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イマニュエル・ウォーラーステイン 「帝国と資本家たち」
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投稿者 安濃一樹 日時 2003 年 7 月 17 日 01:37:28:gmtaOzuBDmsKE


イマニュエル・ウォーラーステイン

評論 第113回 2003年5月15日


帝国と資本家たち

確かにジョージ・ブッシュは、自分が先頭に立って世界の資本主義システムを支えているつもりでいる。世界の左派も大半がそう考えているに違いない。大資本家たちも同じように考えているだろうか。決してそんなことはない。

世界をリードする投資関連企業の一つであるモルガン・スタンレー社が、自社サイトの「グローバル経済フォーラム」で重要な警告を出した。「アメリカ中心の世界」では世界経済が立ちゆかなくなり、とくにアメリカ経済に悪い影響をあたえると、主席分析官のスティーブン・ローチが書いている。

ネオコンの知性派として著名なロバート・ケーガンを彼は槍玉にあげた。ケーガンは、ヘゲモニーを握るアメリカの力がますます強くなり、とりわけヨーロッパに及ぼす力が大きくなると主張している。ローチはこれを真っ向から否定する。世界[資本主義]システムが「深刻な不均衡」に陥っており、この不均衡が続くことはありえないと考えている。

分析をよく見てみよう。世界は1982年から2002年にかけて「長期の逆インフレ」にあったと(デフレや不況という表現をたくみに避けて)いう。世界経済をリードするアメリカ経済の地位にゆるぎはないと褒め称えるのが世間の常だった。それに比べると、ローチの評価は健全である。彼は次のように述べる。

──今、ここ最近の不均衡が元に戻ろうとしている。つまりアメリカが突出したために崩れた世界のバランスはやがて回復する。

なぜバランスが崩れたのか。第一の要因をあげる。

──アメリカと他の国々とのあいだで対外収支の差が開き続けている。アメリカは、すでに枯渇しかかっている国内貯蓄を食いつぶして[巨大な赤字をさらに膨らませ]他の諸国は、平均より低い消費傾向にとどまるから[大きな黒字をさらに増やす]。

とすると、バランスは悪くなるばかりだ。さらに第二の要因がある。

──圧倒的に優位な軍事力を増強しつづけるためには莫大な経費がかかる。アメリカ経済は負担に耐えられるだろうか。私の答えは断じてノーだ。

結果として何が起こるか。「ドル建ての資産は、ドル建て以外の資産と比べて」価値を落とすことになるという。つまり、ドルがまもなく暴落する。

──実質実効為替レートが20%下落し、通常の名目為替レートは40%ちかく下がる。実質金利が上がって国内需要が鈍り、国外の成長が速くなる。

と予測して、次のように論説を結んでいる。

──世界は決してグローバル経済として機能していない。(ローチにかかると、グローバリゼーションの論客たちも形なしだ)・・・アメリカにかたよった世界経済がバランスを取り戻すには、ドルの価値を急激に落とすしかない【1】。

手短にいえば、ローチの考えはこうだ。肩で風を切るブッシュ政権のマッチョな軍国主義で、世界を思いどおりに作り変えるというタカ派の夢は、実現が不可能だし、そもそもモルガン・スタンレー社の顧客、つまりアメリカの大投資家たちの目に忌まわしいことだと映っている。

ローチの考えは完全に正しい。左派の学者がこう言っているのではなく、大資本の内部にいる人間が発言していることに注目すべきである。


もっと長期の展望をもって、いまの状況について考えてみよう。近代世界システムにはいつも二つの勢力があり、500年の緊張した関係が続いている。ひとつは資本家階級の利益を守りたいと考える人びとの勢力で、彼らは世界経済がうまく機能するように努力する。政治基盤を守るために、ヘゲモニーを維持するが、世界帝国を築こうとはしない。もう一つは、世界システムを世界帝国に変えたいと願う人びとである。

