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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第239回】
■ 回答者(掲載順):
□真壁昭夫 :エコノミスト
□三ツ谷誠 :三菱証券 IRコンサルティング室長
□山崎元 :UFJ総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所取締役
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券チーフ株式ストラテジスト
□杉岡秋美 :生命保険会社勤務
□津田栄 :エクゼトラスト投資顧問株式会社 顧問
□岡本慎一 :生命保険会社勤務
■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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Q:429への回答ありがとうございました。産業再生機構のスタッフはきっと誠
実に仕事をしているのではないかと思われます。子どものための職業紹介の絵本のた
めに、いろいろな産業の実態を取材しましたが、後継者不足などで崩壊の危機が言わ
れている農業や漁業などの第一次産業でも、WTOの決定や200海里問題などに対
応するために、政府・農水省も、いろいろな制度の改正、規制緩和に取り組んでいる
ことがわかりました。ただ、問題は、その改革が中途半端なことと、辿り着くべきゴー
ルのイメージを明らかにできていないことです。
農業や漁業、医療や教育、介護や環境など、「職業」として各分野を眺めるとさま
ざまなことに気づきますが、その子どものための職業紹介絵本はいまだ作業中なので、
完成してから、現在考えていることを書こうと思います。
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第239回目】
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====質問:村上龍============================================================
Q:430
構造改革特区の申請には、農業・教育・医療などへの「株式会社の参入」が目立ち
ます。株式会社化は、農業や教育や医療などの活性化や再生に有効なのでしょうか?
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :エコノミスト
今まで株式会社の形態で参入を認められなかった、農業、教育、医療などの分野で
参入が認められることは、大きな意味を持つのではないかと思います。今まで、個人
や限られた組織による経営が主体であった分野に、新しい経営形態が導入されること
になりますから、新しい経営の考え方・手法・カルチャーが持ち込まれることになり
ます。それが、すべての面で、短期間に上手くいくというほど、楽観的に見ているわ
けではありませんが、新しい仕組が試されることは歓迎すべきだと考えます。また、
その意味は決して小さくないと考えます。
具体的には、主に三つの点で、これらの分野で変化が起きると思います。一つは、
株式会社形態が認められることで、事業規模が拡大することです。それによって、経
済活動の効率化が進展すると考えられます。株式会社は、広い範囲の投資家から資金
を集めることが出来るため、資金調達能力は飛躍的に拡充することになるはずです。
それによって、事業の規模を拡大することが出来ます。生産性の向上に対する工夫の
余地は、大きく広がるはずです。
逆に、投資家から投資を受けるためには、収益性の高いビジネスモデルを作ること
が必要になります。コスト低減や品質改善などに、工夫をすることが求められるよう
になるでしょう。今までのように、特定の組織や既得の権益に頼るよりも、自由な競
争の中で、自己責任と自由裁量の原則が確立していくように思います。これは、社会
全体にとっても、大きな変革になると考えます。
二つ目は、株式会社形態によって、経営内容や情報が外に向かってオープンになる
メリットです。社会の公器である株式会社では、広い範囲の株主に対して、その業務
内容や経営実態を明らかにすることが求められます。そうでなければ、株主は安心し
て、当該企業の株式に投資することは出来ないからです。つまり、従来の、特定の人
たちや、特定の組織の中で、言ってみれば、閉じた組織の中での運営が、外に向かっ
て開かれた運営に変わることになります(もちろん私自身が、簡単にそのような結果
