は他国の反応を考慮しなければならない一方、自国の政治勢力や利益団体に直面し、自分の支持を最大化することを考えなければならない(裘元倫、何帆、2001)。米国の大統領選挙を控えているため、ブッシュ大統領は利益団体と有権者の支持を得るために、人民元切り上げに圧力をかけることが予想される。また、異なる場合の異なる聴衆に対し、米国政府は異なる形で自分の立場を表現する。
たとえば、2003年9月のスノー財務長官の訪中時、米国の態度は相対的に軟化し、より柔軟性のある為替制度の採用を中国政府に提案したという発言にとどめた。これは、米国政府は、朝鮮半島やテロ問題などで中国と協力しなければならず、二国間関係で言えば協力のメリットは衝突のメリットより大きいことをはっきり意識したためである。しかし、その後、ブッシュ大統領は米国内で人民元は切り上げるべきだと発言したことなどから見て、今後、米国政府の態度は強硬的かつ変わりやすいものであると考えられる。
四、経済学者と国際機関の観点
人民元切り上げに関する様々な言論を見ると、人民元切り上げを主張するのは政府官僚であり、多くの経済学者は反対の立場をとっている。マンデルやマッキノンは人民元切り上げに強く反対している。2003年7月16日付けの「中国証券報」のインタビュー記事「国の知恵を試す人民元レート」の中、マンデルは人民元切り上げの6つのデメリットを指摘した。中国のデフレ圧力の増大、中国への外国直接投資の減少、雇用圧力の増大などである。マッキノンは、為替レートの切り上げ問題は日本を教訓とすべきであり、人民元切り上げは危険かつ悪い提案であるとした。
2003年6月27日の「アジアン・ウォール・ストリート・ジャーナル」にはマッキノン教授の論文が掲載された。その主張は、現状において、変動相場制の導入は人民元の切り上げをもたらし、中国経済に深刻なデフレをもたらすため、変動相場制の採用は適切でないということである。また、彼は、人民元の対ドルレートは7.8元であっても9元であってもあまり重要でなく、重要なことは人民元レートの安定であると述べた。
クルーグマン(Paul Krugman)は、2003年9月5日付の「ニューヨーク・タイムズ」で「中国シンドローム」(The China Syndrome)という論文を発表し、人民元が大幅に上昇しなければ意味がないが、人民元の大幅な上昇は中国にとって受け入れにくいことであると指摘した。実際、中国の中央銀行による米国の政府債券の大量購入は米国が貿易赤字を補填する主要手段の一つで、米ドルからユーロにシフトした時、結果はどうなるかは想像に耐えられない。
しかし、国際経済学のもう一人の重鎮であるアイケングリーン(Eichengreen、2003)は異なる見解を持っている。彼は、人民元はドルペッグを放棄し、変動相場制を採用すべきだと主張した上、反対意見(中国の銀行システムは脆弱であること、中国の企業はヘッジの手段が少ないこと、中国の金融市場は深化しておらず流動性も欠けていることなど)に対する反論を繰り広げた。
人民元レートの問題および、世界経済に対する中国の影響について、The Gale Group(2003)は30数名の専門家を集めて討論会を開いた。その総括によれば、人民元レートに関する見方は3つに分けることができる。
一つ目は、モルガン・スタンレーのBarton Biggs、米国国際経済研究所のFred Bergsten、John Williamson、NAMのJerry Jasinowski会長、日本の寺澤達也、Eamonn Fingletonなどの見解で、人民元は大幅に過小評価され、世界経済に大きな悪影響を与えているということである。二つ目はハーバード大学のRichard Cooper、元Bank of Americaの上級エコノミストでシンガポールに拠点を置くXin Xie、Cato研究所のSteve Hanke、スタンフォード大学のマッキノン(Ronald McKinnon)らの見解で、一つ目と全く正反対で、すなわち、人民元の過小評価の問題は存在せず、高成長の中国経済は世界にとって良いことであり悪夢ではないとの主張である。三つ目は中間派で、ドイツ銀行のNorbert Walter、コロンビア大学のHugh Patrick、カナダの前副財政相 Wendy Dobsonなどは、人民元の過小評価は認めるが、中国は世界の脅威ではないし、災難をもたらしておらず、現在の中国にとって最重要なことは国内の経済・金融改革を行うこととの意見である。
国際機関の中では、IMFは人民元切り上げに賛成しない一方、中国がより柔軟な為替管理制度を採用すべきだと提案している。2003年3月、IMFのチーフ・エコノミストKenneth Rogoffは、人民元切り上げの要求には賛成しないが、長期的には中国はより柔軟な為替政策に向けて努力すべきだと指摘した。9月に、IMFのHorst Kohler総裁は、ワシントンのIMF本部で、IMFは人民元切り上げに圧力をかけないことを表明した。同月に、世界銀行のシニア・エコノミスト数名が北京で集まり、中国の金融システムはまだ脆弱で、この問題が解決されるまで人民元レートの調整は適切でないとの見解を発表した。一方、国際決済銀行(BIS)は、異なる見解をもっている。2003年のアニュアル・レポートの中で、BISは、アジア諸国が一生懸命通貨切り上げを阻止して貿易黒字を増やすことを批判し、これらの行為によって為替レート調整の圧力が変動相場制の採用国にかかっていると指摘した。
