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(回答先: 検証。できれば他の方もお願いします。 投稿者 エンセン 日時 2003 年 9 月 24 日 09:23:14)
エンセンさん、素人の私も想像と妄想で思うところを書いてみました。
「公開処刑」、世田谷一家殺害事件のとき使われた、この言葉が今回も思い浮かんできました。
エンセンさんやすみちゃんが想定したとおり、比較的小さい重さ2Kgの潜水用の重り8個を使って沈める行為は、後の浮揚を計算し尽くした処置でしょう。
普通は発覚することの不安と恐怖から、何でもいいからもっと重いものを付けると思います。
外傷としては頭蓋骨の陥没と背中の多数の刺し傷が出ていましたが、前者は拉致のときにできたものでしょう。
背中のメッタ刺しは、少し意味があると思えます。
これは縁もゆかりもない人間を惨殺しなければならなかった者が自然にとった行為に思えます。いわゆる相手の顔を見れない後ろめたさです。
本気で恨みを持つ者なら正面からも刺しているはずです。
ここに実行犯と指令を出した者の間の距離を感じます。
つまり、実行犯レベルでは「そこまでやるのか、、、」という戸惑いがあったのでは。
組織のかなりの上層部からの指令ということになりますが、出版社やメディアに圧力がかかっていることが事実ならば、頷けるところです。
また、実行犯が中国人か日本人かはあまり問題ではないように思えます。圧力をかけることが出来るのは日本人ですから、彼らの何らかの利権に関わることなのでしょう。
いずれにせよ、金の貸し借りでのトラブルや覚醒剤の末端での販売ルートをほじくり返された程度の問題ではないというのは一般人の常識的感覚です。
同僚が処刑されたこの事件にメデイァ、ジャーナリズムが及び腰になるとすれば、もはや「戦前」と同じということになるのでは、と思えてなりません。