が招来できると考えているわけではありません。むしろ、そうなって欲しい。あるい
は、そうした方向へ進む、きっかけになって欲しいと考えています)。
三つ目は、これらの分野に株式会社形態が認められることで、これらが特別な分野
という意識が消えることです。特別でなければ、他の分野でなされている、いろいろ
な工夫の余地が出てきます。農業や医療の事業に詳しい商社の友人に聞いてみたとこ
ろ、彼は、「農業の分野で直ぐに、採算ベースの乗る株式会社を設立することは、か
なり難しく、よほどの大規模化と、外国人労働者の雇用などを考える必要があるだろ
う。しかし、それは、他の分野では既に行なっていることなので、それなりに工夫出
来るかもしれない」といっていました。
逆に、医療や教育の分野では、株式会社形態にすることは難しくないという指摘が
多いとも聞きました。ただ、そうすることが税制上の特典などを考慮すると、余りメ
リットがないとの見方もあるようです。また、規制緩和に反対の意見も根強いようで
す。その中の議論で、規制緩和を行なって、自由な競争を刺激することで、大手企業
の独占や寡占が進み、結果的に、それ以前よりも状況が悪化する事例が挙げられてい
ます。
例えば、規制緩和によって競争が激化した米国の航空業界は、大手企業の寡占化が
進んだため、利用者が受けるメリットが、減少してしまったという例が報告されてい
ます。ただ、こうしたケースでも、大手企業の寡占・独占が進むことを防ぐ、個別の
方策を考えるべきだと思います。その事例自体が、自己責任や自由裁量余地の拡大に
よるメリットを、否定するものではないと思います。
古くなってワークしなくなった社会の仕組やシステムに、絶えず、新しい方法を導
入することを考えるスタンスは、とても重要だと思います。そうした姿勢こそが、社
会のダイナミズムとなって、社会を変革していくように思います。特定分野への株式
会社形態の進出は、その一例と考えられるかも知れません。
エコノミスト:真壁昭夫
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■ 三ツ谷誠 :三菱証券 IRコンサルティング室長
「資本主義者とは誰か」
やや生硬な表現になりますが、19世紀から20世紀に至る歴史の流れの中で、多
くの思想家や活動家がその生涯を賭して追い求めたものは、我々が否応なく巻き込ま
れたこの資本主義的世界の中で、その世界の矛盾や「悪」を克服するために、何を基
盤としてその世界に対峙し、何を基盤としてその世界を乗り越えていくか、だったと
思います。そして、多くの思想家や活動家は、常に資本主義的世界を乗り越えるその
基盤を「非資本的」なものに求めていた、と総括することができるでしょう。実際、
最近でも我が国を代表する思想家(として私が敬愛する)柄谷行人氏が、資本主義的
世界を乗り越える連帯(連合)の活動をNAMという形で提唱しています。
しかし、資本が生産の領域を殆ど牛耳るこの世界で、つまりは利潤原則が殆ど全て
の人々の生活を貫いたこの世界で、資本ではないものを基盤として運動を成立させよ
うとしても、その発想には何か根本的な誤りがあるような気が私にはしています。
貨幣による交換に生活が依存した世界では、全ての商品や全ての活動が結局は貨幣
に換算され、つまりは何らかの充足、何らかの価値を求め行われる人間活動の全てが
貨幣に換算され、そのようにして世界は運動しているのですから。
勿論、「友愛」的な感情の中で貨幣を介在させることなく行われる人間活動が全く
ない訳ではないでしょう。私もそのような感情を基盤とした連帯の可能性全てを否定
しようとは思いません。しかし、それでも高度に発達した物質文明の中での人間の生
活は、結局は貨幣に、資本の運動に依拠することで成立しているのではないでしょう
か。
ですから、私は資本主義的世界に対峙し、その世界の「悪」を乗り越えていくため
の基盤は、実はやはり資本なのだと思います。
つまり、世界を変えようと本当に切実に願うのであれば、そのような願いによって
成立した資本を、そのような願いを実現しようとするマネージャーが、現実の人間活
動に変換する過程(資本を動かしていく過程)こそが、本当に重要になるのです。
税金という資本を基盤とした国家(政府)もまた、実は資本主義的世界の「悪」を
社会全体の成員の総意として是正する願いを仮託されたマネージャーなのだと理解す
べきでしょう。
また、株式会社という組織は人間の何かしらの欲望に解決を与えようとする願いに
共感した人々が拠出した貨幣が束になった資本を、その願いに対する解決策を持った
マネージャーが、従業員を雇用したり、設備投資を行ったりしながら、何か価値ある
