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【台北30日竜口英幸】台湾南東部・台東市の海岸でこのほど、約二千二百五十年―千九百年前の大規模集落遺構が波に洗われ出土した。台湾の新石器時代晩期から鉄器時代への移行期の遺跡としては最大級。出土した土器は台湾西海岸側の文化圏と交流があったことを示しており、台湾の先史文化上の一大発見として注目されている。
現場は台東市太麻里の砂浜。試掘では、石を規則正しく並べて家屋の基礎にした跡や、中央山脈で産する石板を使った石棺三個と四人の人骨、陶器、石うす、鉄器と丸い石の糸紡ぎなどが出土した。遺跡の広さは約二十ヘクタールと推測されている。現場は地質学的には陸地が海に向かって沈んでいく沈降海岸で、海底にも遺構が広がっている可能性が高いという。
同市は太平洋戦争中に日本の人類学者、国分直一氏らが発掘した、巨大な石柱群と芸術的な玉器を特徴とする新石器時代の「卑南文化」(三千五百年前―二千年前)で知られる。しかし、同市にある台湾史前文化博物館の李坤修研究員によると、今回の遺構は卑南文化の系譜を引くが、出土した紅色の陶器、鉄器から、やはり同市南部で見つかった「三和文化」と類似しているという。ただ規模は今回の方がはるかに大きいという。また、西海岸側の屏東県の「亀山文化」との交易を示す陶器も出土、この時期の人々の活動範囲の広さを裏付けているという。
同研究員は「台東は海の魚が河口からさかのぼるため食料は豊かだったが、台風や冬の季節風など気候が厳しく、亜熱帯の病気も多かった。この文化を担った人々はここで千年―千五百年暮らし、その後山間部へと移動したと思われる」と話している。
★「海底にも遺構が広がっている可能性が高い」ということだが、地理的に近い与那国島の海底遺跡との関連はないのだろうか?