五、人民元の展望
94年以降の人民元の主要通貨に対する変動は、人民元切り上げの内的圧力を反映している。2002年末まで、人民元の対ドル、ユーロ、円の名目上昇率は、5.1%、17.9%、17.0%で、実質上昇率は18.5%、39.4%、62.9%である。IMFの試算によれば、1994年1月から2002年9月の間、人民元は主要貿易相手国の通貨に対し名目実効レートで13.9%、実質実効レートで21.5%上昇した(郭樹清、2003)。1994年に、中国は人民元の過大評価政策を放棄し、管理的変動相場制を採用したが、現在、中国は逆方向の挑戦に立ち向かっている。
人民元が過小評価されている可能性がある状況の中、我々は適切な時機に適切な方法で為替制度を調整することを考えるべきである。ここで2種類の選択について注意しなければならない。一つは調整方向の選択で、もう一つは調整時機の選択である。調整方向については、より柔軟な為替レートに向けて努力すべきであり、単に米ドルに対し切り上げるか切り下げるかの問題ではない。
調整時機については、余永定(Yu Yongding、2001)は、すべての人が気にしない時が最良の時機である、と考えている。現在、人民元レートの調整にしても人民元の為替制度の改革にしても、次の2点を慎重に考えるべきであると主張している。第一に、中国の金融システムはかなり脆弱で、巨額の不良債権を抱えており、その処理には良好な外部環境が必要であることを挙げている。第二に、資本が自由化されていないため、市場による人民元の価格決定メカニズムの環境が整っていないとしている。
Morris GoldsteinとNicholas Lardyは"A Modest Proposal for China's Renminbi"と "Two-stage Currency Reform for China"の2つの論文の中で、まず、人民元を15〜25%程度切り上げると同時に、変動幅(5〜7%)を拡大し、米ドルペッグから、米ドル・ユーロ・円のバスケット通貨へのペッグに変更し、次に、国内金融システムを強化し、資本自由化を実施した後に管理的変動相場制を採用すること、を提案した。張志超(Zhao Zhichao、2003)は、人民元の安定的な切り上げ(moderate revaluation)を主張した。張斌、何帆(2003)は、人民元の切り上げの方法について比較的詳細な分析を行った。
総じて、人民元切り上げの主張は問題の根本的な所在を把握しておらず、国際世論は中国の世界経済への影響を誇張している。世界経済がデフレの衝撃を受けている時、中国はこの混乱する世界のスケープゴートになっている。このような様々な議論を通じて、我々はより冷静に問題を考え、人民元の為替制度改革の良い方向を探るべきである。
<主要参考文献>
胡祖六(2003)、「人民元:再評価あるいは変動?」『財経』、2003年2月20日、総第77/78期、113ページ。
関志雄(2003)、「なぜ人民元の切り上げが必要なのか?中国こそ本当の受益者」『比較』、2003年第7期。
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クルーグマン、オブズフェルド(2002)、『国際経済学』、中国人民大学出版社、218〜219ページ。
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(出所)博士珈琲 和訳の掲載にあたり先方の許可を頂いている。
2003年9月30日 「世界の中の中国」欄掲載 「人民元切り上げ恐怖症をなくそう」:http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030930world.htm
2003年8月18日 「世界の中の中国」欄掲載 「健全かつ安定的な為替政策とは」:http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030818world.htm
2003年5月12日 「世界の中の中国」欄掲載 「なぜ人民元の切り上げが必要なのか」:http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030512world.htm
も併せてご覧下さい
2003年11月4日掲載
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/031104world.htm