ものを生産し、流通させる、そのための組織なのです(オーナー企業は、たまたまマ
ネージャーが自ら運動の基盤を成す資本を持っていたケースと考える視角もあるでしょ
う)。そう考えれば、価値が創造された見返りこそが資本の増殖であり、利潤はその
ままその企業の社会に対する貢献の度合いを指し示す指標となるでしょう。
今回の設問のテーマである、農業や教育や医療は、人間の生活のその根本に係わる
ものであり、特に教育や医療に資本の論理を導入した場合、利潤原則の徹底が、社会
的強者に偏ったこれらサービスの提供を生むだろうという懸念が浮かび上がります。
しかし、特に教育の分野は事実上既にして現在、そのような弊害を生み出していて、
教育を通じた階層社会が成立しており、逆に医療の世界では健全な競争がこの世界に
存在しないことが悪しき平等が生み出す腐敗臭を漂わせているように感じます。
資本主義が貫徹した世界では、そこに利潤機会がある限り、様々な軸で括られた市
場が誕生し、そのセグメントの願いを適える株式会社が群生する筈なので、私は農業
にせよ教育にせよ医療にせよ、徹底的に利潤原則を貫いていくことこそが、中途半端
な状態で腐臭のみが漂う現状を打破することに繋がっていくと思います。
例えば余り豊かでない層を対象にしてユニクロが成長を遂げたように、HISが成
長したように、利潤原則が徹底した世界では豊かでない層という括りにもっとも適し
たサービスを提供することで、高い成長を遂げる企業が生まれてくる筈なのです(価
格訴求力を持って成長した、と書く方が正確ですが)。そしてまた、そのような競争
の中では、高い報酬は高い技術の見合いなので、正しい形の切磋琢磨が生まれそれは
結局、消費者の利益となって返って来ることでしょう。
また、逆に完全な自由放任が貫徹し、そのような消費者にとって幸福な状況が生ま
れるまでの間は、例えば社会的責任投資を理念とするような高い倫理に裏打ちされた
ファンドが、利潤だけではない尺度で激しい競争から弾かれた人々を救う企業を育成
するという可能性も考えうるのではないでしょうか(しかし、最後は利潤原則の徹底
こそが重要になると思います。そしてまた、そのような世界にこの世界を誘導するた
めに必要なことは、情報公開の徹底だと信じます)。
資本主義者とは誰か。資本主義者とはそのようにこの世界を読み替え、資本に対峙
する基盤を資本にこそ求める人間の呼称なのです。
三菱証券 IRコンサルティング室長:三ツ谷誠
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■ 山崎元 :UFJ総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所取締役
「株式会社の参入」あるいは「株式会社化」は、有効な方法の一つだが、これだけ
で常に完全な解決をもたらすことが出来るほどのものではない、とお答えしたいと思
います。
これまでの規制業種に株式会社を認めることは、(1)利潤を動機とした業務の効
率化が期待できる(ことがある)、(2)株式の形態を通じて大規模な資本を導入す
ることが可能になる、(3)株式会社の仕組み通じて業務の内容をより透明にディス
クローズすることが出来て、こうした情報公開を通じて効率化及び社会的に好ましい
活動が促進されることが期待できる、といった大きくは三点のメリットがあると思い
ます。
しかし、たとえばもともとタチの悪い病院が株式会社化されたとしても、これまで
と同じように悪どい商売をした上に、株式の上場などを通じて同じ経営に対して更に
大きく儲ける、ということが起こらないとはいえません。ただし、この可能性は、論
理的に「株式会社化がいけない」ということを意味するのでは決してなく、単に「株
式会社だけでは不十分だ」ということを意味するものと理解されるべきでしょう。
たとえば国立大学が、独立行政法人となって、さらにその先に株式会社化される事
態を考えてみましょう。株式会社化される時点で、たとえば文部科学省からの天下り
が経営を牛耳っていて、行政と癒着関係を持っているなら、株式会社化は国民には何
のメリットをもたらすものでもないでしょう。
結局、それぞれの分野で「何をやることになるのか」、そのために株式会社化のメ
リットが活かされうる状況があるのかが重要であり、これを考えるための方法は、個々
の人間がどのような利害を持って、何にインセンティブを持っているのか、というこ
とを丁寧に見る以外にありません。株式会社化が有効に働いているかどうかは、現実
の人間の動き(たとえば天下りがいないか、とか)を見ないと判断できませんし、要
は「経営」の改善がセットになっていないとダメだ、ということです。