歴史上、近代世界システムは、世界帝国を求める人びとからの挑戦を過去に3回経験している。16世紀のカール五世からフェルディナント二世につづく神聖ローマ皇帝、19世紀初頭のナポレオン、そして20世紀のヒットラーだった。

いずれの試みも、一時は目覚ましい成功をおさめるが、彼らの野望はやがて打ち砕かれた。そして、挑戦に対抗する同盟を組織した当時の勢力が、その後の世界システムにおけるヘゲモニーを獲得している。順に、ネーデルラント連邦共和国【2】、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国【3】、そしてアメリカ合衆国である。


ヘゲモニーは、勇猛な軍国主義によって支えられるものではなく、効率のよい経済があって始めて成り立つものだ。世界システムを円滑に機能させるには、それに適した世界秩序を作り上げる必要がある。秩序の構築に成功した勢力がヘゲモニーを獲得する。ヘゲモニー国は世界システムの中心となり、この一極にきわめて有利な割合で資本が蓄積される。

アメリカは、1945年から70年ごろまでヘゲモニー国として利益を享受していたが、それ以降は優位を失いつづけている。衰退へとむかう流れを逆転させようとして、米タカ派とブッシュの政権が世界帝国への道を選択したとき、彼らは世界へ向けたはずの拳銃で自分の足を撃ち抜いてしまった。アメリカを撃ち、ここに本拠を置く資本家たちを撃った。まだ傷の痛みを感じていないにしても、ほんの近い将来に、取り返しのつかない深手を負ったことを知るだろう。まさにこの危機について、ローチは警告し不満をぶつけている。

ブッシュ政権は資本家たちの利益になるように、巨額の税金を払い戻すなど何でもしてきたではないかと言われるかもしれない。しかし資本家たちがそれで喜んだだろうか。大投資家のウォーレン・バフェット【4】やジョージ・ソロス【5】は違う。ビル・ゲイツも(彼の父親の話によると)ありがたがりはしなかった。資本家たちが本当に求めているのは安定した資本主義のシステムである。しかしブッシュはこの願いに応えようとしない。

そのうちに、不満をつのらせた資本家たちが行動をおこす。いや、もう始めているだろうか。もちろん、彼らの抵抗が必ずうまくゆくとは限らない。2004年にブッシュが再選を果たし、狂気に駆られたような政治・経済政策を押し進めるかもしれない。そして、彼の変革が覆されないよう[法令や制度を確立しようと]画策してくるだろう。

資本主義のシステムには市場という存在がある。市場はけっして全能ではないけれど、まったく力がないわけでもない。ドルが暴落すれば、そして必ず暴落するのだが、ジオポリティックス【6】の上に劇的な変化が起こる。アルカイダが世界貿易センターを攻撃したことから受けた衝撃よりも、ドルの暴落から受ける衝撃の方が大きなものとなる。

アメリカは、あの大惨事をみごとに乗り越えてみせたが、ドルの暴落により、アメリカの姿は一変するだろう。アメリカは、自分の収入にとても見合わない優雅な生活を続けてきた。それがもうできなくなる。好きなだけ消費を楽しんで、勘定は世界の国々に払わせていた。そんな日はもう戻らない。

IMF(国際通貨基金)から構造改革を強要されて、第三世界の人びとが味わったことを、アメリカ市民も身にしみて体験するようになるかもしれない。生活水準の急激な低下である。今でさえ、全米の州政府が軒並み財政破綻の危機に瀕している。次に何がやってくるかをあらかじめ教えてくれているかのようだ。

こうしてアメリカ経済の基調がくずれ始めたときに、ブッシュ政権はあらゆる手を尽くし、自ら求めて最悪の事態へと突き進んでいった。いつか歴史書にそう書き留められることになる。


Immanuel Wallerstein, "Empire and the Capitalists," Commentary No. 113 (May 15, 2003).
http://fbc.binghamton.edu/113en.htm


