現在地 HOME > 掲示板 > 議論15 > 145.html ★阿修羅♪ |
|
混乱と汚染の帝国主義文明末期の舞い上がっているホコリの向こうに次の時代を透視します。
この時代の各国家の姿は、例えれば今の地方自治体のようなものです。それらは、初期のうちはわずかな軍備を備えているか、全く軍備を持っていません。
わずかな軍備とは、侵略の余力のない程度ということです。しかし、この軍備は世界的に平和が定着していくにつれて国家間の協力が強まっていくので廃止されていきます。やがて全廃されるでしょう。警察と司法は無くなることはありません。しかし、社会が安定していればその規模は小さくなります。
各国家は互いに対立するものではなくなりますから「地域自治体」と言い直してよいでしょう。そして、単一の「地球人類体」というものの地域的な構成要素となるのです。「地球人類体」が今まで各国家が主張し合っていた国家主権を吸収してしまって、唯一の国家となっているのです。
「地域自治体」は連合して「地球人類体」をつくるのです。
現在の国家は、この「地域自治体」に変身するためにいろいろと形をかえることになるでしょう。帝国主義にふさわしい形をとってきた国は大きく変化します。図体の大きな帝国主義国家は地域としてまとまりやすい集団に分かれるでしょう。民族的にか、又は地域経済の結びつきによってか、その決定要素はそれぞれ異なるでしょうけれども。
人類の平和と安定を求め、維持しようとする意志が「地球人類体」という単一国家の運行の原動力となります。それ故に、これからの人類が、今までの「侵略」を起点とし「技術」の進歩と「利潤」のあくなき追求により推進されて、行きづまってしまった帝国主義文明をいかに深く反省し克服するかということが大切になってくるのです。
地球人類としてどれだけ平和を望むか、どれだけ互いに協力し合おうとするか。成功はそれにかかっているのです。
帝国主義の最終的なゆきづまりは突然に現われるものと考えられます。それまでに多くの世界の人々が平和を望んでいなければなりません。又具体的にどのように政治を行うかも考えておかねばならないでしょう。
脱帝国主義の時代には、全地域的に市場が開放される結果となります。なぜなら帝国主義国家による様々の占有がなくなるからです。そうなると企業の全世界への横暴が心配されるところとなります。そうなると企業とそれにくっついた人々が新たなる帝国主義をつくることになります。帝国主義は人間社会と環境を破壊します。この横暴を阻止する方法は、人々の勤労意欲が変化することに求めることができます。富を得るために働くのではなく、社会に役立つ為に働くように変わればよいのです。すなわち人も企業も社会に役立つ為に働けばよいのでありますから、余計な働きはしなくてよろしい。すなわち余計なものをつくったりせず、いつまでも使えるものをつくるようになるでしょう。そして、本当に必要なものをつくることに力を注ぐことになるでしょう。
要するに、帝国主義の復活を阻むのも人の考え方の健全性なのです。
残念ながら帝国主義は、社会と環境を破壊してしまいました。放射性の汚物による汚染の除去や、核兵器の解体など技術的にもむつかしいものもありますが、やり遂げなければなりません。
人はどれだけ学問と技術を積み重ねても、宇宙を創造することはできません。いかに努力して便利なものを作り出しても、それは宇宙の一部を利用しているだけなのです。宇宙を構成している部分を少し組み換えているだけであることを知らなければなりません。
それに対して宇宙は秩序立って動いています。生成、そして存続の意志で日々動いている宇宙に従い、破壊することなく生きるという謙虚さを持てば、人は宇宙の存続に従って生き続けることが出来るのです。学問や技術の通用する範囲は限られていることを知らなければなりません。宇宙の姿とその背後の意志を尊敬し、それに従わねばなりません。謙虚さが何より大切で、それが安全を保障する知恵なのです。