同様の例として分かりやすいのは、小泉首相が掲げる郵政民営化です。形だけ民営
化しても、監督官庁と人的に癒着していたり、郵便貯金が相変わらず効率の良くない
財政投融資案件の原資になるようであれば、民営化したことでかえって個々人に対し
て過大なメリットが提供される可能性があるということです。また、郵政を民営化す
る以前から郵貯資金の運用の改善や、郵便事業の効率化に着手すべきであり、意思さ
えあればこれらは可能なはずです。何年も先の「郵政民営化」に注目することで、今
直ちに行えるはずの改善が行われないとすれば、「郵政民営化」という政治的争点は
実に下らないものだというしかありません。
些か横道に逸れましたが、それぞれの分野で変えるべき現実が何かを直接判断した
上で、これを変えるための手段の一つとして、「株式会社化」を考えるといいという
ことではないでしょうか。もっとも、「株式会社化」がそれ自体として有害であると
説得力を持って立論できるケースは殆ど無いと思われます。日本医師会等の圧力団体
の株式会社化への反対は概ね愚かなだけです。
UFJ総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所取締役:山崎元
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券チーフ株式ストラテジスト
今年4月に始まった構造改革特区の目的は「一刻も早く規制改革を通じた構造改革
を行うことが必要であるが、全国的な規制改革の実施は、様々な事情により進展が遅
い分野があるのが現状である。地方公共団体や民間事業者等の自発的な立案により、
地域の特性に応じた規制の特例を導入する特定の区域を設け、当該地域において地域
が自発性を持って構造改革を進める」(2002年9月の「構造改革特区推進のため
の基本方針」)ことにあります。本来、全国区で規制緩和をすべき所が、様々な抵抗
が強いので、地方で実験を試みようという意図です。
これまで2回の申請・認定が行われ、164件の計画が認定されました。過去1,
2回の構造改革特区の認定で最も多かったのは教育と産学連携関連でともに33件、
農業は16件で5番目でした。10月2日付け日経新聞が報じたように、10月1日
から第三次申請受付が始まり、6日には構造改革特区推進本部の評価委員会が開催さ
れ、インターネットで申し込めば傍聴も出来ます。
教育分野は産業としては既に株式会社にかなり開放された分野といえます。教育関
連の上場会社はベネッセのような大企業から、九州の学習塾の昴のような中堅企業ま
でたくさんあります。しかし、株式会社やNPOによる学校設立は、文部科学省が
「営利追求は教育に馴染まない」として反対してきました。今回の構造改革特区で株
式会社やNPOによる学校設立が容認され、株式会社による学校設立が増える見通し
になっています。特徴ある教育サービスを提供すれば株式会社の収益機会が増えると
期待されます。
現行法で企業の農地所有は制限されていますが、農業生産法人を設立すれば、株式
会社でも農地所有が可能です。上場企業ではメルシャンやカゴメなどが実際に行って
います。ただ、農業生産法人には取締役等経営責任者の過半数が法人の農作業に主と
して従事する常時従事の構成員であり、かつ労働提供する構成員取締役の過半数が、
農作業を一定程度(原則60日以上)行うことなどの制限があります。そのため、今
回の構造改革特区に「農地貸付方式による株式会社等の農業経営への参入の容認」が
含められ、既にいくつかの県が認可を受けました。大手企業が新制度を利用して農業
経営へ参入したという話はまだ聞かれませんが、日本の土地所有の歴史から考えて、
農地所有の規制緩和は高く評価されますので、今後の動向が注目されます。
株式会社による病院経営への参入認可は長年の課題になっていますが、医師会など
の反対で容易に実現していません。最近でもドンキホーテによるテレビ電話を使った
薬剤師サービスに対する厚生労働省の頑な態度は政治問題になりました。今回の構造
改革特区でも、首相官邸の規制緩和の方針にもかかわらず、主だった株式会社による
病院経営は実現していません。セコムの木村昌平社長は「規制緩和が進んで事業領域
が広がれば、医療部門の売上高が占める比率が2002年度の4%から2割にまで拡
大できる。提携先の病院の充実など需要拡大に備えて準備している」と述べています。
一方で、マツモトキヨシのようなドラッグストア、総合メディカルのような病院コ
ンサルタント会社は急成長しています。高齢化時代に医療分野は成長分野であるうえ、
財政的な観点から医療費の抑制が求められている訳ですから、実効ある規制緩和が求