【1】アメリカの巨大な対外赤字と飛び抜けた軍事支出のために、世界は不均衡に陥った。ローチによると、ナスダックのITバブルという不均衡の時と同じように、現在の不均衡を解消する鍵は金融市場が握っているという。過大に評価されてきたドルが適正な値まで下落すれば、アメリカの対外赤字は実質的に消えて、バランスは回復へ向かう。しかし、マクロな経済変動が何年もつづき、金融市場に深刻な影響を与える。日本とEUは、為替レートの激変で輸出に苦しみ、アメリカから買った国債・社債・証券などのドル建て資産がすべて急落すれば大きな損失を被る。

【2】通称オランダ。現在のオランダ・ベルギー・ルクセンブルクと北フランスの一部をふくむ地域はネーデルラント(低地地方)と呼ばれていた。カール五世(スペイン皇帝カレル五世=カルロス一世)は、この地方の17邦を合わせてスペイン皇帝の相続地とした。その後、北部7邦の有力勢力が同盟を結び(1579年)、独立を宣言(1581年)、ネーデルラント連邦共和国と称する。ホーラント邦の勢力が最も強い影響力を持っていたことから、ネーデルラント地方全体がホーラントと呼ばれることが多かった。日本での通称オランダは、ホーラントをポルトガル語で発音したものが日本語に訛ったものと考えられる。連邦共和国は、80年におよぶ独立戦争を経て、世界経済の中心となったが、一九世紀初頭、ナポレオンの侵略によって崩壊した。

【3】通称イギリス。イングランド地方の勢力が、同じグレートブリテン島のスコットランド地方とウエールズ地方の勢力を統合、さらにアイルランド島の勢力を併合してできた連合王国。日本での通称イギリスはイングランド人を意味するイングリッシュが訛ったもので、イギリスの漢字略称が英国。連合王国は、ナポレオンをワーテルロー(1815年)に破り、世界システムのヘゲモニーを獲得してゆく。一九二二年、アルスタ地方(北アイルランド)を除くアイルランド島が独立。体制の変容にともない、英国の正式名称は大ブリテン及び北アイルランド連合王国と改められた。

【4】ウォーレン・バフェットは、米フォーブス誌の世界長者番付で第2位となった富豪(1位はマイクロソフト社のビル・ゲイツ)。アメリカ随一の天才投資家といわれ、世界の投資家・起業家から崇拝されている。

【5】92年9月10日、ジョージ・ソロスは、英ポンドが過大評価されていると見て、巨額の資金を投入しポンドの空売りに賭けた。イングランド銀行はポンドを買い支えるために、巨額の為替介入を決断するが、16日、ついにポンドは切り下げられる。ソロスは空前の為替投機に成功した。後に、ポンド危機/欧州通貨危機と呼ばれるこの事件で、ソロスは20億ドルの収益を上げたと伝えられる。ソロスの投機が世界経済に大きな影響を与えてきたために、「世界最強の相場師」という名声と共に、「国債犯罪人」という汚名も得ている。

【6】ウォーラーステインのもとで研鑽を積んだ山下範久氏(歴史社会学)によると、ジオポリティクスという言葉は、通常は地政学と訳され、特定の地理的な空間を条件として展開するパワーゲームに注目する政治分析を指すが、世界システム論においては、資本主義世界経済というひとつの空間的な実体を条件として、そのなかで展開する大国間の政治的・軍事的抗争のダイナミズムを指す。


著作権(2003年)原文に関するすべての権利はイマニュエル・ウォーラーステインが留保する。

( )は原文の挿入語句。または英文略称の和訳。
[ ]は訳文の補助語句。
【 】は訳者による注釈。

訳/安濃一樹・別処珠樹
ヤパーナ社会フォーラム
http://www.kcn.ne.jp/〜gauss/jsf/index.html


**この訳文は、ウォーラーステインが所長を務める研究所
フェルナン・ブローデル・センターのサイト(http://fbc.binghamton.edu/index.htm)に
まだ掲載していません。
準備ができるまで、下のアドレスで XHTML 形式のファイルを読むことができます。

http://homepage.mac.com/k.anno/jsf/peace/wallerstein/113jp.html


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