められます。
メリルリンチ日本証券チーフ株式ストラテジスト:菊地正俊
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■ 杉岡秋美 :生命保険会社勤務
株式会社の第一の使命は、利潤追求による資本の拡大です。これまで、株式会社の
参入がこれらの分野で制限されてきたのは、株式会社の利潤追求の使命が、農業、教
育、医療などの使命にそぐわないとされていたからです。経済特区の設定による規制
緩和は、忌避される理由を明らかにして、それが納得出来るものかどうか確認する良
い機会となるのではないでしょうか。
まず、それぞれ分野の産出物を考えて見ましょう。サービスや財貨の消費者なり利
用者が、これらに何を求めてきたかを問い直してみることがキーポイントです。
農産物は、スーパーで見るような高度に規格化された商品も多いのですが、やはり
日本の農業を代表する米のケースを考えてみるべきでしょう。米には、食物に対する
日本人の一種の「聖なる思い入れ」が付着しています。もちろん価格と味も大事でしょ
うが、それ以上に「国産」「安全」「有機栽培」といったクオリティは、食品は村落
の共同体で育まれるものであるといった神話を担っていてるように思われます。その
価値を破壊するような資本主義的な流通形態は、本能的に忌避されがちです。
教育も英会話教室などのように、競争下で商品として消費することに何の抵抗もな
いものもありますが、学校教育、特に初等教育にたいしては、消費者というよりは親
やコミュニティの立場が前面に出ることになります。サービスには、親やコミュニティ
の様々期待を実現するような、「熱血度」「愛情」といったクオリティが求められま
す。教師には、聖職者としての使命感が必須とされ、不祥事でも起こそうものなら大
変な社会的糾弾にさらされます。
医療も同様なことがいえます。医療は「仁術」であり「心」がかよっていなくては
ならず、医者は命を扱うための聖人の倫理性・無謬性が求められます。
株式会社による産出システムは、大量の財貨を安く効率的に提供することに関して、
そして常に進歩と革新を内在化させていることに関しては、ベストの仕組みです。最
近では、通信技術の発達で、個人のきめ細かなニーズに応えられるようになってきま
した。しかし、われわれは、このシステムに、われわれの「聖なるもの」をゆだねる
事に関しては、これまで非常に慎重な立場をとってきたといえます。資本主義的な利
潤追求を第一に考えるシステムには、このような価値を扱うことが出来ないと考えら
れてきたのです。
一方で、これまでこのような分野を聖域視しすぎて、行政の不必要な介入、無駄と
非効率性を招いていたという痛切な反省が存在します。過度に大切にしすぎることに
よるこれらの弊害を取り除くために、株式会社の仕組みを取り入れるのは、解決策の
一つであり、試してみる価値が明らかに存在します。株式会社の形態も「聖なるもの」
を扱いつつ経済的効率性を高められるかどうかが試されることになります。例え、企
業として失敗しても、非効率性の温床と化した部分にインパクトを与えることが出来
れば、試みとしては成功です。
もちろん、株式会社化で全て解決するように考えるのも楽観的に過ぎます。なぜな
ら、この分野の産出物を純粋な資本主義的な商品として扱うことには大きな抵抗が予
想されるからです。農作物には、共同体の維持や環境への配慮、安全性が求められつ
づけ、また学校教育や医療には、対象になる人間一人一人に対する個別のケア、まさ
に愛情としか言い得ないクオリティが求められつづけるでしょう。昔から、宗教系の
法人などがこれらの分野で活躍してきた所以です。
もともと株式会社の得意分野であると思われていた一般分野でも、内外の企業の相
次ぐ不祥事をきっかけに、株主以外への社会的責任を無視することは許されなくなっ
てきました。今回の規制緩和特区ではそれにとどまらず、株式会社は社会的・倫理的
な価値そのものを体現した「聖なるもの」を、商品として扱うことを求められること
になりました。株式会社のシステムそのものにとっても、大きな試練であることは確
かですが、ビジネスチャンスがある限りやってみる価値はあるのではないでしょうか。
生命保険会社勤務:杉岡秋美
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■ 津田栄 :エクゼトラスト投資顧問株式会社 顧問
まず、結論から言うと、農業・教育・医療などの分野への「株式会社の参入」は、
これらの分野の活性化や再生につながると捉えています。というのも、これまで構造
的に硬直化し、国民の利益を無視するものとなっていたこれらの分野が、株式会社の
参入により、市場主義的要素を取り入れ、コスト削減と顧客満足を求める競争を引き
起こし、構造的に改革して、国民の利益に資するものになるとみているからです。
さて現在、農業や教育や医療などは、もっとも規制の厳しい分野です。もちろんそ
の性質上、競争原理になじまない面が他分野より強いといえます。またこの分野は、
戦前における非民主的な側面を消そうと制度的規制をかけてきた歴史を歩んできまし
た。しかしそれゆえに、戦後から今までの規制による保護が正当化され、積み重ねら
れて、政、官、業界の関係が強化されてきました。
その結果、そこで既得権益が築かれ、それを維持しようとして競争が排除され、他
者の参入を困難にするような仕組みが作り上げられてきたといえます。そしてその高
い障壁の中で、その構造自体が政、官と、農協、労働組合、医師会などの業界関係者
の身内による身内の利益のためと化しています。つまり、政府の補助金や保険を通じ
て、国民の税金や保険金を関係者の間で分配しあう、不透明な構造となっています。
それはまさに、国民の利便を考えず、自分たちの考えを押し付けて、自分たちの利
害だけを追求する仕組みであり、政府の強力な規制による統制と庇護の下で、肥大化
した独善的な社会主義的システムであるといえます。もちろん、多くの農民、教師、
医師は誠実に仕事をされているのであって、この業界は、ほんの一部の業界関係者が
それを利用することによって、補助金や保険を既得権益化しているだけだといえます。
そこにおける問題は、もっとも大事な顧客であるはずの消費者や生徒、患者に対す
る販売やサービスをしているのだという意識が抜けていることです。そして、それこ
そが競争のないことに由来しています。そのために競争は必要であるといえます。一
方、完全な市場主義的な競争を行うことにも問題があります。この分野における生産
物・サービスは、国民の生存に係わるものであったり、特殊技能的な面を有していた
りするからです。
その意味で、ある程度競争を制限することは、それが当事者である顧客や利用者の
メリットがデメリットを上回るのであれば、そのコストが幾分かかったとしても、合
理的といえるかもしれません。だからといって、無駄なコストをかけて、国民に余分
な負担をかけることも許されません。一方で競争が、無駄なコストを排し、消費者、
子供や保護者、患者やその家族の満足を得ようとする動きにつながることになれば、
補助金や保険という既得権益が排除でき、それこそ財政的・経済的・社会的にメリッ
トが大きいといえます。
競争をすればコスト意識が強く働き、効率性を追求します。しかし、この分野は、
完全に効率性を追求することは不可能です。そこには、目に見えない消費者や利用者
の満足という面が強く働きます。高い、粗悪な生産物やサービスであれば、嫌われて、
事業が立ち行かなくなります。したがって、効率性とともに、顧客満足という視点が
求められます。
同時に、国家的に国民の食料を確保し、生存と安全を保障するため、生産者の登録
制度を設け、農産物の安全を図ったり、あるいは教育や医療という国民にとって必要
不可欠で特殊なサービスを充実させるためにも、技能的な資格制度と登録を設けるこ
とはあってもいいかもしれません(ただし、一定の要件やレベルがあれば、自動的に
認め、裁量権を排除すべきです)。その意味で、制度として資格規制は残るといわざ
るを得ません。
しかし、農業生産者、教師、医師という立場や資格を持っているからといって、有
能な事業経営者であるとはいえません。生産やサービスを行う者と事業経営者を同一
にして、その資格を維持しようとすることによって、この硬直的な構造となったこと
を考えれば、この両者の分離を図ることによって、効率的な仕組みに変えることがで
きるはずです。そして、その突破口になるのが、株式会社の参入です。
株式会社化のメリットは、(1)コスト・リターン意識が芽生え、事業の効率化が
図れること、(2)資金調達により、事業の発展が図れること、(3)事業における
説明責任が生じ、情報公開による透明性が図れるとともに、コーポレート・ガバナン
スも図れること、そして、なんといっても、事業の維持展開として(4)競争が起き、
顧客の立場や利用者の満足を得ようとする努力がなされることではないでしょうか。
もちろん、生産者やサービス提供者が同一であっても構いません。また、株式会社
でなくても、事業経営者が個人や協同組合であっても構わないはずです。ただ、株式
会社であれば、資金調達や事業展開が行え、事業説明の公開を通じて責任の所在が明
確になります。しかし、どんな形態にしろ、国民にとって、選択肢が増え、そこに競
争が生まれて、よりよい農産物や教育・医療サービスが受けられるようになることが
重要です。
このように考えてみると、構造改革特区で、農業・教育・医療などで「株式会社の
参入」が議論される事自体、日本が社会主義体制であったことを認めたということで
あり、その上で、競争を導入して無駄を排除し、コストを考えた効率性や顧客である
利用者の満足度という視点で、透明性のある仕組みに変更できるのであれば、停滞し
た農業、教育、医療を活性化し、再生への道につながるではないでしょうか。同時に、
それを維持しようとして今までつぎ込まれてきた国民の税金を使わなくてもよくなり、
財政的にも活性化につながるのではないでしょうか。
エクゼトラスト投資顧問株式会社 顧問:津田栄
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■ 岡本慎一 :生命保険会社勤務
病院や農家といった個人経営の企業・団体で経営がうまく行かずに倒産してしまっ
た時、債権者は病院のオ−ナーの資産を差し押さえることができます。その場合、企
業が持っている資産だけではなく、オーナー個人が所有している資産も差し押さえの
対象となります。
株式会社が破綻した場合は、借金の責任を負うのは、「法人」であって、オーナー
ではありません。株式会社におけるオーナーは株主です。つまり、株式会社では会社
の資産と株主の資産がはっきりと区別されているのです。もちろん、株主になるため
には、株を買う必要があり、企業が破綻した時は株式の値段はゼロになってしまいま
すが、個人的な資産まで差し出す必要はありません。
株式会社の画期的な仕組みのお陰で、資本主義は高度に発展しました。リスクが大
きいが大きな儲けが期待できる事業がある場合、株式会社以外の形態では、資金の出
し手は二の足を踏んでしまいます。企業が破綻すれば、自分の生活まで破綻する可能
性があるからです。しかし、株式会社の形態をとれば、余裕資金を持つ人はその金額
の範囲で、チャンスに賭けることができます。すなわち、株式会社は他の経営形態よ
りも市場拡大のための強力なエンジンを持っているということができるでしょう。
病院経営や農業においても、この一般的な法則は当てはまると考えます。高度先端
医療や大規模な設備を使う農業など、既存の形態では手が出せなかった分野に株式会
社制度を利用することで参入できるチャンスが生まれると思います。
ただ、株式会社制度も万能ではありません。記憶に新しいところでは、米国のエン
ロン事件が思い出されます。エンロンの経営者は粉飾決算で利益を膨らませ、株価を
釣り上げることで私腹を肥やしました。事件が発覚するまでエンロンはアメリカ型コー
ポレートガバナンスの成功例とまで言われていた株式会社でした。株式会社は、資金
を提供する株主のために、専門家が経営を行うという建前で運営されていますが、エ
ンロン事件は経営者の暴走を止められなかった良い例でしょう。
株式会社化は、医療など公共性の高い大きい分野において一層の市場化、自由競争
化を進めることになります。しかし、市場化が善で、規制が悪というわけではありま
せん。「公共的なものとは何か」という議論を踏まえた市場化をすすめていくべきで
しょう。
日本では、組織形態に関する議論が多くされています。郵政の民営化、道路公団の
民営化、医療への株式会社の参入、国立大学の法人化等が代表的なもので、日本銀行
の独立性問題もその一つだったと思います。ただ、それらの多くの議論が、組織変更
をするか、しないかで終わってしまうことが残念です。組織が「どうあるべきか」と
いうことよりも、その組織が「何をするか」の方が遥かに重要なことだと思います。
組織形態そのものよりも組織の行動が重要であり、その行動を支えるにはどういう組
織が最適かという順序で考えていく必要があるのではないでしょうか。
生命保険会社勤務:岡本慎一
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:430への回答ありがとうございました。子どものための職業紹介の絵本の入
校が始まりました。4日おきに、全体の4分の1ずつ締め切りが来ます。これから
「林業」という職業項目の訂正原稿を書きます。
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Q:431
国民年金の不払い者は全体の4割に上るそうです。普通に考えると、将来的に、現
行年金制度の破綻は不可避に思えますが、年金の問題というのは、どの程度深刻なの
でしょうか?
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村上龍